第51話(謀)
「どうかしたのミノア?」
僕の問いかけに答えることなく、ミノアは馬車を見送る体勢をとっていた兵士たちの元へ。
黙って見てると、小走りのミノアはいつもの無表情を持ち上げて、小さな腕一杯に抱えた袋を差し出してみたりして。
あれ? もしかしてその袋の中身って…
「………」
「ミノア様、いかがなさいましたか?」
「………」
「そちらの荷物は? 何か…?」
無言のミノアに対して問いかける兵士たちも、若干戸惑ってたり。
というか、さりげなく兵士たちに『様』付けされてるんだけど…全力で知らん振りしてたけど、やっぱりミノアってどこかのお嬢様、なのかな?
でも、それにしては、やたらと僕に『死ぬ?』って言ってくるし、杖で突いてきたり魔法を僕に当てようとしたり、嫌がらせっぽいことしてくるし。
「むむむ…」
お嬢様って、そういうこと、しないはず、だよね?
なんて思いつつミノアに目を向けると、背伸びして袋を兵士に見せてる姿が。
「グリスのお菓子。日持ちするから平気」
「我々に、ですか?」
「美味しいの」
「は、はあ」
当然だけど、突然のことに目を白黒する兵士たち。お互いの顔を見合ってどうしたものか、と目で会話してたり。
僕も驚いた。
なんせこのナントカ国に来る途中で、ミノアはドゥールとお菓子の取り合いをして、杖取り出して魔法の詠唱し始めて、フリギアが慌てて止めに入る、という事件があったり。
それほどお菓子には執着してたのに、まさか兵士にあげちゃうなんて。
結局魔法は展開されちゃって、フリギアが若干焦げてドゥールが爆笑してたような気がしないでもなかったけど、それぐらいお菓子には厳しいのに。
…僕も若干炙られたのに。ドゥールはちゃっかり避けてたのに。
だけど、今のミノアは袋を差し出したまま微動だにしない。引っ込めようともしない。兵士たちの態度に突っ込みもしない。
実にミノアらしい、と思う。でも、ミノアらしくない、とも思う。
「みんなで食べて。美味しいの」
止めとばかり、僕にとって衝撃的な言葉を放ったミノア。
そんなミノアを前に、兵士さんたちは顔を見合わせて、さらに沈黙。
そして。
「…あ、有難うございます!」
「頂戴します!」
兵士の一人が前に出て、感動の面持ちで、震える手で袋を受け取る……えっと…?
確かにミノアの親切は珍しいかもしれないけど、そこまで感動しちゃうもの、かな?
お菓子の袋を受け取った兵士の背後では、五人の兵士たちが一列に並んできっちり頭下げてるんだけど。
あのさ、お菓子だよ? ただのお菓子だよ? 確かに美味しいけど、お菓子…
「……」
袋を受け取った兵士たちは、何故だか感激して今にも泣きそうだったり。涙ぐむほど? だなんて野暮なこと僕は言えない。
ううむ、やっぱり『国』って良く分からないや。
きっと僕が変だと思っても、兵士たちにしてみればこれが普通なのかもしれないし。うん、きっとそうだ。
「戻るの」
感動で打ち震えてる兵士とは逆に、謎の親切をしたミノアはこっちに戻ってきて、何事もなかったように僕の手を軽く引く。
少し屈んで、とうとう目頭を押さえ始めた兵士たちに目を向けながらミノアに声を掛ける。
「ミノア、大好きなお菓子あげるなんて優しいね」
言えば、ミノアの鉄壁の無表情が、腰から取り外された杖に隠される。一言で言えば、臨戦態勢。
あのですね、宝玉部分が輝いてるんですけど! 僕、変なこと何にも言ってないのに!
「優しいの? 死ぬ?」
「そ、その言葉は優しくないから! 魔法撃とうとしない! 杖仕舞って!」
「いや」
「いや、じゃないでしょ! 首振ってないでほら、早く!」
あ、相変わらず何を考えているのか良く分からない…僕に冷や汗流させて、ミノアは何をしたいのさ!
ただまあ、渋々杖を仕舞ったミノアが僕の頭へじっと目を向けてるところを見ると、僕の髪を直したいんだろう、ということは分かる。
どちらにしても、一応の危機を回避してほっとしてると、馬車から声がかかる。
「ミノア、シアム、そろそろいい?」
「あ、うん。ごめんドゥール。待たせちゃった」
「いいのいいの。シシシシシ」
見れば、馬車の手綱を引いていたドゥールが悪戯を思いついた子どものような、邪悪な笑みを浮かべて待ってたりするわけで。
「ねえ、フリギアはどうするの? ドゥールはどこにいるか知ってるの? 迎えに行くの?」
どうして邪悪な笑みを浮かべてるのかは気になるけど…
「ん? ああ、フリギアね、フリギア」
とりあえずの疑問を解消するために訊けば、思い出したとばかりのこの台詞。
「え、ちょっとドゥール…?」
「大丈夫ダイジョウブ! 平気ヘイキ! フリギアなら先に城へ向かってるから心配いらないし?」
「そ、そう…?」
「やっだなあ、ジロジロ見ちゃって。なあんにもないってのに。シシシシ!」
邪悪な笑みがそのままだから、胡散臭さしか感じないんだけど。
「ほら、乗ってのって」
それでもじっとエルフの少年を見ていたら、中に入るようせっつかれた。なんだか誤魔化されたような気がする。
ドゥールもミノアと同じぐらい何を考えてるのか分からないけど…ここでずっといるのも往来の邪魔だろうし、と諦めて幌へ回り込む。
「…なんか胡散臭い」
でもやっぱり気になって、つい、ぽろりと零れたり。
それを聞き逃すドゥールじゃあない。
「仕方ないし? ほらさ、オレら王様を何日も待たせてるんだよねえ。だから急がないとヤバいんだよねえ。ウシシシシ」
「え、えっと…」
「またぶん殴られたら困るよ、オレ?」
「……」
今、一小市民にとって物凄い嫌な言葉聞いたような気がする、んだけど。
「どしたのシアム?」
「あのさ、ドゥール」
「うん、なになに?」
「…王様?」
「うん、王様ね! この国のオ、ウ、サ、マ! シシシシ!」
「き、こ、え、な、いっ!」
ドゥールたちにはきっと僕程度には分からない事情があるんだろうし、僕には関係ないことだし。
「誤魔化しても、もう遅いと思うんだよねえオレ」
「…分かってたけど…うん…分かってたよ…」
色々諦めて馬車の中に戻ると、そこはそこでミノアが一生懸命に真紅の棺桶を撫でている。
磨いている、じゃなくて撫でている。それぐらい一生懸命、棺桶撫でてる。
「よいしょっと」
その光景を見ながら、若干ミノアから距離をとって腰を下ろして片足を立てる。
自分でも信じられないけど、立ちっぱなしで足の傷が開いたような気がしたり。未だに傷口が閉じないって、さすがにおかしいと思うんだけど…
「いたたた…フリギアが治さないとか言うから……フリギアめ…」
気付いたら痛くなってくる足を擦りつつ、棺桶を撫で続けてるミノアを眺める。
「……」
僕なんて眼中にない、とばかり熱心に棺桶撫でてるけど、そこまで棺桶が好きだったなんて意外だったり。
用途はアレだけど、見た目が綺麗だからかな? さすがに中の居心地がいい、とは言わないだろうけど。実際、居心地いいけど。
「ねえミノア、その棺桶どうするの?」
「持って帰るの」
「そ、そう」
「うん」
即答デシタ。それ以外の解答があるわけないだろう、という勢いだった。ミノア、コワイ。
「家に、持って帰るんだね?」
「うん」
「か…飾るの?」
「うん」
そ、そう。その棺桶、家に持って帰るんだね、ミノア。け、結構変わった趣味だけど…棺桶、集めね、うん。
ところで例えばの話だけどさ、ミノアが万が一お貴族様だったりしたら、多少人とは異なった趣味を持っていても、いいよね。
お貴族様って変わった趣味をお持ちだったりするし!
…例えばの話、だけどね!
「でもこの棺桶、確かに凄く綺麗なんだよね…」
無駄に存在感だけはある棺桶。改めて見直してみると、かなり意匠を凝らしていて僕の輸送用とは思えない出来栄えだ。
多分きっと、恐らくドゥールが気合入れて職人に頼んだんだろう、と思える一品に仕上がっている。
「ドゥールならやりそうだよなあ」
変なところで使命感に燃えるドゥール、を想像してたら、外が一気に騒がしくなる。
今更だけど、動く馬車の中からは外の様子を知ることは出来ない。外を見てみたいけど、足が痛くてあまり動きたくないわけで。
けど、勢いがある喧騒が中まで飛び込んできて、活気があることが分かるし、今まで僕が回ってきたどの町よりも、人の声が多い。
でも気になる…外が気に……ん?
「あれ?」
ふと、何か懐かしい感覚が。
なんだろう? ともう一度確認すると、ソレは徐々に近づいてくる。
「えっと…?」
居ても立っても居られず、ゆっくりと幌に手をついて身を乗り出す。外の明るさに一瞬目が眩むも、すぐに目が慣れてくれる。
開けた視界では予想通り、城門前以上に人がいて。そして、騒がしい。
幅広い道の両端に、ずらりと立ち並んだ店。
食料品やお土産を扱った店はあって当然だけど、剣や鎧、盾、杖とかから、何に使うのか僕には分からない謎の商品まで陳列してて。
そこに群がる人、人、人。そんなお客さんを狙った掛け声や客引きの声がそこかしこで飛び交っている。
所々で怒号も聞こえるし、喧嘩か? よしやっちまえ! 負けんじゃねえぞ! と野次を飛ばす人まで集まっている場所もある。
随所に城門にいた兵士とは違う鎧を着た兵士もいて、露店や行き交う人に目を光らせている。その数も相当多い。
見渡す限り、人がいない場所がない町だ。建物も、他と違って横にも縦にも大きいものがわんさかある。
初めての光景に目が釘付けになっちゃうけど、それ以上に気になるのは…
「いない、なあ…」
懐かしい気配は感じるのに。どこにいるんだろう? こうも人が多いと全然分からない。一人ひとりに目を凝らして、集中する。
左に、右に、前に、後ろに。場所は分からないけど、少しずつ近づいてくる気配に。
「おかしいなあ。近づいてきてるから、分かるはずなのに」
露店が立ち並んでいるのに、馬車の往来も出来るほど幅広い道。僕らが乗った馬車を指差して、喜ぶ子どももいる。
そして。
「え」
一人の男と、馬車がすれ違った。すぐさま馬車はその男と距離を開けるけど…
「……え?」
薄い緑の髪に、感情を押し殺した、けどもどこか人を見下したような蒼い目。
そして、その腰に下げられた黄色の透き通った柄。
間違いはないのに、何が起きたのか全く分からない。
「ど、どういうこと…?」
突然の、理解できない事態に頭が混乱する。
馬車から身を乗り出したまま、僕はその姿が小さくなっていくのを呆然と見続けることしか出来なかった。