44*苛立ちと翳り -01-
更新できました。
今回、少し短めです。
キャラの名前が間違っているの、確認次第訂正してます…! すみません…!
「見つからない……!」
会場を小走りしながらクロエが苛立つような声を出す。アイリスも怪しげな男を探すが、見当たらなかった。途中、令嬢が迫られそうになってるところを助けたりと、間接的に足止めを食らってるのもある。
令嬢が狙われる可能性はあると思っていたが、やっぱりここでも同じことが起こるのか。これを企てたのはもちろんレイナだろう。アイリス自身似たような目に遭ったので、より腹が立つし手足が出る。
「なんなの。こっちにいるって言ってたのに。それともまさか、外に行った?」
「会場の周りは騎士達がいるわ。絶対逃さないはず」
もし男が外に出ていたら、他の騎士が捕まえてくれているはずだ。その場合こちらも遠慮なく暴れることができる。男の姿がないから、まだ動けない。
「だよね。にしてもここの会場ひっろいな……」
予想より時間がかかってることに苛立っているのだろう。アイリスも同じ気持ちだ。証拠が見つからなければ、潜入までした意味がない。それにジェシカのことも気になっていた。
危ない目に遭っていないだろうか。
傷ついていないだろうか。
「……クロエ、私」
ジェシカの所に行きたい、と声をかけようとした瞬間、近くにあった窓から大きな音が響き渡る。二人が同時に顔を向ければ、黒づくめの男が窓の目の前にいた。と思えば、背中からゆっくり倒れていく。
それと入れ替わるように、窓から一人の青年が入ってくる。普段アイリス達が着用している騎士団の制服。両耳には藍色のピアス。長い山吹色の髪は後ろに一つに括り、同じ色の瞳がこちらを見る。
「あ」
クロエが少し嫌そうな声を出す。
「ゼロ殿」
アイリスは目を丸くする。
「なんだ、二人もいたのか」
その人物は落ち着いた声を出す。
士官学校の先輩であり、第一部隊の副隊長を務めるゼロ・ギルベルトがそこにいた。彼は挨拶もそこそこに、倒れている男が待っていた分厚い鞄を物色している。
どうやら探していた男は、窓から出ようとしたようだ。それをゼロが見つけ、押し出して止めた。男は勢い余って頭を打ったのか、気を失っている。
「あった。当たりだな」
複数の書類を見てゼロが呟く。
アイリス達もざっと目を通す。
契約書のようだ。
取引に使われていたようで、有名な裏の組織の名前が載っていた。まさか、ここまで治安が悪い者と手を組んでるとは思っていなかったが。
「証拠は手に入った。お前達、入れ」
ゼロが窓の外で待機していた騎士達に声をかける。一斉に騎士達が会場内に入り、すぐに騒然とした雰囲気になる。会場入口付近でも驚く声が聞こえてくる。正面からも突入したのだろう。
アイリスは少しだけ気が緩む。
ゼロは信頼に値する騎士だからだ。
「最初から目星をつけていたんですか?」
「いや。どこの誰かが無断で待機場所から移動したおかげで予想できた、ってところだ」
話している間に、クロエがそーっとアイリスの背後に回って隠れる。それを聞いてアイリスは呆れた。後ろに声をかける。
「クロエ。ゼロ殿に報告してなかったの?」
「リアン殿下に許可取ったし、味方から騙した方が都合いいもん」
「直属の上司に報告もなく動いては場が混乱する。隠し事はやめろと言っただろ、ノニクル」
クロエはべーと舌を出して威嚇する。
「ギルベルト殿が私の上司とか勘弁してください。本来は所属先違うじゃないですか」
ゼロはアイリス達より二つ上。
優秀な騎士を輩出する名門貴族で、子供の頃から英才教育を受けている。侯爵家の三男であり、同じ侯爵家であるアイリスも面識がある。生真面目であるし剣の腕前はあるし成績も優秀で、同じ貴族としても、騎士としても立派な人だ。
騎士団に入団してからは主に前線に立ち、記念行事では剣舞を披露することもある花形の隊、第一部隊に所属している。貴族で名門で彼自身華があり、色んな方面で羨望の眼差しを向けられている騎士の一人だ。対してクロエの主な仕事は警備。どちらかというと地味で、対極の場所。普段は関わりがあまりない。
今回はフェイシー伯爵家関連の仕事ということで、特別な隊体制が組まれていたようだ。なぜかクロエはゼロの部隊に配置されていたらしい。
ゼロは大真面目な顔をする。
「俺はお前を気に入っている。俺の部隊に入れるのは当然だ」
「職権濫用しないで下さい」
「なぜ第一部隊に来なかった。お前なら十分やっていけるのに」
「会う度その話するの鬱陶しいです」
「ま、まぁまぁ二人とも……」
アイリスが仲裁に入る。
士官学校時代から二人はこんな感じだ。
当時から有名であったゼロに剣の指導をしてもらおうと声をかければ、彼はクロエを見て「可愛いな」と言い放った。
当時のクロエにとってその言葉は地雷で、それ以来ゼロを毛嫌いしている。彼女は当時から中性的な見た目をしており、どちらかというと女性達に可愛がられていた。それを本人も気に入っていたところがあり、男性に可愛いなどと言われたくないと怒っていた。
卒業した今も彼の言動全てが地雷なのだと言う。だがゼロは変わらずクロエに好意的だ。正直、アイリスから見てもこの二人の関係はよく分からない。
分かりやすく言えば、クロエは全力でゼロを避けている。第一部隊はかなり忙しい部隊なので、ゼロはなかなかクロエに会うことがないが、時間さえあれば会おうとしている気がする。いつもクロエの逃げ足が速いようだが。
ゼロは「ブロウ」とアイリスの名を呼ぶ。
「フェイシーが気になるんだろう。早く行け」
「! ありがとうございます」
先輩の手前、少しだけ遠慮していたのだが、ゼロはすぐに気付いてくれた。証拠を探さないといけないミッションは無事にクリアした。
アイリスは弾丸の如く駆け出した。
「あ、アイリス。私も、」
「お前は待て」
「っ!?」
追おうとしたクロエの身体が急に浮く。
いつの間にかゼロによって横抱きにされていた。クロエは全身で鳥肌が立つ。暴れ回ろうとすると「足の処置はしておけ」と言われた。
「……」
ヒールを履いているクロエの足は、よく見ると血だらけになっている。慣れない中を走り回り、いつの間にか靴擦れを起こしていた。ヒールのせいで足自体かなり痛い。だがアイリスにもバレなかったのに。
(……こういうところ本当に嫌い)
いつだって人前ではスマートでいたい。
可愛いよりもかっこいいと言ってほしい。
人に対してそう見られたいクロエは、自分よりスマートなゼロが好きではなかった。一見変な人だが、実は高貴な身分で、実力者で、紳士で、持ってるものが多いから、女性にもモテる。
クロエにとってゼロはライバルだった。
彼といると自分が弱く見える。
それが悔しくて嫌だった。
そんな心中など知らない彼は、クロエの姿を遠慮なく見ている。
「ドレス姿、初めて見た。たまにはそういうのもいい。これからも着て見せてくれ」
「嫌ですけど」
「近々出席を義務付けられてるパーティーがある。パートナーとして参加してくれないか」
「嫌ですけど。ちゃっかり誘わないでくれますか」
(貴族が集まるパーティーなんて行けるわけない)
こちとら平民だ。
身分的にもよく思われないだろう。
ゼロの隣にいるなんて、別の意味で注目されるのは勘弁だ。できれば単体で女性にモテたい。
「他の男は誘っていたのに?」
「……」
情報を得るためにさっき男に声をかけた話をしているのか。なんで知ってる。見てたのか。知らないはずなのに核心を突くようなことを言われ、クロエは背中から冷や汗が流れる。
ゼロはこちらをじっと見ていた。
クロエはわざと視線を逸らす。
目を合わせたくない。
見透かされるのが嫌だから。
「そろそろ離して下さい」
「処置はしろ。このまま運ぶ」
「はっ、ちょ……ちょっ! 変な風に触らないで!」
密着する近い距離は初めてだ。
運ぶために力を入れてくれたのだろうが、人に触れられているのだと実感してなんだか居心地が悪い。思わず叫んだ言葉に、相手は悪気もなく言う。
「変な風って?」
(復唱するな……!)
こっちが恥ずかしく感じるやつだ。
「この変態っ!」
思わずそう言い返してしまう。
するとなぜか含み笑いをされる。
「そう呼ばれるのも悪くないな」
なぜ。腹が立つ。
「悪く思え! ほんと嫌い!」
「そうか。俺は好きだぞ」
「うるさい!」
「はいはい」
騎士団では身分の差はあまり関係ないが、それでも貴族の騎士に対し、皆が遠慮している部分はある。侯爵の位を持つ彼にクロエはかなり乱暴な言葉を使っていたが、ゼロは気にしていない様子だった。どこか面白がっている風だ。
ゼロは身分的な理由もあって、騎士の中にはお付きが何人かいる。その数人の騎士達は、少しはらはらしながら様子を見ていた。
アイリスはジェシカを探し回っていた。
騎士達が会場に入ったことで、乱闘になったり、参加者がパニックを起こして逃げ回ったり、辺り一面散乱としている。部屋も一つ一つ確認しているが、なかなか見つからない。
(グレイもいないし、どこにいるの)
彼のことだからジェシカの側にいるだろうか。第二王子に認められてる側近なのだ。簡単にやられるわけはない。できれば二人一緒にいてほしい。
「――アイリス?」
聞き覚えがある声に振り向けば、ロイとモニカの姿があった。彼は驚いたような顔をしている。男装姿だからなのもあるだろう。
「どうしてここに」という問いに「あ……説明は後ほど」と答えた。今は時間が惜しい。するとロイも「それもそうだな」とすぐに察してくれた。
どうやら目的は同じなようだ。
一緒にジェシカを探し回る。
「もしかしたら、ルーカス殿がいるかもしれないんだ」
「は!? あの野郎……!」
思わず歯軋りしてしまう。
「今度こそ切ろうかしら……」
「その役目はデニールにあげてくれ」
ロイが苦笑しながら言う。
「アイリスさん、その格好も素敵ですね」
「えっ? あ、ありがとう」
場の雰囲気を変えようとしてくれたのか、モニカがそんなことを言ってくれる。ロイも頷いた。「本当に、俺よりかっこいいな」と呟くように言われ「そんなことは……」と苦笑する。
だがロイの様子が、少しだけ違っていた。
どこか困ったような、少しだけ気にするような、そんな顔になっている。
(ロイ殿……?)
アイリスは素直に口にする。
「私は、ロイ殿の方がかっこいいと思いますけど」
「え……そうか?」
「はい」
「……嬉しい」
「えっ」
見ればロイが照れたように笑ってくれる。
かっこいいなど、周りからたくさん言ってもらえているだろうに。ロイのことをかっこいいと思っている騎士なんてごまんといるのに。自分の一言で、こうも変わるのだろうか。
(……もっと、伝えた方がいいわよね)
思えば伝えてもらってばかりだ。それに、どうしても剣の師匠として尊敬しているところが多く、婚約者らしいこともできていない気がする。婚約者であるのに、恥ずかしがっていては前に進めない。
(私からも、行動しないと)
この件が落ち着いたら、もう少し婚約者らしく振る舞いたい。
アイリスは気を引き締めた。
「な……」
レイナは声を震わせた。
叩かれた自分の左頬にそっと自分の手を運んでいる。信じられないようなものでも見るような目を向けられた。ジェシカは冷たく見下ろしている。
「お、お母様にも叩かれたことないのに」
「そう。よかったわね」
ジェシカは倒れ込んだレイナに一歩近付く。彼女はすぐに後退りした。手を出したことで、完全に相手は怯えている。
(……なんだ。こんなに弱かったのね)
ずっと我慢してきた相手は。
たった一度、手を出しただけなのに。
立場が逆転したようだ。
呆気ない。これだけで、こんなに変わるなんて。我慢し続けたこの数年は何だったのだろうか。
部屋の外から、人々の騒ぐ声が聞こえてくる。会場の外で待機していた騎士が、応援に来てくれたのだろうか。何もする気がないジェシカに、レイナはゆっくりゆっくり、後ろに下がっていく。そして、部屋から逃げ出そうと走り出した。
「ジェシカ殿」
いつの間にか近くにグレイがいた。
どうやら決着はついたらしい。
床の上にルーカスが寝転がっている。一撃を食らったのか、ぴくりとも動かない。グレイの方が一枚も二枚も上手だったようだ。
ジェシカは開いているドアを見る。
部屋にレイナの姿はなかった。
「追いますか」
「……いいわ」
ジェシカはぽつりと呟く。
「もう、いいの」
「…………」
グレイがそっと動き、ジェシカの左肩に手を置く。ジェシカはそちらを見た。心配するような表情に、どういう顔をしていいか分からなかった。
と、彼の首元が緩んでいるのを再確認する。思わず彼の唇に目が行く。乱闘の末、息が上がっただけであるのに、それが先程の出来事を思い出させる。
「あ……」
反射で、距離を取ってしまう。
心臓が速く動く。
レイナの言葉が脳裏に再生される。
信じていない。
信じたくない。
そう思っているのに、事実が分からない今、距離を取って落ち着くことしかできない。ジェシカの行動に、グレイは驚いていなかった。むしろ、その行動に理解を示すように、肩に置いていた手を、ゆっくり下ろしている。
「すみません」
相手の顔色が曇っている。
(……それは、何の謝罪なの)
聞きたくない。
知りたくない。
「俺は、」
「ジェシカ!」
次の瞬間。
勢いよく部屋に入ってきた人物がいた。
「……アイリス」
「レイナは捕まえたわ。安心して。怪我は? グレイもそこにいたのね。二人共、大丈夫?」
ジェシカは思わず駆け出していた。
すぐにアイリスを抱きしめる。
「わっ、ジェシカ?」
「…………」
何も言わず、だだ力を込めて抱きしめる。
アイリスは、ジェシカの行動に動揺した。縋るように抱きしめられたことなど、初めてだ。しばらくそのままでいると、ロイとモニカもやってきた。
微妙な空気に、皆が戸惑いの表情になった。




