55*崇められる者 -01-
少し長めです。
今回シリアスな描写があるのでご注意ください。
「ミアノ殿下、初めまして。お会いできて光栄です」
金髪をなびかせながら、綺麗な所作で挨拶する青年。出迎えた側にいたアイリスも思わず目を細めてしまう。客観的に見てもバルウィンの振る舞いはまさに王子で、きらきらとなにやら眩しい光を放っている。
「ミアノ殿下?」
再度名前を呼ばれはっとしたミアノは、なぜか走ってアイリスの後ろに隠れた。そして背中から顔を覗かせる。念のためアイリスが付き添っていたのだが、来て正解だったかもしれない。アイリスは小声で「どうしました?」と聞いた。
「……想像より王子様」
「でも予知で顔は知ってたんですよね?」
「……声とか動いてる姿は知らないもん」
なんだか圧倒されている様子だった。
オーラが高貴すぎるのだろうか。
「お優しい方ですよ。大丈夫です」
「…………」
「ミアノ殿下」
「!」
バルウィンは近付いてから膝を折り、ミアノより低い体勢になった。怖がらせたのかと思ったのか、柔らかく微笑む。
「リアンがお世話になったと聞きました。私とも仲良くしてもらえますか?」
「……う、うん」
「よかった」
胸をなでおろす仕草をする。
(なかなか罪作りな方よね)
アイリスは冷静にそんなことを思ってしまう。
女性の気持ちを考えた配慮ある言動、彼がエスコートをすれば喜ばない女性はいないだろう。平民や貴族関係なく、優しくされた女性はすぐに恋に落ちてしまうかもしれない。アイリスは最初からロイ一筋だが。
「……ねぇ」
「?」
ミアノが何か気付いたのか、少しだけ眉を顰めた。
「もしかして、あんまり眠れてない?」
「……!」
(え?)
「どうして、分かったのですか」
「なんとなく。……秘密の場所があるの。一緒に来てくれる?」
「喜んで」
「アイリスも一緒に来て」
「は、はい」
ミアノはその場から駆け出した。
慌ててついていこうとするが「ゆっくりでいいよ」と声がかかる。彼女は何度も後ろを振り返り、たまに足を止め、でも小走りで進む。道案内をしたい様子だった。それはバルウィンも気付いたようだ。
「アイリス。話をしながら進まないか」
「かしこまりました。……護衛は?」
ここに来るまでに護衛を二人ほど連れてきていたが、どうやら置いておくようだ。自然とアイリスはバルウィンと並ぶ。
「君がいれば十分だよ。秘密の場所なら、他の者は連れない方がいいだろう」
(さすが)
機転を利かせたか。
バルウィンもリアンと同じで頭の回転が速い。どうすればミアノにとっていいのか、あの一瞬で判断した。彼の言動はいつも感心させられてしまう。
「二人で話すのはこれが初めてかな」
「そうですね」
アイリスはリアンの幼馴染ではあるが、バルウィンは第一王子としての教育がいち早く始まっていた。そのため、こんな風にゆっくり話したことはない。いつも彼の周りには護衛や側近がいるイメージだ。
「リアンとモネ殿下はどうなった?」
「仲直りしました」
「結ばれた?」
含み笑いをされる。
「……ご想像にお任せしても?」
「ふっ。そうか。理解した」
この場合どう答えればいいか分からずあえてぼかした言い方をしたが、それだけで察したらしい。頭が良すぎてちょっと困るかもしれない。だが嬉しそうなので、これでいいのだろう。次期国王問題で色々あったが、なんだかんだこの人は、弟の幸せを願っているのだ。
「ロイは?」
「リアン殿下の傍におります」
ミアノと一緒の方が良かったのではと思いつつ、バルウィンと会う時はアイリスがいた方がいい、と太鼓判を押された。気になることもあるらしい。リアンとモネは無事に仲直りしたので、それにはロイもほっとした様子だった。
リアンとモネは早く帰国した方がいいのではないかと焦っていたが、ミアノが「せっかく仲直りしたんだったらもう少し一緒にいればいいよ」と鶴の一声を放った。城の主が言うなら、と、数日はここにいる予定だ。
「ロイが友好関係をしっかり築いたようだね。帰国したら褒美をやらないと」
「きっと喜ぶでしょう」
「結婚式はどうだろう」
「…………え?」
バルウィンが顔を覗き込んでくる。
にやっと笑いながら。
「二人の結婚式。婚約もまだ発表してないんだろう?」
「……ですが、それは」
(私達の一存で決められることじゃないし……)
貴族になりたてのロイに対して、シリウスを含め、当たりが強い貴族は他にもいる。だからロイは、結婚を認めさせるためにも仕事を頑張るのだと言ってくれた。だからこの国に対して尽力している。
「シリウスのことなら気にしなくていい。彼はかなり面倒くさい人でね」
「ええそれはとても感じていますが」
「私怨を感じるね。でも少しずつ変わっているよ。モニカ殿のおかげだと思う。素直に認めないし歩み寄ってはいないようだけど、彼女がいつかシリウスを変えてくれると僕は信じているよ」
「……今更ですが、どうしてバルウィン殿下はあんな人と仲が良いんですか?」
「ははっ。よく言われるなぁ」
よく言われるのか。
他にも疑問に思っている人はいるわけだ。
シリウスはイーデン公爵家の当主。に決まってからバルウィンと共にいることが増えた。王族と公爵という近しい関係だからだろうと言われていたが、それにしたって二人は性格が真逆だ。ああ言えばこう言うシリウスを、バルウィンだけが制御できているような気もする。
「そうだね……心奥深く思っていることは、一緒だからかな」
「……?」
「シリウスには僕が上手く言っておこう。彼さえ納得させられたら他の貴族は大体言うことを聞くよ。それに、王族である僕が褒美を与えたいと言ったんだ。陛下も賛同してくれるはず。二人に結婚式をプレゼントするよ」
「それはそれで……」
悲しいかな、素直に喜べない。
王族から何かもらうと、他の貴族からの当たりがきつくなる可能性が高い。ありがたい話なのだが、どうしたものかと思ってしまう。
「ミンティス王国のことだけじゃない。リアンとモネ殿下の仲直りは二人のおかげだよ。もう少しで互いの国の絆に亀裂が走るところだったんだから」
「それは……確かに」
言われてみると国同士のいざこざを上手く丸め込むことはできたわけか。リアンのせいでこっちの心労はなかなか大変だった。
「リアンに物を言えるのはアイリスくらいだからね。昔からとても感謝している」
「私も結構なことをリアン殿下に言ってしまっていますが」
幼少期から自覚はしている。だからといって、彼に対しては直す気もないが。そこを彼の両親に買われているし。するとバルウィンも頷いた。
「それくらい気心が知れているということだろう。いいんだよ。リアンにはあれくらいの方がいい」
「ありがとうございます」
「ロイにも色々と面倒をかけてしまっているからね。そのお礼だ。……と言いたいところだけど、」
「?」
「散々リアンに振り回されてるよね。今度は僕の願い事も叶えてもらえるかな」
(……バルウィン殿下の、願い?)
彼なら望めばなんでも手に入るだろうに。
わざわざこちらに頼むとは何事だろう。
「こっちだよー」
少し遠い距離からミアノが知らせてくれる。
二人はそちらに顔を動かし、進んだ。
ミアノは特別な中庭を案内してくれた。
中庭は大体木や植物、花がたくさんあるものだが、この国は大きな噴水があり、水が至るところに流れている仕組みになっている。ガラスの彫刻が置かれていたり、静かでありながら神秘的な雰囲気も感じる場所だった。水のせせらぎの音が、なんだか癒しを与えてくれる。
「ここは私だけの秘密の場所。一人になりたい時とか、心を落ち着かせたい時に来るの」
「綺麗な場所ですね」
ヒーリング効果があるのだろうか。
自然と心が落ち着く気がする。
「秘密の場所に案内してもらえるなんて、嬉しいです」
「……」
ミアノはじっとバルウィンを見る。なぜか真顔だ。少しだけためらっているようにも見えた。
「……ねぇ。リアンのお兄さん」
「バルウィンで構いません」
「じゃあバルウィン。あなた……大丈夫?」
(え)
「本当は、すごく疲れてるよね」
「…………」
「あのね、ここは本当に気がいい場所なの。だから、少し休んだ方がいいと思う。私、移動しようか? 知らない人、いない方がいいよね?」
言いながら、ミアノはゆっくりその場から離れようとする。
(ミアノ殿下?)
なぜ離れようとするのか。ミアノ自身があんなにも会いたがっていたのに。それに、バルウィンが疲れていると言うのは、一体何のことで。
「うっ……!」
急にミアノが頭を押さえ始める。
身体がふらつき始めた。
「ミアノ殿下っ!?」
アイリスは駆け寄り、ミアノの肩に触れる。
すると彼女はアイリスにもたれかかるように身体を預けてくる。頭を押さえたまま、目を閉じて険しい顔をしていた。バルウィンも異変に気付いたのか、こちらに近付いた。
「ミアノ殿下、大丈夫ですか」
刺激にならないよう優しく声をかけるが、苦しそうに唸るような声を出す。「一体どうした」「分かりません。急に」とバルウィンと会話していると、ミアノは振り絞るような声を出す。
「うっ……なんで……」
「え?」
「なんで……私の大切な人達……みんな……」
「ミアノ殿下?」
「みんな……不幸になるの」
「…………え?」
「う……う、ううううううわああああああ――!」
まるで心の叫びのように音が響いた。
「えー。それでは、俺が変装した結果なんですけどぉ」
「もったいぶらずにさっさと言わんか」
ガクの物言いにアガサは苛立っていた。
今この部屋にいるのはティントレット。リアン。グレイ。そしてロイだ。ガクは色んな人に変装し、城の内部の人と交流した。その様子をアガサが遠くから監視した上で調査を行ったらしい。
「これがまた、なかなかにすごいことが分かったんよねぇ」
ガクが溜息交じりに言う。
対してアガサは難しい顔になっている。
「ミアノ殿下の『予知』通りに動かんかった人は、どうやらみんな、不幸になるみたいなんよね」
「……!?」
ティントレットは動揺のあまり立ち上がる。
「あー、陛下待って待って」とガクが止める。
「逆に、ミアノ殿下の『予知』通りに動いた人は、みんな幸せになっとる」
「……つまり、ミアノ殿下の予知した未来通りに動いたらいい、ってことか?」
「さすがリアン。理解が早いなぁ」
「それなら合点が行くな。俺も予知を受けたから」
モネと仲直りしろ。
でなければバルウィンとモネが結ばれる。
その場合、リアンは誰とも結婚せず後悔する。
そう言い放った彼女は、人が変わったかのように冷たい空気を放っていた。まるで、絶対にそうなってほしくない、不幸の道に進まないでほしいと、あからさまに伝えるように。
「それは、一体どういう。未来通りに動かない者というのは」
ティントレットはまだ混乱しているのか、声を震わせる。
「色んな事情があるようですよ。ミアノ殿下の予知を信じなかった人達はもれなく不幸になっとるみたいで。それにミアノ殿下は心を痛めとるようで。常に相手の幸せのために予知のことを伝えるけど、結局選ぶのは本人次第やし。自分達が正しいと思う人達もおるやろうし。予知で不幸になった人達のその後を見てしまうこともあるようです。侍女が発狂している姿を偶然見たと」
気付いた侍女がこのことをティントレットに伝えようとしたが、ミアノに口止めされたらしい。持病のようだから気にしなくていいと笑ったと。
アガサは思わず握り拳を作っていた。
「……今までそのような辛いことを……誰にも言っていなかったようです」
「この国では女神みたいな扱いやろうし、心配かけたくなかったんやろうなぁ」
「……ミアノ」
ティントレットは顔を覆う。
(……そういうことか)
ロイは腑に落ちたところがあった。
ミアノの護衛をしている騎士達は、口数は少ないが、ミアノのことを気にかけている様子はあった。だが、どこか遠慮するような、近付き過ぎすぎないように細心の注意を払っていた。
ガクの調査結果を聞いた上で確信した。
おそらく城で働く者達は、ミアノが全員分の未来を抱え込もうとすることを分かっていた。だから皆、ミアノの負担にならないようにと、距離感に気を付けている。近付かないことで未来を見せないように。
最初ティントレットから話を聞いた時、ミアノに対して冷たい人が多いのかと思っていた。が、城の人達と話すとそんな素振りはあまり感じられなかった。だから人の観察を得意とするガクも、違和感を感じていたのだろう。
予知の発動条件やどれほどの内容が見えてしまうのかはミアノにしか分からないが、それでも、ミアノだけが苦しまないようにと、気遣っていたのだ。自分達に何ができるだろうと考えた結果、近付き過ぎないようにするという方法にたどり着いたのかもしれない。
そして、負担に感じていることを表に出さないミアノのことを、ティントレットやアガサには言いづらかったのかもしれない。ミアノもティントレットに自分の辛さを話していないようだし、使用人の立場で話すこともできない。
彼らは彼らなりに、ミアノを守ろうとした。だがミアノは、守られることを望んでいないような振る舞いをしている。いや、気付いていないのかもしれない。周りの優しさに。
(……俺に懐いてくれたのは、多分他国の人間だからだ)
ロイはそう見ていた。
他国の人間は長い期間一緒には過ごさない。そして、ミアノの悩みを全て解決することもできない。なぜならずっと一緒ではないからだ。それでも、そうであるからこそ、その時だけを楽しんで、少しでも心を癒そうとしていたのかもしれない。
(ミアノ殿下……)
良かれと思って伝えた予知の内容を拒絶されること、不幸になった者の未来を知ってしまうこと、これまでどれだけ受けてきたのだろう。どれほ一人で耐えてきたのだろう。
それだけじゃない。予知を見ることによって身体や心への負担はどれくらいあるのか。それすらもおそらく、ミアノ以外誰も知らない。発狂した姿を見たということは、少なくとも、心には影響を与えているわけだ。ミンティス王国を救ったほどの予知ができるということは、おそらくその力自体かなり大きい。
幼い彼女が抱えるには、あまりに重すぎる。
ロイは妹がいる身なのもあり、心が苦しくなる。今彼女は、アイリスと共にバルウィンと会っている。あの二人と一緒なら大丈夫だろう。そう思いながらも、どうすればミアノの辛さが和らぐのか、必死で頭を動かした。
「ああああっ! うわあああああ!」
「ミアノ殿下っ! ミアノ殿下、落ち着いてくださいっ!」
肩に置いた手で身体を揺さぶるが、ミアノは叫び続けるだけだ。いつの間にか涙を流している。目は虚ろで、なぜ今泣いているのか、叫んでいるのかも、分からないような様子だった。
(何が一体どうなってるの!?)
急に豹変した彼女に、アイリスは冷静になりながらも混乱する。何が彼女をこうさせたのか。どうすれば彼女を落ち着かせられるのか、必死で声をかけて目を合わせようとするが、彼女はアイリスが目の前にいることなど忘れているかのように叫んでいる。
「ミアノ殿下っ!」
「アイリス、代われ」
「!?」
バルウィンに言われてアイリスは場所を代わる。それでもミアノは叫んだままだ。するとバルウィンは思い切り強く彼女を抱きしめた。
「あああああああっ!」
「大丈夫」
言いながら彼女の背中をゆっくり優しく叩く。
「大丈夫だ」
「あ……あああ」
「大丈夫だよ」
「あ……う……」
「泣いていい。僕が受けとめるから」
「う……………ううう……」
「そう。その調子。しっかり呼吸して」
ぽんぽん、と、背中を叩き続ける。
すると次第にミアノは落ち着いてきた。
バルウィンはゆっくり身体を放す。
両目に涙を溜めた彼女は、やっとバルウィンの目を見た。
「大丈夫」
バルウィンは優しく微笑んだ。
落ち着かせるように。
するとミアノは、ゆっくり口を開く。
「バルウィンは……?」
「え」
「バルウィンは……」
ミアノの身体がぐらっと大きく揺れる。
そのまま前から倒れ、バルウィンが受け止めた。
よく見れば彼女は眠っていた。
アイリスはやっと息が吐けた。
「休ませた方がいい。部屋まで運ぼう」
「あ、私が」
「いいよ。このまま僕が運ぶ」
バルウィンはすぐに横抱きにする。
急ぎ足で元の道へと戻る。
前を歩くバルウィンに、アイリスはちらっと目を向ける。
(……一体、何を抱えているのかしら)
ミアノも。バルウィンも。
アイリスは顔が歪んだ。
何もできないことが歯痒かった。




