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第52話(謀)

「………」


 薄い緑髪の男性。あっと言う間に人ごみの中へ紛れて見失ったけど、その方向から目を離すことができない。

 幌から身を乗り出して、ずっと、ずっと一方向を見続ける。


「どうして…どうしてってうへっ?」


 と、何の前触れもなく頭を、主に髪の毛を引っ張られて馬車の中に引き込まれる。

 何事かと、髪の毛が何かに絡まったのかと見れば、後頭部に小さな手が二つ。


「うわっ…てむむ、む?」


 更によくよく確認してみれば、棺桶を一生懸命撫でてたはずのミノアが、いつの間にやら僕の背後に来て…って本当にいつの間に?

 無言で、無表情で、両手で、僕の髪の毛に掴みかかっている。ちょっぴり怖いんだけど…

 実にミノアらしく、遠慮なく髪の毛引っ張られて、ちょっと抜けそうな雰囲気がそこはかとなく。痛い。


「ミノア? 引っ張るなら服とか手とかにして欲し…」

「髪」

「いや、ちょ、あのね、今僕…あいたぁっ?」


 色々忙しくて、考えることがあって、構ってあげられない、というお断りを入れる前に。

 ミノアが結構な力で僕の髪の毛を引っ張ってくる…って、全力で引っ張らないで! 痛っ? 抜ける、抜けるって!


「あたたた! ミノア、止め!」

「髪」

「い、いたいって! か、髪! 髪引っ張らない! 抜ける、絶対抜けてる!」

「死ぬ?」

「だからね、どうしてそうな…ひ、引っ張らない!」


 死ぬか髪の毛全部引っこ抜かれるかの二択に、涙ながらに抗議。

 するとミノアはちょっぴり首を傾けて。


「服」


 片手では全力で髪の毛引っ張って、もう一方の手で服を差し出すミノア。

 …相変わらず考えてることが、よくワカリマセン。

 なんでご自身の体重かけてまで僕の髪の毛を引っ張るのかも、よくワカリマセン。


「着替え」

「……そうだね、ありがとう」


 ミノアに抵抗しても無駄だと思う。ここで抵抗したらきっと『死ぬの?』って言われて魔法を撃たれるんだろうし。

 なんとなく零れた溜息と共に馬車の中へと戻る。ぐいぐい服を押し付けられたから、それを受け取りつつ。

 そこで漸くミノアは髪の毛から手を離して、何をするのかと思えば僕を棺桶の蓋に座らせる。


「座って」

「棺桶の上だけど…座ればいいんだね?」

「うん」


 疑問なんて持ってないミノアの言葉が頼もしい。

 目元を拭いつつ冷たい棺桶の蓋に腰を下ろすと、ミノア自身は立ったまま、僕の髪に櫛を入れ始める。

 ミノアが一生懸命髪の毛引っ張ってくれたから、相当こんがらがってるような気がするんだけど。


「……ん?」


 やることもないし、ミノアの邪魔をしたらトンデモナイコトになりそうだから、と床に目を向けると見慣れない色が飛び込んできて困惑する。


「ねえミノア、服があるけど、この中から選べってことかな?」

「うん」


 いつの間にか用意されていたのは…男物の、多分僕用の服。

 道中で買い物した記憶はないから、どうやらミノア、マンドラさんのところから数着失敬してたっぽい。


「ううむ…」


 やっぱりミノアの考えてることが分からない。

 というわけで色々悩むのを諦めて、とりあえず床に置かれた服から目を離して。


 最初に差し出された、押し付けられた服を広げて見る…光沢がある白のシャツに、灰色のベストと灰色のズボン。


 なんて表現すると地味に見えるけど、そこはお貴族様っぽい服。


 シャツは別として、ベストにはなんだか目が痛くなるような細かい刺繍が施されてるし、ズボンはズボンで裾になんか刺繍が…

 僕も鍛冶で細工とかするけど、さすがにここまでは……と思うような細かさだったり。

 マンドラさんの家からちょろまかしてきたなら、お貴族様用の服なんだろうけど、ここまでする必要あるの?


 ていうかこれを僕が着るの? 絶対似合わない、と思うんだけど。

 確実に近づいてくる嫌な予感と共に、目に痛い洋服を確認してると、なんとなく気付いたことが一つ。


「あのさ、もしかしてこの服、僕にぴったりじゃ?」

「うん」


 着替えたわけじゃないから断言は出来ないけど、僕の体に丁度の大きさのような気がする。

 なるほどぴったりなのか、ともう一度見直して、即答したミノアへ…


「…うん? ミノア、うんって今言った?」

「うん」


 僕の髪の毛を弄くりながら、二度も力強く断言してくれたミノア。

 返事を聞いて豪華な装飾がされた服を、汚さないようにゆっくり床におろして。


「どうして、僕の服の大きさが分かったの?」

「測ったの」


 髪の毛をいじっている手を止めず、ミノアは答える。今度は関心なさそうに。

 反射的に問い質そうとして振り返れば、勢いよく、手加減なしに前を向かされ…あれ? 首がイヤな音を立てたような。


 ………


「あいたぁぁぁっ? ミ、ミノア、痛い! 痛い首! なんか捻った! 嫌な音がしたんだけど!」

「死ぬ?」

「あだだだだっ? ちょっ? 杖、杖取り出さないの!」

「そう」


 絶対首捻った、捻ったよ! すんごい痛い! 実は僕を捻り殺そうとしたんじゃないか、ってぐらい痛いんだけど!

 じんわり目から溢れて来る涙を堪えつつ、首に手を当てつつ…なんで僕、こんな目にあってるんだろ…?


「そ、それで、いつ測ったの?」

「シアムは兄様より細いの」


 ようやく答えてくれたと思えば、些か見当違いな方向だし。ミノアらしい解答だけども。


「そうじゃなくてさ、いつ僕の…」

「細いの」

「一応気にしてるからね、追い討ち掛けなくていいんだよ、ミノア」

「細いの」

「……ううう」

「細いの」


 正直な感想に凹む。なんで三回も繰り返すの? 繰り返す必要、あるの?

 他の鍛冶に比べても貧弱、軟弱って分かってるけどさ…分かってるからこそ、真正面から、それもミノアに淡々と言われちゃうと、とても傷ついたり。

 そうでなくてもこの間、レイスさんに抱っこされて男の沽券とか沽券とかもう色々粉砕されたばかりなのに。


 …粉砕されたばかりなのに。


 あの時を思い出して、更に凹む。

 気がつけばオッチャンたちの爆笑とか、純粋な少年少女たちの疑問の声とか、本気で心配してくれた奥様とかの幻聴まで聞こえてきた。


「うわぁぁ…なかった、何もなかった、決してレイスさんに抱っこなんてされてなかった…よし!」

「………」

「えとミノア、なんで僕をじっと見てるの?」

「………」

「なにか、僕の顔に付いてる?」


 不思議そうに僕と顔を合わせようとするミノアから、なんとなく顔を離して。

 そのまま項垂れる僕なんか知ったこっちゃないと、ミノアは再び髪の毛と格闘を始める。


「似合うの」


 しばらくしてふと、手を止めたミノア。よ、ようやくミノアの暇つぶしが終わった、のかな?

 かと思って振り返って、もしかしてまた首を捻られるのかと思えば、そんなこともなく。


 いやいや待て待て僕。なんか嫌な予感がするぞ。ミノアのあの顔、どことなく夢見る女の子っぽくない?


「な、何が似合うって?」

「姉様のふ」

「ちょぉぉぉっとまったぁぁぁぁ! それ以上言わない! 言わない! というかミノアお姉さんいたんだね!」

「似合うの」


 完全に振り返ってミノアの発言を遮る。それ以上言っちゃ駄目だから!

 必死に叫ぶ僕の抗議を受けても、ミノアは変わらない表情で僕の髪を手のひらに乗せて軽く引っ張ってたり。

 だけど、どこか不満そうに見えるのは…


「髪伸ばして」

「そういうことっ? 今繋がったよ! そういうことなんだねっ?」


 なんということだ! ミノア…鉄壁の無表情の下で、なんて恐ろしいことを考えていたんだ!

 僕の髪の毛引っ張ってたのは、そういうことだったんだね!

 思わず引きつった顔で、ゆっくりとミノアの両手を下に下ろす。


「あのねミノア、そういう考えは良くないからね。主に僕に対してね、うん」

「足も細いの」

「だからね、僕に対してね、貧弱過ぎてお姉さんの服が似合うとかね、そういう感想を持っちゃ駄目なんだよ?」

「手も細いの」

「あまり細いとか連呼しなくていいからね。あのね、僕だって逞しくなりたいって思ってるんだよ。本当だからね?」

「折れそう」

「……」

「折る?」

「遠慮します!」


 折角の説得も、やっぱりミノアの前じゃ意味がない。むしろ、最後が怖い。折る? って何をっ?

 ミノアが指差したのは僕の手。ちょっと前よりは傷が少なくなって綺麗になってきた手をしげしげ観察して、溜息と共に下ろす。


「…これでも結構食べてるんだけどね。全然フリギアみたいにならないんだよね。別にフリギアを目標にしてるわけじゃないけど」

「あげる」

「ありがとう、ミノア。後でゆっくり食べるよ」


 お菓子の袋を差し出して小首を傾げたミノアは、完全に我が道を行く性格だ。

 袋を床に下ろすと、ミノアは屈んでその床を指差す。正確には、そこに並べられた服を、だけど。


「どれにするの?」

「どれに…この服かあ」


 もうミノアだし、と色々諦めて、床に置かれた数着の服へ顔を落とす。

 どれもマンドラさんの家から失敬してきた物らしく、高級そうだけど。

 だけど武器はまだしも、服の観察眼なんて僕にはないし…


 つまり。


「どれがいい?」

「折角沢山持ってきてくれたのはいいんだけどさ、僕はどれがいいのかさっぱりなんだよね」

「どれでもいい?」


 そう言われると困る。

 お城とかドゥールが言うから不穏な未来しか浮かばないし、適当に選んで『これは我が国に仇なす色です!』とか言われて投獄されても困るし。


「ううむ……じゃあさ、僕は王様に会うわけじゃあないけど、万が一お城に行っても失礼がないような服が…いいのかな? 多分」

「うん」

「ミノア、お願いしてもいい?」

「うん」


 ここはお貴族様っぽいミノアの目を信じよう。

 床に広げられた服をこれ以上ないほど真剣に吟味しだすミノアを見て、心の中で頷く僕であったとさ。

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