ウサギさんのクリスマス
街中に賑やかしく流れるクリスマスソング。
毎年この日は仕事で、気にかけたことすらなかった。
独り者がクリスマスに休みをとってみたとて、することがない。
家族連れが幸せそうに談笑し、恋人同士がいちゃつく街を、ひとりで彷徨いてみたとて虚しいだけだ。
だから毎年、クリスマスには仕事を入れていた。
職場にいりゃあ、それなりに。
クリスマスの雰囲気を味わえて、身の置き所のないような疎外感を感じずに済む。
毎年毎年、子持ちや恋人持ちに休みを譲るのが恒例で。
今年も特に用事もねえし、出勤可にしておいたはずなんだが。
なんでか知らんが、いつの間にやら休みが入っていた。
今年も、いつも通りに仕事をするつもりでいたんだがなあ。
どうにも、誰かが妙な気を回したらしい。
甘い甘い――……恋人同士のラブソング。
こんなもん。
ひとりで聞いてたって虚しいだけだ。
部屋にひとりでいても仕方がないかと出てきたが。
失敗だった。
こんなことなら、酒でもかっくらって、さっさと寝ちまえばよかったな。
どうにもこうにも、居心地が悪くて仕方がねえ。
ふらりふらりと街をさ迷い歩き――……。
ふと、足を止める。
夜も更け、思い思いの場所に消えていく人々。
恋人と、あるいは家族と。
楽しげな笑顔が溢れる街の中の、その一角。
たまに昼飯を食べにいく、行きつけの店の前。
作りすぎたのか、競争に負けたのか。
売れ残ったらしいクリスマスの料理とケーキを、声を張り上げてなんとか売ろうとしている、若い若いサンタクロースたち。
今日中に売り切るのは、どう見ても無理そうな量だ。
立ち止まり、眺めることしばし。
あの店は――……そこそこ美味い。
なんで売れ残ってるのだろうと、好奇心をくすぐられて覗いてみれば。
なんのことはない。
このクリスマスに、悪戯をした馬鹿がいたらしい。
聞けば、大量の注文をしておいて、当日キャンセル。
しかも、連絡先は嘘っぱちという、ありがちな嫌がらせだ。
チキンにキッシュ。
ラザニアにサラダ。
他にも、名前も知らないような手の込んだ料理が、急拵えの簡易屋台に、これでもかと並んでいる。
ケーキだけでも、数種類が各2〜3個ずつ。
後ほんの数時間で日付が変わるこんな時間から売り切るのは、たぶん無理だろう。
ここの飯は、嫌いじゃねえし。
久しぶりのひとり飯は味気がなくて、ほとんど食ってねえ。
こんぐらいなら――……消費できそうだ。
「んじゃ、これ全部オレが買う」
「は……?」
「クリスマスに頑張って働いてる、ウチのガキどもの夜食に差し入れるわ」
「いいんですか?」
「そんかし、配達頼めるか。さすがに全部は持ちきれねえ」
「――――……ッ。ありがとうございます!!」
「今から来れるか? 場所は――……」
「存じております。いつもお越しくださり、ありがとうございます」
よく見れば、嬉しそうに笑み崩れているサンタクロースの正体は、顔見知りのウェイターだ。
パタパタと元気よく配達の準備を整えているサンタガールたちも、見知った顔ばかりである。
このクリスマスに、店の窮地に全員で取り組んでたのか……。
何人もの感謝の言葉を貰い、くすぐったさに俯く。
ひとりが身に染みて、泣きつきに行く口実が欲しかっただけなんだがなあ。
今日はクリスマスだ。
意図せず人の役に立てたんなら、まあ。
オレにしちゃ、上出来な方だろう。
ぞろりぞろりとサンタクロースを引き連れて、夜更けの会社を訪れる。
部外者を社内まではさすがに連れて入れやしねえ。
苦笑する守衛連中にお裾分けをくれてやって手伝わせ、料理を食堂へと運び込み――……。
クリスマスの夜に当直を引き当てた運の悪い連中の待機室をノックする。
「はいは……あれ。砂兎さん」
「え?! 兎場さん? ほんとに兎場さんだあ」
対応に出た加地を押し退けて飛びついてきた幼い恋人を、ひょいと身をかわしてやり過ごす。
両手に荷物持ってるのが見えてるはずなんだがなあ。
なんでたまにオツムが緩くなるんだか。
「メリークリスマス。差し入れくれてやるから遊んでくれよ」
べしょん、と廊下にずっこけた頭の上に、ぶら下げてきたケーキの箱を乗せる。
すぐさま飛び起きて抱きついて来ようとでもしていたのだろう。
中腰で、小鳥遊が固まる。
「え、う? これ………?」
「ん。ケーキ。落とすなよ」
「ワーカーホリックめ。休みに会社へ遊びに来るな」
「ひとりでクリスマスにうろうろしててもつまんねーんだよ。意地悪しねえで入れてくれよ、美濃」
「クリスマス連休の夜勤当番を引いたのは、おまえのところのヒヨコだからな」
「わぁってるって。ほれ。夜食買ってきたから、勘弁してやってくれ」
「夜食?」
美濃の眼差しが、小鳥遊の頭の上に止まる。
たったあれだけか、と視線だけで告げてくるのに、わずかばかり苦笑する。
「残りは食堂に置いてきた」
「食堂ですって!」
「いやん、大変ッ」
「回収しに行くぞ」
「姐さん、たんま。そんなことで廊下を走ったらあかんて!」
美濃班の雌豹が3匹と、お目付け役が、あわただしく食堂へと走る。
まあ、食堂に置いてある差し入れは、誰が食ってもいいってな不文律があるしな。
「なあ、小鳥ちゃん」
「はい」
「いまオレ手ぶらなんだけど?」
中腰のままの恋人の前に屈み、小首を傾げる。
「んでもって、誰もいねえし」
「どうしたんですか、珍しい」
「ん〜。プレゼント買ってねえわと思ってな」
「期待してませんよ、あなたにそんなもの」
「んでも、オレの分は置いてあったからよ……」
ちゅ、と軽く唇を盗み、淡く笑みを浮かべる。
頭の上に置いた箱を下ろしてやり、そっと顎をくすぐる。
クリスマスのプレゼント交換だなんぞ、思いつきもしなかった。
朝起きて。
出かける前に小鳥遊が置いていったらしい小包を見て、はじめて気がついたくらいだ。
柄にもなく、プレゼントを探して街を彷徨いてみたが――……。
結局、何を買っていいのかすらわからなかった。
他にプレゼント代わりになるもんを、と考えて。
コイツの喜びそうなことといやあ、こんなもんしか思いつかなかったんだが。
「スリリングなシュチュエーションをプレゼント?」
「知りませんよ、誰かに見られても」
「心配ない。そのために、わざわざ食堂に置いてきたんだ」
「悪い人だ……」
ゆっくりと重なる唇。
触れるだけで、離れて。
「来年はクリスマスデートしましょうね」
「ああ」
嬉しそうに笑んだ幼い恋人に満足して、待機室のいつもの定位置を陣取る。
賑やかしく戻ってきた美濃班の連中ともども、今夜は楽しいクリスマスパーティーだ。
これでたぶん、くじ運の悪さにメソメソするのも終わるだろうと、密かに嘆息したのは――……小鳥遊には内緒だけどな。
後は、そう。
出動さえかからなきゃ、そこそこ楽しいクリスマスになるに違いない――……。
※ なんだかんだで、ウサギさんてば寂しんぼさんなんだよね、というお話 ※