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42*動く -01-

お久しぶりです…!

やっと更新できました。


楽しんでいただけますように。

今回少し長めです。


読んでいただけること、いいねやスタンプもいただけること、執筆の励みになっております…! ありがとうございます…!

「すごいねぇ。パーティーってこんな感じなんだ?」


 藍色のドレスを身にまとうモニカは、興味深そうに辺りを見渡している。本来ならもっと明るい色のドレスを着る予定だったが、レイナに目をつけられないよう、あえて地味な色を選んだ。本人はパーティーに参加できるだけで嬉しそうだ。


「あまり目立たないようにな」

「お兄ちゃんの方が目立ってるよ?」

「そうか?」


 ロイは自分のタキシードに触れて確認する。

 できるだけ地味な色を選んだつもりだが。


「お兄ちゃんのこと見てる人、何人かいるよ」


 こそっと耳打ちされた。


 確かにいくつか女性の視線は感じていた。別に珍しいことではない。これまでも何度かこのような視線を向けられたことがあるし、声をかけられたこともある。だがロイにとってそれは重要ではなかった。


「俺を見てほしいのはいつだって一人だけだ」


 そのたった一人に好かれなければ意味がない。


 一応両想いで婚約者になったわけだが、いまだにアイリスは自分のことを「剣の師匠」という目で見てくる。仕事中は特にそうだ。それがどこかもどかしくて、ネックレスを贈る時に素直な気持ちを告げた。


 彼女はまだ慣れていない様子だったが、それでも向き合おうとしてくれている。初々しい反応があまりに可愛くて……可愛いから、意地悪をしたくなることもある。婚約者という関係を大事にしたいから、度を越えないように気を付けてはいるが、想いが溢れて行動に移しそうになる。唇にはまだ一度しか触れていない。気持ちより先に行動してしまいそうなのを、なんとか理性で抑え込んでいる。


(……本当は、毎日触れたいけどな)


 そんな日がいつか来るだろうか。愛してるの一言だけで顔を真っ赤にして隠してしまう。そんな彼女を見つめ続けたいような、早く先に進みたいような。


 と、色々考えているうちに、妹がにやにや顔でこちらを見ていた。当のアイリスは会場の外で待機している。何かあった時に突入してくれる予定だ。身内からのからかいの眼差しに少し耐えられなくなり、ロイは悟すように言った。


「モニカ。そろそろ令嬢のスイッチ入れてくれ」

「分かりましたわ、お兄様」

「……」


 切り替えが早い上に的確だ。

 さすが淑女教育をしているだけはある。


 モニカは自然とロイに手を回していた。

 今回は兄妹での参加となる。


 潜入という形にはなるが、デビュタントに参加する前の予行練習にもなる。先程主催の一人であるカルティナと挨拶はした。モニカと仲良くなれそうな雰囲気を感じたので、パーティーが終わった後、交流をするのもいいかもしれない。


 ロイはちらっとモニカのドレスを見る。

 オパールのブローチがついていた。


 シリウスからだと伝えても、彼女はさして顔色を変えなかった。詫び代らしいと言えば「使えるものは使わないとね」と笑っていた。その心中は見せてくれなかったが、シリウスにとって自身が、取るに足らない者であると思っているからかもしれない。最初に貴族になりたい、と言った時は、シリウスへの想いをはっきりと口にしていたのに。「社交界の花」になるまでは、それ以上の感情を見せないよう、気をつけているのかもしれない。


 妹は賢い。自分の立場も弁えている。


 だが彼も、何も思ってないわけではないだろう。潜入のためとはいえ、社交界の場を用意してくれた。モニカには品物を用意している辺り、意識はしてくれている。それがどういった感情なのかは分からないが、悪い感情ではないはずだ。


 彼なりに、モニカのことを気にしてくれている。

 ブローチを見た瞬間、そう思えた。


 以前アイリスを口説いたと知った時は胸の引っかかりを覚えたが、そこに愛情は含まれていなかった。ただ利用できると思っただけ。彼の人となりややり方に対して思うことはあるが、モニカに対する接し方だけは、微笑ましいと思ってしまう。


「あっ!」


 急にモニカが弾んだ声を出す。


 今回のパーティーの主役とも言える、ジェシカとグレイが会場に入って来た。その姿に、どよめきのようなものが聞こえてくる。


 ジェシカは控えめでありながら品のあるドレスだ。若紫色で銀の刺繍があり、あまり見かけないデザインで目を引く。彼女の品性も相まってよく目立っていた。髪はゆるく巻いて控えめに花が舞っている。耳元には真珠のイヤリング。腕にはお揃いの真珠のブレスレットをしていた。


「ジェシカ様、綺麗〜……!」


 モニカがはしゃぐような声を出す。


「隣にいるグレイも何割増しだろうな」


 特注のタキシードをグレイは見事に着こなしていた。髪も上げ、パーティー用に仕上がっている。普段から美青年とは言われているが、さらに美に磨きがかかり、令嬢達が眩しそうに見ている。


「二人とも、並ぶとさらにお似合いね」

「ああ」


 美と美が掛け合わさると最強と言わざるを得ない。そのせいか、参加している他の令嬢と令息は、迂闊に声を掛けられない様子だった。どこか躊躇している。


 ロイはモニカに耳打ちする。


「作戦通り、頼む」


 モニカは力強く頷いた。







 会場にいる人々の見惚れた顔に、ジェシカはとりあえずほっとする。着飾ってこいとレイナに言われたのだ。それが証明できなければ意味がない。


 隣でリードしてくれているグレイも、いつも以上に美しくなっていた。女性の目はほとんどグレイに向いている。ずっと視線を追ってしまいたくなるのは、分かる。


「ジェシカ殿」

「なに?」


 どうしたのだろうと聞くと。


「綺麗です」

「……」


(何を言い出すかと思えば)


 ここに来る前も散々言われた。

 それでもグレイに言われると少し照れてしまう。


「ありがとう。グレイも綺麗よ」

「? それは、喜ぶところですか?」

「どちらでも大丈夫よ」


 軽口を叩き合っていると、分かりやすく鳴るヒールの音。こちらの到着を今か今かと待っていたのだろう。まるで存在感を見せつけるように、このパーティーの主催の一人、レイナが近付いてくる。


「ようこそお越し下さいましたわ」


 彼女は淡い桃色のドレスに身を包んでいた。ふんわりしたフリルがたくさんついている。最新のドレスなのだろう。可愛くメイクもしてもらったようだが、挑戦的な目をジェシカに向けている。


「お姉様。とても素敵な装いですわね」

「ありがとう。レイナも素敵よ」


 お互い笑っているが、目の奥は笑っていない。あくまで表面上、関係がいいように見せてるだけだ。その証拠に、互いに可愛いと綺麗の言葉を使っていない。


「早速ですけれど、お姉様と話したい方がたくさんいらっしゃいますの」


 視線の先には何人かの男性。


 やはり全員男か。

 内心溜息をつきたくなる。


 全員それなりにいいタキシードに身を包んでいるが、おそらく貴族ではない。見覚えがない者ばかりだ。他の人と結ばれてほしいと言ってるのが見え見えだ。皆、ジェシカに興味があるような不躾な目線を向けてくる。


 その中に一人だけ、知り合いがいた。

 ルーカスだ。


 ジェシカは途端に背筋が凍る。


 まさか彼がパーティーに招待されているとは思わなかった。あれ以来、グレイの防衛によって、近付いてくることも、話しかけてくることもなかった。剣術大会まで大人しくしていると思ったのに。


 ルーカスはにやにやした顔のまま、手に持つグラスに口をつけている。すると急に隣から殺気が飛んでくる。さすがに作戦を変更するわけにはいかないし、ここまで来たら仕方ない。落ち着くよう、ジェシカはグレイの服の裾をこっそり引っ張った。


「せっかくの機会と交流ですわ。お話をしてはいかが? その間に私、デニール様と二人きりでお話をしたいですわ」


 レイナは上目遣いをしながらそっとグレイに近付き、腕を取る。その瞬間、ジェシカは嫌悪にも似た何かを感じたが、それを出さないようにぐっと堪えた。


 それにしても、以前拒否されたのにそれをやるなんてどれだけ心が強いのだろうか。だがこれは想定内。ジェシカはあっさりと「ええ、いいわ」と答えた。


「グレイもいいわよね」

「はい。レイナ殿とお話をしてみたかったので」


 もちろんこれは嘘なわけだが。

 彼女はグレイの返答に食いついた。


「まぁ嬉しい……! ゆっくりできる部屋を用意してますの。参りましょう」


 レイナはグレイの腕を取り、身体を密着させる。そのままどこかに向かって歩き出した。グレイは一度だけ振り向いたが、ジェシカはただ頷いた。段々二人の姿が小さくなっていくのを見送ってから、待ってる男性の集団に目を向ける。


 ……問題はここからだ。


(どうしようかしら)


 ルーカスのことはすっかり忘れていた。おそらくレイナが呼んだのだろう。この二人が手を組んだことは、分かっていたはずなのに。グレイが傍にいてくれたおかげで……グレイからの気持ちに揺れ動いていたおかげで、すっかり抜けていた。


 それでも自分がやることは変わらない。

 ここで引くわけにもいかない。


 例え苦手な相手でも、凛として見せる。

 ジェシカは背筋を伸ばし、男性の輪に入ろうとした。


「――ジェシカ様」


 いつの間にか横からふわっと現れた人物がいた。

 腕にそっと手を添えてくる。


「え……モニカ?」


 ジェシカは思わず彼女の周りを見渡す。

 一緒にいるはずのロイがいない。


 確か二人は、会場で不審な動きがないか見張る役だったはず。どうしてここに、と思っていると、モニカはにっこりと笑ってくれる。


「一人は寂しいと思っていたんです。ご一緒してもよろしいですか?」

「え……でも」


 モニカをあの男性達の輪に入れるわけには、と思っていると、添えてくれた手にほんの少しだけ力が入る。彼女は変わらない笑みで言葉を続けた。


「他の方とも交流してみたかったんです。ジェシカ様なら、上手にお話する方法をご存じかなと思って」

「こちらは構いませんよ?」


 輪の中にいた男性の一人が近付いてくる。


「可愛い方とお話できるのは嬉しいですからね」


 モニカを見てにっこりと笑っていた。愛嬌のある彼女の笑みにつられたのだろう。最初から強引な目に遭うのではないだろうかと思ったが、普通の会話から始まるのかもしれない。


 モニカは思ったより落ち着いていた。ということは、ロイと何か約束をしているのかもしれない。でないと妹を一人にはしないだろう。


「分かりましたわ。……モニカ、行きましょうか」

「はい!」


(……ありがとう)


 迂闊に何も言えないので、心の中で礼を言う。


 ジェシカは少しだけ安心している自分に気付いた。一人で戦わないといけないと思っていただけに、傍に味方がいるだけで緊張がほぐれる。だがこの子だけは絶対に守らなければ、と強く思う。男性達に促されるまま、ジェシカとモニカは別の部屋に移動した。







「ねぇクロエ。ほんとに大丈夫なの?」


 アイリスは困惑するような声を出す。


 二人は会場付近の窓の下にいた。忙しなく人が行き交う様子を確認しつつ、茂みの中で見つからないように隠れている。クロエは目を窓に向けたまま平然と言う。


「前の会場にいた男も見つけたし、任せて」

「……にしてもドレス似合うわね」


 隣にいるクロエをまじまじと見てしまう。


 彼女はいつもの制服ではなく、淡い緑色のドレスを身にまとっていた。細いので身体のラインが出るドレスがよく似合っている。しかもウィッグを身につけ、髪が長い。少し首を傾げるだけで可愛らしさが垣間見え、ちょっと末恐ろしいとさえ思っている。


 クロエは得意げに笑っている。


「普段は女の子を口説くことが多いからね。可愛い女の子の所作なんて朝飯前だよ」

「それをさらっと言えるのちょっと怖いわよ……」

「アイリスの男装、さすがだね。顔がいいとやっぱり似合うね」

「なんで私は男装……?」


 アイリスはタキシード姿になっている。化粧でそれらしくしており、髪は一つに結んでいた。クロエと同じドレス姿になるかと思いきや、男装させられて意味が分からない。


 するとクロエは肩をすくめた。


「婚約者がいる女性にドレスを着てもらうなんて怒られちゃうもん。くれぐれもグラディアン殿に見つからないようにね。説明が大変だから」

「だったらなんで内緒にするのよ……」

「そりゃあ敵を欺くには味方からって言うでしょ?」


 器用にウインクされる。

 全然ときめかなかった。


 こっそり潜入する方法はクロエが提案した。この件を知っているのはアイリスとリアンだけ。


 元々外で待機予定だったのだが、何かあった時に対処しにくいのと、こっそりであればなんとか入れるんじゃないかというクロエの考えだ。


 クロエは警備の仕事が長い。見回りや配置などが分かるからこっそり潜入をやらせてほしい、とリアンに頼んでいた。それに、別の会場にいた、この件でも主要な人物である男が現れるかもしれない、と言っていた。どうやらまだ捕まっていないらしい。ジェシカとも色々話していたし、自分より詳しいのは確かだ。


 リアンは「面白そうだな」と許可していた。

 面白いかどうかで判断するのがいかにもリアンらしい。


 アイリスはあまり潜入に慣れていない。大体、剣術でぶっ放すのが得意な方だ。こっそり動くなんて自分に務まるのか少々不安はある。味方であるはずの他の人には秘密にして動くだなんて、立ち回りが大変そうだ。ロイに秘密にするのも頭が痛い。ジェシカの傍に行けるという意味では大変ありがたいが、ロイとばったり出会った時、どう反応するのが正解なのだろうか。


 いや、寛大な彼なことだ。すぐに理解して状況を察してくれるような気がする。


「アイリス、少しだけ待ってて」


 言いながらクロエがそっと立ち上がる。

 アイリスは慌てて距離を取った。


 彼女はこんこん、と分かりやすく窓を叩いた。

 すると誰か気付いたのか、人が近付いてくる。


「? 何か」


 出てきたのは黒いスーツの男性だ。

 おそらく会場のスタッフだろう。


「すみません。あの、どうしても中に入りたくて」


 クロエはしおらしい令嬢を演じていた。視線を下にして訳あり感を出していると相手は察してくれたようだが、すぐに「カードはお持ちですか」と聞かれた。


「持っていないんです。でもどうしても、中に入りたくて」

「申し訳ありませんが、カードを持っていない方はお通しできません」

「お願いです……入れてもらえませんか?」


 言いながらクロエはそっと男性の手に触れる。

 すると相手は少しだけどぎまぎしだす。


(……すごいわね)


 今のクロエは完全に魔性の女になっている。


 いつもは女性を喜ばせているが、男性を手玉に取るのも上手いらしい。上目遣いで誘うような視線を向けたからか、相手は心が動いたかのような表情をする。それはこっそり見ているアイリスにも分かった。やっぱり末恐ろしい。


「よければあなたと一緒に過ごしたいですわ」

「えっ、」

「一緒にお酒を口にいたしましょう?」


 クロエは触れていた彼の手を両手で掴み、自分の頬に当てる。首を少し傾げたような感じで「ね……?」ともう一歩押した。すると男性はおもむろに辺りを見渡し「こちらへ」と誘導してくれる。どうやら上手くいったらしい。クロエは窓からこっそり入れてもらう。


 しばらく待っていると。


「ぐはっ!」


 何かの声が聞こえたと思えば、クロエがひょっこりと窓から顔を出す。「入っていいよ」と言いながらすっきりした表情をしていた。


 アイリスもそっと窓から入る。

 この間に人に会わなかったのは幸いだ。


「クロエ、誘惑上手すぎない?」

「男女共に魅了してしまうなんて、自分の才能が恐ろしいね」

「ほんとに恐ろしいわ……」

「アイリス。会場では口調気を付けてね」

「! 分かった」

「情報は聞き出せた。どうやらこの会場にも証拠は眠ってるみたいだよ。前の会場にいた男がどこにいるのかも教えてもらったし、行こう」


 いつの間に。


 どうやら色々聞き出せたらしい。話が終われば手を出してきそうだったので成敗したとのことだ。証拠があるなら好都合。手に入れるために動くだけだ。


 ホールを通る必要があり、二人は向かう。そこには何人もの令嬢や令息達の姿があった。アイリスを知る貴族もいそうだが、さすがに男装だと気付かれないだろう。令息の中にはクロエを見ている者もいて、彼女はウインクして応えていた。すると場がざわつく。アイリスは「誘惑しない」と小声で叱る。すると「ごめん。楽しくて」と笑っていた。


 と、令嬢達の視線が自分に向くのを感じた。


 目が緩んでいるようにも見える。

 アイリスは居たたまれなくて目を逸らす。


 騙している手前、微妙に居心地が悪かった。

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