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第54話(謀)

 白い壁に、等間隔で光の精霊石を組み込んだ燭台が並ぶ廊下。

 床は落ち着いた赤色の絨毯が敷かれ、どこまでも続いているように見える…だなんて言ってみたり。


「えっとミノア…様? 兵舎までの案内を……お願いします?」

「変」

「仕方ないでしょっ?」

「……」

「し、仕方ないじゃん!」


 僕の努力を一言で片付けたミノアは、手を引っ張っていく。ちらっと無言で見上げてきたのが、心にイタイ。


 それはともかく。


 城自体は年代もののはずなのに、内部は隅々まで手が行き届いていて、ついこの間建てられたかのように見えるほど。

 天井から壁から、壁にかかった絵画は当然だけど、僕が触ったら汚れそうで本当に怖い。


 まだ日が高いから明かりは灯ってないけど、等間隔に設置された燭台の細工もとてつもなく細かいし。

 そもそも、精霊石、それも光の精霊石を組み込んだ燭台だなんて、お貴族様でも中々手に入らないものなのに。

 一つ下の階級っぽい火の精霊石を組み込んだものでさえ、高嶺の花なのに。

 それがずらりと並んでるのを見ると、背筋がぞくぞくしてくる…一体、いくらしたんだろうか、って。


 でもって、明らかに外を歩いていた人間とは格が違う人たちが沢山いて、こっちも怖い。

 着ている服も、仕草も、装備も、武器も外の人たちとは数段違う。だけど、この城の中ではそれが当然のようにしっくりきてたり。


 つまり。


「場違い…だよ、僕……ホント…」


 生まれて初めての城。外とは一転して落ちついた雰囲気の世界。

 だけど、僕らに、多分僕に向けられる痛い痛い視線が痛い。

 早くこの、いたたまれない場所から逃れたい一心で、何も気にしてないミノアへと声をかける。


「ミノア様……早く…急ぎましょう?」

「変」

「…早く、ドゥールが言ってた兵舎に行こうよ。なんか注目されてるような気がして、居た堪れないんだけど」

「うん」


 ミノア、敬語は嫌らしい、ということにしておく。数秒で諦める僕も僕だと思うけど、これは仕方ない、うん。

 仕方ないよねミノア『様』のご要望だから…と、屈むようにして小声でミノアに話しかけることに。


「やっぱりさ、なんか皆ミノア見てない?」

「そう」

「そう、じゃなくて。気のせいじゃないってコレ。絶対こっち見てるって」

「そう」


 僕が見返すと、お貴族の奥様っぽい方々が装飾用の扇子を口元へ持っていって視線を隠す。

 あれがマンドラさんのみたいに武器だったら良かったのに…じゃなくて。


「ミノア…」

「そう」

「話聞いてないよね?」

「そう」


 ちょっと横目で見てみると、奥様方はこそこそ隣同士で、愉しそうに話をしては、時折僕らへと目を動かして嘲りの笑みを浮かべてくれマス。

 ミノアはこんな時には羨ましい鋼鉄の心で、平然としたもの。

 小心者で田舎者でただの小市民な僕は…脅えさせてクダサイ。


「こういう注目は嫌だ…」

「嫌? 死ぬ?」


 僕の繊細な胃が痛くなってきた。

 途中まで僕の話を聞いてなかったのに、突然杖を取り出そうとするミノアを制止して、溜息一つ。


「死にたくないけど、ミノアがちょっと羨ましい」

「死ぬ?」

「今は遠慮しとくよ」


 ミノアだから仕方ないか、と苦笑してると、廊下の奥から魔法師のローブを着込んだ集団が現れる。

 つい、各人が持っている杖に目が……って、本当にいい杖ばっかりだし。出来れば一つ一つ見せて欲しいぐらいだ。

 杖は当然として、身に着けているローブとか、宝石とかもなんか魔法的に効果があるんだろうけど、やっぱり武器にしか食指が動かない。


 ただまあ、いくら『いい杖』と言っても、ミノアの杖には敵わない…で思い出したよ、ミノアの杖。


「……」

「ん? なんでもないよ」


 馬車に揺られてる時、改めてじっくり観察してたら、なんかさ、数百年前の有名な鍛冶の刻印が彫られてたような気がしたんだよね。

 若くしてどこかの国に召抱えられて、絵本とかにも名前が出るほどの銘を持つ、有名な武器を作り続けたって言う、とてつもなく有名な鍛冶の、ね。


 もしかして、だけど、その国が、今僕がいるナントカ国だったり? まさかあの杖、国の指示で作られたモノだったとか? だなんて思ったりもしたけど。

 まさかそんな偶然! たまたま同じ名前の人が拵えたものに決まってるし!


 ……そうじゃないと、杖を改造しちゃった僕の命が、命がぁぁっ!


「あ、あの人の杖も凄いね! さすがナントカ国だ」

「うん」

「……ん?」


 冷や汗流す僕と、適当な相槌を打ってくれたミノア。僕らとすれ違おうとした集団、その中心にいた男が頷いたミノアに気付いて動きを止める。

 続いて周囲のローブも一斉にその動きを止めて、どうしたのか、と男へと目を向け…ミノアを見つけ露骨に顔を歪めてみせる。


 …ん? どゆこと?


 内心で首を傾げる僕を余所に、偉そうな男が大仰に驚いてみせる。


「これはこれは! フォルツァンドの三女様ではないですか! おひさし…」

「誰?」

「だっ…?」


 即座に放たれたのは小さいながらも、疑問の声。


 おおいミノア! そりゃないよ! 何か相手様、ミノアのこと知ってるみたいだし! なにか言いかけてたじゃんか!

 嫌味ったらしく一礼した男も、さすがの返答に張り付いた笑顔が固まる。

 男と同じようにミノアを小馬鹿にしてた周囲のローブ集団も動きが止まる。


「……そ、そう、ですか。ご自身より低俗の者の名前を覚える暇もない、と」

「………」


 数秒して復活した男が、顔を引きつらせつつもミノアへと嫌味っぽい何かを放つ。

 だけども、ミノアは何も返さない。それも当然で、すでにその視線は全然違うところに向けられてたり…

 気付かない男は、ようやく調子が戻ったのか、嘲笑と共に言葉を。


「さすがは彼の…」

「お菓子」

「あ、ちょっとミノア! 人の言葉は最後まで聞かなきゃ…」


 男の言うことを完全無視して、ミノアは僕の手を引っ張る。お菓子食べたいのは分かったから、少しはあの人の話を聞いた方が…

 絶対偉そうな人だし、そんな人が言うこと、嫌味でも無視しちゃ駄目だと思うんだけど!


「そこの従者」

「わっ?」


 突然、ぐい、とミノアとは逆方向に腕が引っ張られる。

 ミノアも遠慮なく僕を引っ張っていたので、思わずつんのめる。っていうか痛い!


「ええと…」


 振り返れば、目だけは笑っていない笑みとぶつかる。

 ああ、嫌な予感…


「な、なんでございましょうか?」


 なんでもなにもない。僕がはけ口にされるんですよね。

 …だよね? ただの小市民、いびっても楽しくないと思います!


「お前、出来損ないの躾もこなせないのか」

「で……?」


 えっと? 一体この人は何を言ってるのさ? ミノアは『魔法師』なのに、出来損ない? んん?

 確かに、よく僕を殺そうとしたり、燃やそうとしたりするけど、ミノアは立派な魔法師。

 ちょっと言ってることが理解できない僕に向けて、男は大仰に肩をすくめて嘆く。


「あのフォルツァンドの家から、こんな屑が出来るとは。あの方々もさぞかし苦労なさっているのだな」

「はあ…?」


 やっぱり言っていることが理解できない。けど、ミノアを馬鹿にしてるのは分かる。なんだろう、凄く、不快だ。

 思わず眉を寄せ、やってはいけないと分かってても、眼前のお貴族様っぽい偉っそうな男を見てしまう。

 それを確認した男と目が合って…彼の眉が跳ね上がる。


「屑に使う金もない、か。このような低脳な従者しかつかないとは」

「いっ?」


 いつの間にか突きつけられた杖。同時に、全身を貫く痺れ。

 突然のことに、壁へ手をつくけど耐え切れずに、床に倒れこむ。


「……ったぁ…」


 周囲は驚きの声と、馬鹿にしたようなざわめきが広がるも、数秒で元の空気に戻る。


「ふん。さっさとどこにでも行け」


 杖をしまった男は、用事は終わったとばかりローブの集団を引き連れて進んでいく。

 床から起き上がって胸を押さえた僕へと、一瞬、歪んだ笑みを向けて、去っていく。

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