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第75話(謀)

 怒りの足音を立てながら、乱暴に扉へ手を伸ばし…無駄に繊細な装飾が施された取っ手に気付いたらしい青年。しばし動きを止める。

 数秒後、怒りの表情は消え去り、慎重な手つきでそれを握る。そして今までの態度はどこへやら、静かに扉が閉ざされる。


 一連の流れを階下より確認していたフリギア。小さく笑うと、すぐに表情を消す。


「後は頼む」

「はい」

「言われずとも!」


 放たれた言葉を受けたのは、眼前で控えていた執事と女中。サフォーとアザレア。


「既に不穏な動きが耳に入っている。いつも通り、侵入者は即座に排除しろ」

「とっ捕まえて、『おはなし』しなくていいんですね?」

「ああ。背後を洗う必要もない」


 感情を窺わせない、淡々と放たれた命令に、けれど、二人は平然とその令を受ける。


「ふむ。それでは後々動きづらくなりますが、よろしいので?」


 背筋をぴんと伸ばし、彫像のように待機していたサフォーが一応、と進言するも、フリギアは手を振り、それを却下する。


「碌な結果にならんからな、構わん」

「黒幕が貴族…おとと、とっても慎重な人なら、素性の知れない覆面男とかを仲介に置いて、ゴロツキさんを雇ってるでしょうし…」


 余計なことをする必要がないですね! と嬉しそうに発言するのは、アザレア。

 庭掃除は終えたらしく、服が泥や草で多少汚れてはいるものの、疲れた様子は見られない。

 そして、その手に持っていた箒……ではなく。


「遠慮せず、やっちゃいましょう!」


 鋭い切っ先を持った、紫に輝く槍。その切っ先を天井へと突き上げてみせる。


「侵入者もおらんのに、室内で振り回すなとあれほど…」

「細かいことは覚えていられませんから!」

「全く。相変わらず豪快なことだ」


 持ち主以上の丈がある槍。その片刃は半月状に反り返り、凶悪な姿を晒している。

 だが、それを目にしても、フリギアとサフォーは苦笑するのみ。

 試合直前の選手、といった雰囲気のアザレアへ頷いてみせ、屋敷の主人は続ける。


「クラヴィアもいるが、襲撃者を一々尋問などしてられまい。こちらは圧倒的に数が足りん」

「ほほほ、その通りで」

「一気にばっさりやった方が楽ですし!」


 何を思ってか、揃って不適な笑みを浮かべてみせる二人。

 彼らの主たるフリギアは、そんな好戦的な態度に呆れつつも、作業に入っているだろう青年が引き篭った部屋を目で示す。


「何度か言ったと思うが、アレは底無しに阿呆で、とてつもなく運が悪い」


 フリギアに釣られ、部屋へと目を向ける二人。何の音も聞こえない部屋。

 主人が目を話せば、二人の視線も主人へと戻る。


「何が起きても、何を起こされてもおかしくない…お前たち、くれぐれも悟られるなよ」

「坊ちゃま、シアム様は快活で、思い遣りもある優しい方かと。あまりにも酷い言いようではないですかな」

「妥当な評価だ」

「しかしですな…」


 久しぶり過ぎる客人をどこまでも貶す主人。彼を前に、サフォーが非難めいた口調で青年を庇う。


「だめよお爺ちゃん。分かってないわねえ」


 が、すぐさま横から肘が伸び、執事の脇腹を突きつつ、その発言を咎められる。

 なにか、とサフォーが目を向ければ、アザレアが口元に手を当てて意味深長な笑みを浮かべていた。


「それだけ坊ちゃんが、シアム君のこと、気に入ってるってことじゃない」

「おい、アザレア」

「そうなので?」

「そうそう。見れば分かるじゃない。坊ちゃまの照れ隠しよ。て、れ、か、く、し」

「なるほど、久しぶりに出来たご友人ですから、つい意地悪したくなる、と。それは失礼いたしました」

「納得するな、サフォー」


 歳の離れた女中の言葉に納得の声をあげ、主人へ謝罪をするサフォー。次には、はて、と首を傾げる。


「しかし…私は室内に武器を持ち込むような、過激な娘を持った覚えはないのですが」

「まあ、なんてこと! お爺ちゃんったら、私のこと忘れちゃったの?」

「いやはや、どうにも」

「まあ…」


 一瞬驚きの顔を見せ、次には心配そうに執事の顔を覗き込む、槍を持った女中。

 鈍い反応に、恐怖の顔を浮かべてみせる。


「もしかしてお爺ちゃん、お昼食べたことも忘れちゃったのっ?」

「そういえば…今日のお昼は…いつでしたかな?」

「やだもう、これからに決まってるじゃない!」

「ほほほ、そうでしたな」


 冗談を言い合い、二人揃って笑う。

 まるで本物の親子のようなやり取りを前に、フリギアだけは冷淡な目をしていた。


「言っておくが、俺はあいつを気に入ってはおらん。武器に関しては使える、と拾ってはみたが、厄介ごとしか持ち込まん男だ」

「ご冗談を! クラヴィア様が嫉妬しちゃうぐらい気に入ってるク、セ、に」

「ほほう。あれはやはり」

「そうよ! シアム君が来てから、クラヴィア様から何度フリギア様が、フリギア様が…って愚痴を聞かされたと……あ、惚気だっけ?」


 その時のことを思い出したのか、頬に手を当て、困っちゃうわ、とわざとらしく首を振ってみせるアザレア。


「いやはや、それまた仲睦まじいことで」


 その光景を想像してか、若いですなあ、としたり顔で頷いてみせるサフォー。


「…お前たち、楽しそうだな」


 そして、憮然とした表情を浮かべたフリギアは、どこまでも楽しそうな二人を睨みつける。

 気付いたアザレアが、そんな主人を諌めるように手を振る。


「坊ちゃんったら、図星刺されたからって、怒らないでくださいまし」

「無論、何があろうとも、シアム様はお守りいたしますよ。坊ちゃま」

「だから、坊ちゃんは安心して公務に励んでくださいませ!」

「お前たち、何かにつけて坊ちゃん、坊ちゃんと…」

「ほほほほほ」

「おほほほほ」


 苦虫を噛み潰した顔を浮かべるフリギアを見て、仲良く笑う二人。それだけ見れば、ただの好々爺然とした執事と、快活な女中だが。

 フリギアが実家より呼び寄せた、ただの二人が、その通りの人物であるはずもない。


「何時まで子ども扱いするつもりだ」


 が、その実力は理解しているものの、どこまでも自分を子ども扱いする二人に辟易しているフリギアである。

 いい加減にしろ、とうんざりした顔で言えば、二人は若干真面目な顔を浮かべてみせる。とはいえ、笑いを堪えながら、ではあったが。


「とにかく! 俺は城に向かわねばならぬ。頼むぞ」

「お任せを」

「やだ、不安だわ…なあんてね。最悪、本家にシアム君を逃がせばいいし」

「そうですな。クラヴィア様のお力もあるとは言え、油断は禁物」

「ああ。だが、この屋敷内のお前たちに対して『最悪』な状況を作れる者など、そういるものではない」


 その言葉に、執事と女中、二人は揃って大きく頷く。そこから垣間見える、絶対の自信。

 二人の反応を見て、フリギアは屋敷の扉へ手をかける。


「では、行ってくる。クラヴィアのことも頼むぞ」

「はい。ところで坊ちゃま、ご友人と交友を深めるなど、お帰りが遅くなるようでしたら、お早目に連絡を下さいませ」

「それから、坊ちゃん、忘れ物はない? お城に提出する書類は全部持ちました? 後、お掃除したばっかだから、足元には十分気をつけて下さいまし」

「……全く、お前らときたら。締めてもすぐこれか」


 大きくため息を吐きつつも、信頼する二人へと屋敷を任せ。

 フリギアは一人、城へと向かうのであった。

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