31.魔王様の愛用品
シェンメイは資金を使いきった罰として宿から放り出された。扉を閉めたレオは冷たく言い放つ。
「そこで一晩反省しろ」
「いやだいやだー!!」
宿の階段を上っていた。精神的な疲れを感じる…。初めからこの調子で大丈夫なのかと先行きに不安を感じながら部屋のドアを開ける。
そこには、相部屋であるミニアがムンクを足元に従えベッドの上に座っていた。なぜかムンクは前足で両目を隠して伏せている。そろそろ寝ようかとベッドに近づいたレオは、違和感に気づき立ち止まった。
「…何だかミニア、綺麗になってないか…?」
「ふふ、そう?」
レオは別れる前よりも輝きを増したミニアに首を傾げた。
気のせいだろうか……以前よりも髪の艶やかさが増し、さらに肌はきめ細やかになり、可愛らしかった顔には大人になりかけの色気までが漂う。部屋に溢れるむせ返るような花の香りはミニアの体からするのだろうか。しかし不快感はなく、自然である。もっと嗅いでいたい、と思ったレオは唾を飲みこみ、無意識に一歩近づいた。
そのとき、偶然にもレオの右手が勇者の剣に当たった。大神殿で受け取ったその聖なる剣は、瞬間淡い光をおび、ミニアの魅了(チャーム)にかかっていたレオを正気に返らせた。
気がつくと部屋に充満していた香りも消え、あれは夢だったのかと首を傾げる。
「レオ、どうしたの?」
「い、…いや、おやすみ、ミニア」
小首を傾げるミニアに背筋をゾクリとさせたレオは、なぜかドギマギする胸元あたりを掴み、ミニアから顔を背ける。そのまま部屋を出て行くレオの後ろ姿を、ミニアはつまらなさそうに見送った。今まさに違う世界の扉を開こうとしていたことには気づかないまま…そして、夜は更けていった。
さわやかに潮風の薫る朝、宿の一階で待ち合わせた一行はさっそくこのタリム国で感じた魔力の元へと向かう。皇帝が言うには、弱っているであろう魔王を確実に葬るため、世界にある五つの国を全て回りそれぞれの国にはびこる魔王の力の一部を破壊していくらしい。
「何の話?人間界に来たことなんてないわ」
ミニアが首を傾げる。ミニアには身に覚えの無い話だったが、ムンクの話によるとどうやらコレクター趣味のマニアな魔族がミニアの愛用品を盗み、こっそり五つに分けて隠していた為らしかった。
それがあの忠実なミニアの下僕…いや部下であるウェントの仕業だと二人は気づかなかった。
「ここですねっ!」
賢者見習いのユーリが杖を掲げると、杖の先の石が魔力を感知して赤く発光する。
そこは、薄暗い洞窟の入り口だった。元々は数万年かけて形成された鍾乳洞と巨大な地底湖が隠れた秘境だったらしい。しかしミニアの魔力が溢れた今は、魔力に犯されて魔物化した魚や蝙蝠などの生き物が潜み、空気も濁って淀んでいた。
「いやふーーー!!どんどん来いやあぁぁ!!」
「魔王の力の一部だとは聞いたが、まさかこれほどだとは…」
三つ編みと鎖を振り回してハッスルするシェイメイの横で、レオは襲い掛かる巨大蝙蝠の群れを隙無くなぎ払いつつも、うっすら額に汗をかいていた。
疲れではなく、奥に進めば進むほど感じる巨大な力のためである。人間に探知されないよう魔力を隠していたミニアだが、質の良い魔力に反応した魔物が普段より多めにパーティーに襲い掛かっているので、じりじりとしか進めない。
何とか最奥の地底湖まで辿り着いたときには、すでにパーティーの顔には疲れが浮かんでいた。
「きっと、あの湖底の中央に見える玉が魔王の一部です!ユーリ、引き上げてみますっ!」
ユーリが長い呪文を唱え終わると、パーティーの前にテレポートされたそれが現れる。遠くの対象物を移動させるというのは、消費される体力と空間を把握するための莫大な知識が必要なため、人間の中でも賢者くらいだと言われている最難関な魔法だった。天才であり、更に努力家なユーリだからこそ出来た代物である。
ふらついたユーリをシェンメイが支えた。そこで「あっ…ごめん、ありがと(何赤くなってんのよ私ばかばか!)」「い、いや…(何だよこいつ……結構かわいいじゃん)」みたいな展開があったりしたら面白いのだがこの二人に限ってそんなことは起こるはずもなく「おいしっかりしろよユーリー」とシェンメイがユーリの腕を掴んだだけであった。何かごめんなさい。
「これが…魔王の一部…?」
レオが訝しげに湖底から引き上げた大きな玉を見下ろす。先ほどまで感じていた目に見えない圧力のようなものが消えている。しかし、ユーリの杖の先が先程とは比べようの無いくらい強い光を発するのを見るとこれが目的のものに違いなかった。
それはちょうどミニアが両手に抱えたらすっぽりと収まりそうなサイズで、真っ黒な細い糸のようなものが絡まりあった繭のように見えた。
「中に、何かが入っているみたいです…」
ユーリの指示に、レオが聖剣を突き刺した。あっさりと繭を通りぬけた剣は、かつん、と澄んだ音をたてて止まる。溶けるように繭が消え去ると、そこには細かなひびがたくさんはいった、アンティーク調の鏡があった。