第59話(謀)
「ってことで悪いねシアム」
全く悪いと思ってないドゥールの声で、意識が戻ってくる。
「そりゃあないよドゥール! 僕の精霊石はどうなるのさ!」
「諦めて? シシシ」
「えぇっ?」
「全くお前の頭はどうなっているのだ。当分先だと、今言っただろうが」
冷酷なフリギアは、止めとばかり宣言する。
物凄い楽しみにしてたのに。さようなら、僕の精霊石たち……ぐすん。
「うううぅ」
「よくもまあ、言葉一つでそこまで落ち込める。誰も行かせないとは言っとらん」
む。
「じゃあいつ行けるのさ」
「さて、な」
「なんだよそれ…」
つまりやっぱり分からないってことじゃないか。一瞬だけ期待した僕が馬鹿みたいじゃないか。
目の前から去っていく精霊石に気落ちしていると、ミノアが横から腕を突いてくる。
けど、そっちを見る気力がもうないデス。
「杖だね、杖。大丈夫、忘れてないし、絶対作るから…うん」
「家にこないの」
「……へ? なに?」
「……」
「ミノア? 今なんて言ったの? ごめん、よく聞こえなくて」
「……」
「すまんな、ミノア」
気になって聞き返すけど、ミノアは口を閉じて沈黙したまま。
他方、フリギアとドゥールの二人には聞こえていたみたいで、珍しくフリギアがミノアの頭に手を置いて謝る。んん?
「お前の所よりは、俺の屋敷の方が安全だという結論でな。理解してくれ」
「んん?」
「まあ仕方ないよねえ。ミノアの家魔境らしいし、死人出たらお互い困るし?」
「魔境…? 死人…?」
「うん」
「あのさフリギア、安全って? 死人って?」
日常会話のように交わされる不吉な単語に、最近仲良くなってきた嫌な予感がこう、肩を叩いてきたり。
だけど僕へと振り返ったフリギアは胡散臭さしかない、爽やかな笑顔を浮かべて笑う。
「はは、突然何を言うかと思えば。何をどう聞き間違えたらそうなるのだ」
「いや待ってよ! フリギア、今自分で言ったじゃん!」
「今? ああ。城下は地方の村と違い、物騒だということだ。小競り合いで死人が出ることもあってな、危険なのだ」
「全然違う話だよねソレ! それで僕が誤魔化されると思わないでよ!」
「やれやれ。全くこいつときたら…武器以外のこととなると、からきしだな。なあドゥールよ」
「だねえフリギア」
「あのさ…あ、もういいや…」
うん、なんかもう、何言っても無駄なような気がしてきた。
ちょっと前から氷水やら火炙りやら酷い目にあってるけど、諸悪の根源っぽいフリギアはやっぱり全然反省してないし。
…フリギア、僕に何しても大丈夫だろうとか考えてるよね、きっと。
僕がどれだけ怒っても、小動物に絡まれた程度にしか思ってないんだろうさ、絶対。
「ふんだ。僕が何言ってもフリギアは聞く耳持ってくれないし。分かったよ、フリギアの家に行けばいいんでしょ」
「なんだ、理解しているではないか」
「………」
その…意外そうに言わないでよ、フリギア。
軽く目を見張ったフリギアは、続けて意味深長な笑みを浮かべる。
「どうせお前のことだ、杖の製作に取り掛かれば場所など気にはせんだろう」
「そ、そんなことないし」
「それに数日は部屋に篭りきりだろうな。後で屋敷に案内するから十分に休んでおけ。明日以降、杖の材料を購入する」
「………」
「どうした。費用については心配いらん。俺が払うからな」
「……」
黙ってると、不思議そうに僕を見てくる。
「突然黙りおって。まさかシアムよ、城下の観光をしたいと?」
「違うよ…興味あるけどさ」
「だろうな。冗談だ」
「…ソウデスカ」
「ああ」
「むぅ…」
僕がどう行動するか、短い付き合いで分かってるのが悔しいだけだよ! ふん!
なんであれ、フリギアは僕が首を縦に振ればどうでもいいらしく、あっさり僕から目を離してミノアへと。
「ミノア、杖は明後日以降になる。構わんな」
「うん」
「それからドゥール」
続いてあらぬ方向を見ていたドゥールへと。
「お前は早く里に戻れ。こいつを勧誘している場合ではなかろう」
「え……」
え? なんだって?
衝撃の事実を聞いて驚く僕へ、ドゥールは露骨に眉を潜めてみせる。
「折角忘れかけてたってのに。相変わらずフリギア厳しいねえ」
「ええっ? な、なんで! なんでドゥールだけ!」
自分だけエルフの里に行くだなんて、信じられない! 今さっきの話はなんだったんだよ、ドゥール!
薄情なドゥールは僕の肩に手を置いて、今までにないほどの真剣な表情を浮かべる。
「シアム、これから言うこと、良く聞いて」
「な、なにさ」
ゆっくりと、ドゥールは頷く。その真剣な目に、思わず姿勢を正しちゃうほど。
そしてエルフの少年は、口を開いて…
「フリギアの言うこと全部素直に聞くんだよ? これから冷えるから体に気をつけてね? あと、夜道と背後、あ、えっとついでに頭上には十分注意して? 分かった?」
「分かりたくないし! ていうかその忠告なんだよ! しかもフリギアしかいないとか、絶対良くない事起きるじゃん!」
どうでもいい忠告に叫ぶと、ドゥールは一転してイイ笑顔を浮かべてくれたり。
「確かにフリギアだけだねえ。ま、仕方ないね!」
「仕方なくないよドゥールぅ」
「お前らどさくさ紛れに…」
「うんうん、シアム言いたいこと分かるし、連れてきたいのは本当だけど、ちょっとねえ」
心底からの叫びに、けれどドゥールは両手を合わせて無理なんだよねえ、と続ける。
「実は里の方がゴタゴタしててさあ。それもあってシアム呼べないのよ。これホント」
「ホントに本当? 嘘じゃない? 僕また騙されてない?」
「今度もホントホント、ホントの話ね、シシシ」
僕の言葉にドゥールは大きく頷いてみせる。けど、イイ笑顔が張り付いたまま。
これで、とっても深刻な状況って言うんだけど……絶対嘘、だよね…?
僕が納得してないのを見て取ったのか、イイ笑顔は続く。ていうか、近づいてきた。
「だから偉いオレが戻らないと皆困っちゃうワケ。ああ、偉いのも大変」
「顔近…それが本当なら仕方ないけど……けどドゥール、偉いエルフだったの?」
今までのことを掘り返してみても、偉いエルフっぽい態度を見た覚えがないんだけど…
素朴な疑問に、ドゥールは顔を離して首を傾げる。
「ありゃ。言ってなかった? オレ実は偉いエルフで、里じゃ崇め奉られてたり?」
「へえ! そうなんだ!」
「そうそう! だからココにも入れたし、ドゥール様って呼ばれてるワケ」
「ああ! なるほど!」
言われてみれば、確かにドゥール様って何回か呼ばれてたし、城にも詳しそうだったし。
なるほどなるほど、見た目も、言動も僕をからかって楽しんでるだけのような気がしたけど、実は偉かったんだ。
「だからこうやって里に何かあると、ゆっくり休めやしない」
「休めやしない、って満喫してなかった? 途中で長時間馬車止めてお菓子買ってた気がするんだけど」
僕を置いてけぼりにして、ミノアと二人で。
「じゃあ、またねえ!」
「あ、ちょっとドゥール…! 待ってよ! 絶対二人で楽しんでたでしょ!」
「ああ大変だ、大変だ!」
僕の言うことを全力で無視したドゥールは、全速力で部屋から出て…逃げていく。
「あれで誤魔化せたって思わないで……ミノア?」
「……」
「おおい。ミノアどこ行くのさ」
そんなエルフの少年を追いかけるように、沢山の袋を抱えたミノアが…って、あれまさか全部お菓子の袋じゃ。
どこか甘い匂いが漂うミノアは、そのまま小走りで部屋から出て行く。
「行っちゃった……二人とも、僕を置いてどんだけお菓子買ったのさ」
「さてな。あの二人、金がある分自重せん」
「だろうね、うん」
フリギアも呆れた様子でドゥールとミノアが消えた方向を見やる。
と。
「フリギアに…シアム君?」
全然違う方向から声が聞こえてきて驚いた。
「うわっ? だ、誰っ?」
「レガートか」
「久しぶりだねフリギア。それで、どうして二人とも立ったままなのかい?」
部屋を出て行った二人と入れ替わるように、そこには首を傾げたレガートさんがいた。




