第77話(謀)
「サフォー」
古めかしい扉が開け放たれたと同時に響き渡るのは、クラヴィアの冷淡な呼びかけ。人気が無い屋敷に、鋭い声が響く。
けれど反応はなく、令嬢は執事の姿を探し、打撃や斬撃などの痕も生々しい屋敷をぐるり、と見渡す。
一周した視線を前方へ戻したところで、薄汚れた布を手にした執事が直立していたことに気付き、視線を固定するクラヴィア。
忽然と現れたサフォーにも、けれど令嬢は動揺の気配を微塵も見せず、悠然と構えている。
「サフォー」
「クラヴィア様、お待たせしま…」
「あの男はどこにいるのかしら?」
温厚な顔のサフォーを認めた途端、クラヴィアは早速一番の気懸かりについて問いかける。
切り捨てるように言葉を遮られた執事だが、その表情は微塵も揺るぐことなく、逆に人好きがする笑みを浮かべて返す。
「あの男とは、シアム様のことでございましょうか。でしたら、現在、階上の部屋にて作業中とのこと」
「あらそう。都合が良いわ」
回答を聞き、クラヴィアの表情は少し和らぐ。
婚約者であるフリギアにとって大した存在ではないと理解してはいるが、その姿を視界に入れるだけでも不愉快になれる男。
それと顔を合わせずに済むなら、越したことはない。
「シアム様にお会いしますか?」
「必要ないわ」
気を利かせた執事の申し出を即座に断り、心配事が一つ減ったクラヴィアは周囲に目を向ける。
令嬢の素っ気無い態度にもサフォーは微笑を欠かさず、二階へ、部屋へ篭った青年がいる部屋へと顔を向ける。
「ぼっちゃ…フリギア様によりますと、フォルツァンド家の御方へ杖を製作しているそうで」
「杖? 杖ですって? あの男が? それもフォルツァンド家の?」
「はい。そう聞いております」
国の中でも、特に魔法関連の技術に突出しているフォルツァンド。
その血を引く者は、ほぼ例外なく優秀な魔法師となり、国や重要な施設に関わっている。
当然、その魔法、魔法関連の技術は他の追従を許さず、魔法の精度、威力を増強するための杖に関しても、専門の人間を多く抱えている。
「クラーレ様やリヴィトゥム様は杖をお持ちだし、レティシアたちは必要ないと聞いたけれど。まさか、あの男の杖をフォルツァンドが欲している…わけはないわね」
ということは…と考え込むクラヴィアは気付き、思わずといった様子で呟く。
「あの男、まさかミノアちゃんの杖を作っているというの?」
「はてさて、どなたへの杖かまでは聞いておりません。ですが、十分有り得ることかと」
「そう、ミノアちゃんの杖…」
合法、非合法合わせ、様々な魔法技術に手を伸ばしているフォルツァンド。
その家で、杖の所持を許されていないのは『出来損ない』と評された三女のミノアのみ。
ミノアの味方である三男のレガートと次女のレティシアは、家族へ杖を作るよう交渉したらしいが、他の親兄弟に猛反対されたと聞いた。
その時のことを口にしたレティシアは、普段の快活な顔からは想像もつかないほど怒りに満ち溢れ、テーブルに叩き付けた拳がめり込むほどであった。
「本当、あの家は異常に過ぎるわ」
「私にはなんとも。ですが、フォルツァンド家は魔法技術で地位を築いている家でございますので」
「そうね。私が口を出すことではないわ。けれど」
『使えない』
嘗てそう言い捨てたのは、ミノアの両親。そして、彼女を突き放した家。
魔法を扱う技能は他の家族にも引けをとらない。にも関わらず『ヒト』ではなく『モノ』扱いされている少女。
フリギアが今回、長期任務に就いた際にも『貸し出す』と言われた、少女。
「あんなに可愛いくて大人しい子に、一家であの態度。家族だというのに、信じられないわ」
「クラヴィア様は、特にミノア様と親しいものでしたな」
「ええ。会うたびにお菓子をせがんで抱きついてきて、本当に可愛いのよ」
「それはそれは」
そんなミノアだが、フリギアに随伴する際も、実家から杖を与えられることはなく、最終的に国宝を出すことになったと聞く。
国の宝を一任務で貸し出す、という前代未聞の事態。しかし、アレに関しては家とは全く関係ない話である、と家族は他人事であしらった…らしい。
国を発つ前に、借り物とはいえ杖が持てて嬉しそうだったミノア。一方で、家族仲が良いレガートやレティシアの見送りを、その兄たちが妨害した、ということも同時に思い出す。
不愉快な記憶に、けれど何も言うことなく、クラヴィアは気を取り直すように首を振る。
「それと、フリギア様から少し聞いたのだけど。あの男、一応、腕は良い鍛冶、らしいわね」
「はい。つい先日クラヴィア様の刀を折った、ぼっ…フリギア様の剣ですが、実は、シアム様からの頂きものだとか」
「私の刀が折れたのは、フリギア様の腕が素晴らしいからよ」
即座に言い返し、クラヴィアは思い出す。
フリギアが久しぶりに帰宅した際、手にしていた青の剣。見覚えがない剣と相対した、クラヴィアの刀。
いつも通り幾度か打ち合い、いつも通り、フリギアは婚約者が怪我をしないようにか、加減していた。
にも関わらず、澄んだ音を立てて刃が折れ、壁へ突き刺さった時には、さすがのクラヴィアも驚き、動きが止まった。
結局、その隙を取られ敗北したが、クラヴィアは悔しさ以上に喜びを感じていた。
まだ、あの人には敵わない、と実力差を実感できる喜びを。
「おっしゃる通りで。フリギア様と競える方は、そういないかと」
「当然よ」
剣の作り手を否定する発言を耳にしても、サフォーは温和な物腰はそのままに、頷いて同意する。
全面的に自分へ賛同した執事に満足し、クラヴィアは自身が屋敷に来た第二の目的を伝えるため、口を開く。
「そうよ、サフォー。貴方にも伝えておくことがあるわ」
「と、おっしゃいますと?」
「アザレアには外で伝えたのだけど、この数日で既に三家、動いているのよ」
「ほう! それはそれは。困りましたなあ」
初めて耳にするはずの情報に、アザレア同様、予想はしていたのか、サフォーは眉を持ち上げるだけで、それ以上の反応はない。
動揺した様子が見えない執事を前に、クラヴィアも不安など感じさせない様子で、その鋭い視線を屋敷の四方へと飛ばす。
「とはいえ、誰が、どこから来ようと関係ないわ。フリギア様のためにも、この私が、家を守り通せば良いだけですもの」
「なんと素晴らしいお覚悟! ですが、私共もおりますので、お忘れなきよう」
「勿論よ。サフォー、頼りにしているわ」
「おお、勿体無いお言葉」
クラヴィアの信頼を受け、胸に手をあてて頭を下げるサフォー。
その顔が持ち上がると、執事らしくない、やんちゃする子を前にしたような苦笑を浮かべていた。
「しかし、皆々様、ぼっちゃ…ごほん、フリギア様の邪魔をするのが生き甲斐のようで」
「下らない生き甲斐ね。三家とも新興貴族だから、単純に上位の潰しやすそうな家を狙って、地位を得ようとしているのでしょう」
「なるほど。分かりやすいことで」
「本当よ。成り上がりはこれだから嫌なのよ」
商家として長く国に関わっている家、その令嬢であるクラヴィアの、実感が篭った愚痴。
執事はそれには同意を見せず、手を後ろに回して笑う。
「ここは一つ、お手並み拝見、ということで、向こうの出方を楽しみにいたしましょう」
「お手並み、ねえ。数で押すだけの単純な作戦に、お手並みも何もないと思うけど?」
やる気に満ちたサフォーとは逆に、嘆息してみせるクラヴィア。
執事の疑問に満ちた視線が向けば、手を振り、憂鬱そうに令嬢は口を開く。
「どこもかしこも、とりあえず人が集まれば良し、と考えているみたいよ。様々なところで依頼をかけているわ」
妨害するこちらの身にもなって欲しい、とうんざりした顔のクラヴィア。
実際、クラヴィアの家の力があれば、その名前だけで依頼を潰し、圧力をかけ、余計な動きをとらせないようにすることは可能である。
が、その圧力を無視する、欲に眼がくらんだ愚者は間違いなく存在するし、これを好機と見た人間も多いと容易に推測できる。
つまり、この屋敷を狙った襲撃は、確実に実行される。
クラヴィアの言いたいことを察し、サフォーは顎を撫でて愉快そうに肩を揺らす。
「ほっほっほ、そうでしたか。数というのは、最も単純で確実な力ですからな、仕方ないでしょう」
「他人事のように聞こえるのだけど、嫌味かしら?」
「いえいえ。そのようなつもりは全く。ええ、ええ」
おどける執事にクラヴィアは表情を緩める、が、すぐに憂鬱そうな顔へと逆戻りする。
おや、とサフォーが目を向ければ、若干表情を硬くした令嬢が鋭い目を床に向けていた。
「そちらは特段問題はないのだけど、実は一つ、厄介な情報が届いているのよ」
「ほう。厄介、ですか」
形のよい顎に手をあて頷き、クラヴィアは伝える。
「ええ。アザレアには言い忘れたのだけども、シグムントが動いているらしい、と。まだ断定はできないのだけど」
「事実とすれば、確かに厄介ですな」
「そうなのよ…」
フリギアの本家と同じ位にいる家、それを支配しているシグムントと言う人間。彼の家自体はフォルツァンドほどではないにしろ、魔法によって地位を確立している。
そんな家だが、フリギアの帰還が近い、という情報が流れてから、四方に派遣される使者の数が増えている、という。
他愛も無い会談や商談の打ち合わせ、などの事務連絡を装っているが、その数と時期的に、どうにも不審である。
「シグムント卿ほどなれば、表立っては動きますまい」
「だから、裏で何をしようとしているのか、探ってはもらっているわ。けれど、うまくいかないわね」
「うまくいかない、のですな」
「そうよ」
シグムントは常日頃から、フリギアの家を敵視している人物である。
だからこそ、露骨に使者の数が増加したことを不審がられて、監視が付けられていることも、予測はしているだろう。
けども、それを捕まえることも、それを雇った家を牽制することもなく、自由にさせているため、シグムントの周辺は平穏そのもの。
だけども、それはつまり…
「………」
と、思考していたクラヴィアの手が反射的に背中へ伸び、動きを止める。
そのまま、刀の柄を握り締めていた手をゆっくりと離し、険しい顔を外へと向ける。
「アザレア、あんな大声で叫んで。はりきりすぎではないかしら」
「確かに。近隣の迷惑ですな。後ほどきつく言っておきますので、何卒お許しを」
「…サフォー、そういう問題ではないと思うのだけど?」
「うおっほん」
冷たい視線に、サフォーは軽く咳払いして仕切りなおす。
「早速襲撃ですな。フリギア様が不在なれば、と」
「それは良いのだけど、真正面からやってくるなんて論外よ。本当に考えなしの行動でうんざりするわ」
さり気無く補強されている屋敷の内部では、外の音が聞こえにくい。が、クラヴィアとサフォー、二人は揃って庭へ顔を向ける。
相手方のやる気の高さと、反比例するような稚拙過ぎる襲撃計画を前にして、クラヴィアは大きく嘆息する。
「死体は部下に言って、丁重に配達させるわ」
「そちらはよろしくお願い致します。しかし、後始末…庭の掃除が大変ですな」
「そうね。早く片付けて現状復帰しましょう。フリギア様にみっとも無い庭を晒すなんて有り得ないわ」
「仰るとおりで」
愛する婚約者に任された以上、完璧に。クラヴィアの決意に、執事も同意を示すように頷く。
「各家からの監視もいるのよね…面倒ね」
「ですが、外の方々を殲滅、もとい撃退することで、こちらを脅威と思っていただければ重畳」
「それで襲撃の数が減ればよいのだけど」
「ですなあ。逆に増えてしまっては、私共だけでは厳しくなる可能性が」
半分以上冗談の執事に対し、クラヴィアは射殺さんばかりの目を向ける。
「サフォー! 私の前で弱音を吐くこと、許さないわよ!」
「ク、クラヴィア様…」
「フリギア様に任されたこの家、責任を持って守り抜くのが、貴方たちと私の役目でしょう!」
「おお…おお! さすがはクラヴィア様! 不肖サフォー、間違っておりました」
「分かれば良いのよ」
「ええ、反省しております。ぼ…フリギア様は本当に、本当に素晴らしいお方を許嫁になさいましたなあ…」
クラヴィアの、身を震わせるような叱咤と激励を聞いたサフォーは、それに感化されたのか、感極まった表情で手にしていた布を目元に当てる。
が。
「……サフォー、それは雑巾でなくて?」
「おや、これはこれは。私としたことが」
どこまでも平坦な指摘を受け、薄汚れた雑巾から顔を離したサフォー。
続けて、執事を胡乱な目で見上げるクラヴィアへ向け、胸に手を当て一礼する。
「クラヴィア様。私も裏口にて、やる気を漲らせている賊を討伐しに行きたいと思います」
「分かったわ。中のことは任せておきなさい。あの男のことは気に食わないけれど、これも全てフリギア様のため」
「はい。では、失礼いたします」
言うと同時、素早い身のこなしで、クラヴィアの視界から瞬時に消え去るサフォー。
残った令嬢はドレス姿で背中の刀を引き抜き、天井へ向けて声をあげる。
「ルーダ、ディアはアザレアの、フロックスはサフォーの援護と後始末を、フヨウは一階をお願い。ベルは二階右翼、トギスはあの男の監視をなさい」
『はっ』
部屋に閉じこもった青年と、令嬢以外誰もいないと思われていた屋敷に、どこからともなく放たれた男女の声が響き渡る。
同時に、静かに散開していく部下の気配を正確に捉え、クラヴィアは満足そうに頷く。
「それにしても…あの男」
最後に、物音一つしない部屋へ顔を向けるクラヴィア。
確かに何かがいる気配はするのだが、一向に動く様子がない。
襲撃を受けている、というのに外を確認するような動きもなく、物音一つたたない。
「暢気に寝ているのかしら。フリギア様は、不思議な技術を持っているから気にするな、とおっしゃるけど…」
認めたくはないが、襲撃の対象となっている青年に関して、フリギアから干渉しないよう『お願い』されたので、クラヴィアからどうこうするつもりはない。
けれども、あまりにも静か過ぎて不気味である。また、部屋の内部で何をしているのか探る手段がない。
気付けば二階の一室を睨みつけていたクラヴィアは、憎憎しげに呟く。
「本当、不愉快な存在だわ」




