51*交差する心 -02-
お待たせしました…!
仕事の関係で更新が遅くなる可能性がありますが、のんびりお付き合いいただけるとありがたいです。いつも読んでくださりありがとうございます。
楽しんでいただけますように。
「モネが今どこにいるのかは分かってるよ。ミンティス王国だ」
レナードは思ったより冷静だった。
ミンティス王国。北の方角にある寒さが厳しいと言われる比較的小さな国。外交はあまりしておらず、自国の利益で賄えている。純度が高い水の生産地でもあり、水や氷の質がよく、高値で取引されている。
「ミンティス王国の王女であるシィーティー殿下とモネは仲が良くてね。昔、あちらの地方に視察に行った時、偶然モネがシィーティー殿下に出会ったんだ」
モネもシィーティーも国の方針で隠されており、公務に出ることはなかったようだ。だが互いに息抜きで外に出た時、ばったり出くわした。そして境遇が似ていたことで意気投合した、という流れのようだ。遠方なこともあり、長年文通を通して交流を深めた。親友のような存在だという。
「モネの突然の来訪も、快く許してくれたって置き手紙で判明したよ。仲が良いのは知っていたし、場所が分かっていることも安心だけど、僕が怒っているのはそこじゃない。手紙にはリアンのことが書かれていた」
レナードが横目でリアンを見る。
少しだけ軽蔑しているようだった。
(無理もないわね)
親友のことも妹のことも大切に思っているからこそ、リアンのしたことが許せないのだろう。それがリアンにも通じたのか、少し顔を歪めていた。
「喧嘩したい、って書いてたよ」
「喧嘩したい……?」
(あ)
アイリスはモネと話したことを思い出す。
怒りの感情は口にしていいのか、と彼女は聞いてきた。傷ついたことも伝えていいとアイリスは返した。モネはリアンに、手紙という間接的な方法で傷つけられた。家出という方法を取ったようだが、手紙でやり返したといってもいい。
「お前、モネがこっちに来てる時に一度も会わなかったし見送りもしなかったらしいね。妹の気持ちを踏みにじるとは思わなかったな」
「レナード殿下。もっと言ってやって下さい」
バルウィンがいつの間にか加勢している。兄弟喧嘩は平行線のままだが、モネに対しては申し訳なさがあるのだろう。身内だけの話ではないだけに、リアンは二重でパンチを食らったような顔になる。
「モネは僕と違って聡明だよ。手紙でこんな書き方をしてくるとは思わなかった。リアン、お前何を言ったんだ」
「………… 」
何も言えないのか黙っている。
それを見てアイリスは苛立つ。
誰に対してもこの態度を貫いてることに。
言ったところで言い訳になってしまう。だから黙っているのだろう。それが誰とも向き合っていない、ということなのに。例え意見がぶつかるとしても、自分の正直な気持ちを言葉にしてほしいだけだ。そうしないと前には進まない。
アイリスがはぁ、と溜息をつく。
さすがに仲介に入る。
「自分よりもっといい人がいる、もしくは兄なら幸せにしてくれる、とでも書いたんじゃないんですか?」
「ちがう、俺じゃ、君を幸せにできないからと」
「は? もっと最低」
気持ちはあるくせになんだその責任から逃げる様な言い草は。アイリスの声は冷えたものになる。氷の花の冷気に当てられたのか、リアンは少し下を向いた。
「そうだアイリス。モネから君に手紙がある」
「私にですか?」
アイリスは手紙を受け取る。
便箋には「アイリス様へ」と書かれていた。何かあったら頼ってくれと伝えていたが、モネの気持ちはまとまったのだろうか。そっと便箋を開ける。
『アイリス様
急に手紙を書いてごめんなさい。一度国に戻り、考えてみました。私はどうしたらいいのかと。私はどうしたいのかと。私は……リアン様と一度お話ししたいです。彼の気持ちを、真っ直ぐ受けとめたいです。その上で、私も気持ちを伝えたいです。だから、手伝ってくれますか? ミンティス王国のシィーティー様は文通仲間ですわ。私の家出に快く付き合って下さいました。リアン様と共に来てください。待っています。
P.S
この手紙の内容は皆に伝えて大丈夫です。
モネより』
綺麗な字だ。そして真っ直ぐな気持ちが綴られている。手紙の内容を伝えていいと書く辺り、気遣いもできる人だ。
アイリスは静かに文面を皆に伝える。
リアンは黙って聞いていた。
するとバルウィンがリアンの肩に手を置いた。
「モネ殿下の家出の原因がリアンなら、リアンが迎えに行かないといけないね」
「…………」
レナードが息を吐く。
「そうしてくれると助かる。正直僕は、あの国に長居させたくはないんだ」
「どういうことですか?」
仲が良いのであれば身は安全だろうに。
アイリスの問いかけに、レナードは眉を寄せた。
「あの国の王族には、奇妙な能力があるんだ」
レナードが帰った後、四人はその場にいた。
唯一メイベルには退席してもらった。
この場を用意してくれたのは彼女だが、話が大きくなりすぎた。彼女も察したのか、稽古の時間だと、護衛と共にスムーズに退席した。部屋を出る間際、リアンに「私の大事な友人を傷つけたことは許しませんわよ」と最後に刺したのはさすがだ。本人にはしっかり刺さっている様子だった。
「迎えに行くのはいいとして、確かに安全とは言えないかもしれない」
バルウィンが呟く。
「それは、ミンティス王国の持つ『能力』が関係あるからですか」
アイリスが聞いた。
レナードが先程説明してくれたのだ。
ミンティス王国の秘密を。
「『未来が見える』なんてすごい能力だよね」
『ミンティス王国の王族の中に未来が見える者がいる』
そんな文書が急に王族宛に届いたらしい。
これは自国だけでなく、近隣諸国にも届いたようだ。サインも判子も本物で、おそらく嘘ではない。あまりにトップシークレットな内容のため、各国の王族だけ、もしくは王族に近い立場にいる者だけが知っている状態だ。バルウィンとリアンも聞いていたらしい。
「未来が見える」力は王族全員が扱えるのか、それとも一部の者だけなのか。どの範囲の未来が見えるのか。人の未来のみか、それとも国の未来も見えるのか。他にも能力を持っているのか。考えるだけたくさん疑問が浮かぶが、全て謎だ。
「この文書が届いたのは一年前くらいだよ。陛下は文書が届く前からミンティス王国と交流の場を設けたいと考えていた。ロイが国の代表でミンティス王国に滞在する手筈になっていたんだ」
「ロイ殿が?」
「そう。婚約者である君には話していたかな?」
(まさか、ロイ殿が行こうとしていた国がミンティス王国だったなんて)
このタイミングは偶然なのか。
バルウィンは優しく微笑む。
「ロイは優秀な騎士であるだけでなく、柔和な人物だ。だから陛下は他国に行かせたがるんだ。他国との交流で大事なのは信頼。信頼を勝ち取るためにはそれなりの人格が必要になる。ロイは誰に対しても紳士で優しいからね。僕達王族もロイを信頼しているし、期待してるんだよ」
「……! それをロイ殿が聞いたら、どれだけ喜ぶか」
「君の口から聞いた方がさらに喜ぶかもしれないね」
くすっと笑われる。
アイリスは少しだけ顔が緩みそうになる。
慌てて引き締めた。
「話を戻すけど、この件は知っているのは王族含め身分が上で信頼のおける者だけ。公にしないのはリスクを避けるためでもある」
「公にしたら色んな噂が出回るもんな」
ガクが鼻で笑いながら話に入る。
未来が見える力がある、というだけで他の情報は何もない。確かに、多くの者に情報を渡すとより憶測が生まれる。すると正しい情報が分からなくなる。大多数の意見がまるで真実のように浸透する可能性も否定できない。
(未来が見える力なんて……誰もが興味を持ってしまうもの)
明かしていないのは懸命だ。
他の国もおそらくそうしているだろう。
「それに、能力自体が交渉の材料にされる可能性はあるね」
ミンティス王国自体が「未来が見える能力」を利用する場合もあれば、政治的に利用してくる国が出てくる可能性もある。現時点でミンティス王国と外交を行っている国はほぼない。あの文書以降、おそらく交流したいと願う国は多いと思うが、交流の様子はない。もしかしたら、交流に値する国なのか見極めているのかもしれない。
もしくは、それすらも分かった上でその情報を出したのかもしれない。外交を行っていないせいで、ミンティス王国の素性は計り知れない。何も分からない以上、用心はしておくべきだろう。
完全に安全かどうか、判断はできない。
あのレナードでさえ微妙な顔をするのだから。
妹のことがあるからおそらく信じてはいるものの、素性が分からない相手の元にいるようなものだ。心配はしてしまうだろう。
(……もしかしたら、モネ殿下が滞在されるということも分かっていたのかも。それに、私達が行くということも)
モネの純粋な気持ちは信じている。が、相手の国の情報が分からない今、とにかく行ってみるしかない。そんな話を続けていると、急にドアがノックされた。
バルウィンが「どうぞ」を返事をする。
入って来たのはロイだ。アイリスが目を丸くしていると、彼はこちらに向かってにこっと微笑んでくれる。すぐにバルウィンに敬礼した。
「陛下から命を受け、明日の朝にはミンティス王国へ出発します」
「!」
「うん。頼んだよ」
レナードが帰った後、バルウィンはすぐに従者に何か伝えていた。おそらく陛下に先程の件を伝えたのだろう。そして、ロイに命令が下ったわけだ。
「すでにミンティス王国には訪問の連絡を入れております。元々訪問の約束はしておりましたし、私が先に行くことで、より殿下達が話しやすい空気を作ることはできるかと」
味方がいてくれるのは心強い。
モネが待っている、と書いたのだ。リアンが行くことをミンティス王国側も許可するということになる。モネの家出の原因はリアン。王女であるシィーティーの中でリアンの評価はあまり高くないだろう。そんな中で急に訪問するより、ロイがいてくれた方が確かに行きやすい。
「うん。数日後にはリアンとアイリス達を行かせる予定だ。それまで頼んだよ」
「御意」
「行くよね? リアン」
バルウィンに声をかけられ、座ったままのリアンは肩を一度震わせた。変わらず無言だが神妙な顔つきになっている。モネのこともあるだろうし、行き先がミンティス王国。色んな事が重なり、頭がパンクしているかもしれない。
だが。
「……ああ」
行く意志はあるらしい。
(そうよね。モネ殿下が待ってるもの)
アイリスはすっと主人に近付いた。
腰に手を置き、少しだけ偉そうに声をかけた。
「で?」
「……で?」
「モネ殿下に何を言うのか、決めてるの?」
この時ばかりは主人と側近ではない。
ただの幼馴染として接する。
「…………」
「それがはっきりしないまま行かせるわけにはいかないわ。私はモネ殿下に頼まれたんだから」
「……まず、謝る」
「うん」
「……それから、」
「それから?」
「……」
「……」
「…………」
「早く言いなさいよ」
「……何を、言えばいいんだよ」
「はぁ!?」
この期に及んでまだ分からないのか。
アイリスはリアンの胸倉を掴む。
「そんなの、ただ好きって言えばいいのよ!」
「……でも、」
「でもって何!? それ以外何を言うの!?」
するとリアンの顔が歪む。
「……だって、無理だろ。俺は王になるつもりはない。モネの相手は、未来の王になる奴で」
(今はそういう話じゃないでしょ)
今度はアイリスが苦虫を嚙み潰したような顔になる。確かにそれも考えるべきだが、今はただモネの気持ちだけ考えてほしいのに。本当に、全方位に気を遣って潰れてしまわないか心配になる。
「――白紙にしようか」
リアンとアイリスは声のする方に顔を向ける。
腕を組んだバルウィンは苦笑していた。
「僕の悩みをぶつけたことで、リアンをこんなにも悩ませるなんて思わなかった。……悪かったよ。結婚相手と次期国王の話は一旦白紙にしよう。そうすれば、モネ殿下のことをまず考えられるよね?」
「……でも親父が」
「陛下は僕の気持ちを尊重して後押し……悪ノリしただけだ。話をした時、なんて言ったと思う? 『面白そうだな』だよ。僕らの父って感じだよね。話せば分かってくれるはずだよ」
するとリアンは、息を吐く。
まるで少しだけ、肩の荷が下りたように。
それを見たバルウィンは小さく笑った。
「いつも余裕そうな顔をしてるリアンを、少しでも追い詰めることができたのはよかったかな?」
するとガクが「あー」と声を出す。
「悪役ムーブかましとるけどなるほど。バルウィンはいい子ちゃんが嫌やったわけか」
「…………」
「そうだね。聖人君主みたいな扱いは、たまに息が苦しいよ」
(王子として立派だとは思っていたし、その努力は称賛されるべきだけど……バルウィン殿下もしんどく思っていた時もあるのね)
正義はバルウィン、よく問題視されるのはリアン。その立ち位置はリアンが望んだものであり、バルウィンを立てるためでもあった。が、それがかえってバルウィンの首を絞めてしまったかもしれない。改めてバルウィンの本音が聞け、リアンは少しだけ気まずそうにしていた。
「次期国王の件は落ち着いた時にまた話そう。僕の一存で決めることじゃないし、今度は陛下も含めて話し合おう。いいね?」
「……分かった」
リアンがはっきり返事をしたのは、バルウィンの気持ちを汲んだからかもしれない。話は平行線だと思いきや、結果的にバルウィンが一歩引いてくれた。
「バルウィンがいい兄ちゃんでよかったなぁ、リアン~」
ガクがけらけらと笑う。
途端にリアンは睨む。
「うるせぇぞ。勝手に姿を見せるわ好き勝手話すわ、後で覚悟しとけよ」
「わぁ怖~」
言いながらガクは笑ったままだ。
緊迫した雰囲気の中でもガクだけは軽い調子のまま。それが場を和ませることにもつながっていた。彼がこの場にいてくれてよかったかもしれない。
バルウィンはロイに声をかける。
「ロイ、準備があるよね。すぐに帰っていいよ。アイリスも一緒に」
「え、あ」
そうだ、出発してしまうということは、ロイとはしばらく会えなくなる。いや、数日後にはミンティス王国で会うことにはなるが……二人きりになるのはしばらく難しいかもしれない。
などと考えていると、肩にロイの手が乗る。
身体を引き寄せられた。
「ありがとうございます。アイリス、帰ろう」
「は、はい」
そうして二人で部屋を出ようとすると。
「アイリス!」
リアンに大声で名前を呼ばれる。
「色々悪かった。……ありがとな。ミンティス王国に行く時も頼む。ロイも……モネのことを頼む」
アイリスとロイは顔を見合わせる。
思わず笑みが少しだけこぼれる。
すぐに二人は最敬礼した。
「「お任せください」」




