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36*そう上手くはいかない -01-

いつも読んでくださりありがとうございます。

今回も少し長めです。


ようやくアイリス視点も出てきます。

「いやぁすまなかったな、ロイ」


 はっはっは、と高笑いをする人物は少し高い場所で玉座に座っている。この国の王であるアーノルド・シュダルク。彼は最初に謝ってきた。


「チガヤに叱られたよ。貴族という責任ある立場を与えるなら相応の報酬を渡すべきだと」

「いいえ、元はといえば私がすぐに爵位を受け取らなかったことが原因です」


 ロイは苦笑しながら伝える。


 急にアーノルドに呼ばれ来てみれば、どうやらチガヤが話を通してくれたらしい。爵位を受け取るということは貴族としての義務を果たすということ。その分得られるものがある。ロイとしては今の生活に不便はなかったので、あまり気にしていなかった。


 すると感心するような顔をされる。


「お前は本当に心優しい青年だな。シリウスにも見習ってほしいものだ」

「シリウス公爵は私より立派です」

「いや、あいつは人の心というものが分かっていない」


 アーノルドは溜息をついていた。


 公爵であるシリウスは王族とも関わりが深い。彼の言動は筋が通っていて多くの貴族に影響を与えている。若くして公爵の立場にいること、魅惑の容姿やカリスマ性も持ち合わせている。ただ、愛想がなく厳しいことばかり言う。その点が気になるのだろう。


「ロイからも言ってやってくれないか。もう少し優しさを持てと」


(嫌そうな顔が目に浮かぶ……)


 平民生まれである自分を嫌っている彼のことだ。いくら陛下の言葉とはいえ、この場にいたら絶対眉を寄せていたことだろう。


 ロイはにこりとしてその場をやり過ごす。


「報酬の件だが、屋敷に関してはチガヤが君に用意すると言ってきた。手入れはしているが使用できていない屋敷があるようだ」

「ブロウ侯爵が……ありがたいことです」

「屋敷は持っていた方が過ごしやすいだろう。確か君の妹はチガヤの屋敷で淑女教育を受けているそうだな」

「はい」


 妹であるモニカは今、ブロウ夫妻にお世話になっている。娘の婚約者の妹なら、実質自分の子であることに変わりないからと、色々と協力してくれているのだ。子供好きのフローレンスが特に可愛がってくれており、モニカものびのび過ごしている。


「デビュタントはもうすぐだが、エスコートする相手は決まっているのか?」

「私が行う予定です」

「兄である君が。それはいいな」


 と言いながら声を潜める。


「日頃君には世話になっている。今回の詫びも込めて、エスコート役を探そうかと思っていた。今からでもいいぞ。王の権力使い放題だ」


 声色に無邪さが入っている。冗談だと分かってはいるものの、本気にしてしまうのではないかと、ロイは少しひやひやする。


「陛下……。職権濫用はいかがなものかと」

「うちの息子達でもいいしシリウスでもいいぞ。あいつも私の命令なら嫌でも聞くだろう」

「ありがたいお話ですが、妹が望んでおりませんので」


 ロイは数日前の会話を思い出す。


 すっかりブロウ家に馴染んでいたモニカに、ロイはエスコート役はどうするか質問した。彼女はあっさりと「お兄ちゃんで」と言ってきた。


『大体家族の人が付き添うんでしょ?』

『そうだが……別の人に頼むこともできるぞ』


 自分達は貴族の中では新参者だ。モニカはデビュタントによって大々的に名前と顔を見せることになる。元平民だからこそ何か言われないか、傷つかないか、兄として心配している面もある。自身が何を言われようが気にしないが、家族のこととなると話は別だ。それはチガヤも気にかけてくれていた。


『そこまで甘えるわけにはいかないよ。教育を受けさせてもらってるだけで贅沢なことなんだから。それに、貴族の世界は自分が頑張らなきゃ、でしょ?』


 にやりとモニカは笑う。


 その笑みで、そうだこの子はあのシリウスに応えようとしているのだと、再認識した。貴族という世界がどういうものかまだはっきり分からなくても、過酷であることはおそらく理解している。分かった上で、自分で茨の道に進もうとしているのだ。


 そんな妹に、身が引き締まる思いになる。


『私の相手は自慢のお兄ちゃんなんだよ。きっとみんな羨ましがるだろうな』

『そうか……?』

『お兄ちゃん、騎士として評価されてるし、陛下から直々に仕事を頼まれてるんでしょ? もっと自分に自信持っていいと思うけど。あのアイリスさんを射止めたんだから』

『! それは……そうだな』

『ふふふ。アイリスさんへの気持ちは誰にも負けないもんね』

『ああ。負けるつもりはない』


 話が逸れたが、モニカはこの時、シリウスの話はしなかった。そもそもデビュタントに彼が来るかも分からない。気にしていない風だったのは、「社交界の花」にならないと認めてもらえないと理解しているからだろう。


 今の状態でシリウスに会うこともあまり望んでいないように思う。アーノルドの提案を丁重に断ると、彼は少しだけ残念そうな顔をする。


「そうか。君の妹ならば、シリウスを変えてくれるような気もしたんだがな」

「……どこまで知ってらっしゃるんですか?」


 モニカとシリウスの件は、一部の者しか知らないはずだ。

 すると相手は楽しそうに笑う。


「貴族界に新たな風を、いや、新たな花を咲かせてもらえると助かる。期待しているぞ」

「身に余るお言葉、ありがたく頂戴いたします」


 詳しいことは教えてもらえなかったが、どうやら妹の噂はこの国の王に届いているらしい。隠し通すことの方が難しい話かもしれない。


 アーノルドは顔立ちと物腰柔らかなところはバルウィンと同じだが、豪快な姿勢はリアンと似ているかもしれない。まさにあの二人の父だ。


「貴族の報酬を渡すということはその分働いてもらうわけだが、現状君の騎士としての働きぶりは評価している。今はフェイシー伯爵の件に集中してくれ。バルウィンはジェシカ嬢が無理をすることを懸念している」

「畏まりました。彼女の側には今、デニールがおります。彼もジェシカ嬢のことをきっと支えてくれるかと」


 確信を持って伝えるが。

 相手はなぜか微妙な顔になる。


「あー……まぁそうだな。最近少し不穏なようだが」


(不穏……?)


 今も変わらず二人は一緒に行動している。そんな要素は見当たらないが。


「フェイシー伯爵の件が片付けば、また君には仕事を頼みたいと考えている」

「! 私でよければ、何なりと」


 三年ほど、アーノルドから頼まれた仕事を行ってきた。内容は極秘のため、誰にも話していないし話せない。


 アイリスにもその間会えず、話せず、成長を見ることが叶わなかった。仕事が落ち着いたタイミングでリアンからアイリスの恋人役を引き受けてくれないか、という話を持ち掛けられた。そのおかげでアイリスに気持ちを伝えられた。


 アーノルドから再度仕事の依頼はあるだろうと予感していた。自分だから選ばれたのだろうと肌で感じていたからだ。国王の命令は絶対であり、拒否などできるはずもない。


「……アイリスと恋仲になったそうだな」

「はい」

「仕事をこなせばそれだけの君に評価につながる。それは理解しているな」

「はい。どんな仕事でもやり遂げます」


 貴族として認めてもらうためにも。

 アイリスと結婚をするためにも。


 相手は少しだけ苦渋の顔になる。

 そして口を開いた。







「喜べアイリス。俺の側近に決まったぞ」


 リアンがにやにやしながら言ってくる。


「はぁ。そうですか」

「リアクション薄いな」

「側近にさせられるんじゃないかという予想はできていました。元々その噂はありましたし、隣国にも側近として行きましたし、最近ずっと殿下の傍にいるじゃないですか」


 現に今、リアンの側にいる。

 さすがに慣れた。


「お前が側近だと色々ありがたいんだ。お前と俺じゃ、絶対噂にはならないだろ」

「間違ってもないですね」

「即答するな。モネ殿下の時は本当に助かった」

「そういえばあの後どうなったんですか?」

「その話は今関係ないだろ。最近グレイは用事で傍にいないことが増えた。表で俺の傍に人がいないと周りがやかましくてな」

「ガク殿がいるじゃないですか」

「いるけど姿見えないからいないようなもんなんだよ」


(面倒くさいわね……)


 隠密の存在はとても役に立つと思いきや、傍にいないだろうと指摘されるようだ。確かにこの国の第二王子が一人で出歩くのはあまりよくない。リアンは口も達者で鍛えているため、雑魚な相手は一人でやっつけてしまいそうな気もするが。


「グレイがいないのはジェシカの傍にいるからですか」


 アイリスの声色に棘が入る。

 いつもはいるはずの彼の姿が今、ない。


「そうだが……なんで怒ってるんだ?」

「別に」

「女性の『別に』は当てにならないと聞いたことがある」

「それ誰情報ですか」

「メイベルからだ」

「確実な情報ですね」

「何に怒ってる。ジェシカの相手がグレイなのが不服か?」


(そういうわけじゃないけど……)


 アイリスはジェシカに対してまだ少し怒っていた。クロエには密告する前に色々相談していたというし、自分には何も頼ってきていない。謝ってはくれたが、もしまた隠し事をしたら、また問い詰めてしまうかもしれない。一番の親友は自分のはずだ。


 そしてグレイ。相手役にしては申し分ない。信頼もできるし真面目であることは身近で接していて分かっている。だが恋人役が開始されてからジェシカに対して押し気味の言動なのが気に入らない。二人一緒なのを見たことがあるが、ジェシカが明らかに少し引いているのに、グレイは問答無用で攻めの姿勢を貫いている。距離感を間違えるなと言ってやりたい。


 いつまでも黙っているとリアンは溜息をつく。


「まぁいい。今一番重要なのはフェイシー伯爵の件だ。あの二人には頑張ってもらう必要がある」


 ジェシカの作戦で言うと二人は仲が良くないといけない。そこに食いついてもらわないといけないので、確かに頑張ってもらわなければ前には進まない。どうやら他にも証拠を得ようと秘密裏に動いてはいるようだが、確固たる証拠は出てこないようだ。


「ついでにお前は優秀だが扱いづらいという報告を受けている。なら俺の傍で仕事をしてもらった方がいいだろうという話になった」

「誰ですがそんなこと言ってきた人は」

「言ったらお前仕返しするだろう」

「そのつもりですが?」

「そういうとこだぞ」


 半眼で窘める言い方をされた。


「とにかく、協力は惜しむな。ロイとも恋人になったわけだし、ダブルデートでもしてきたらどうだ?」

「え……嫌です」

「なんでだよ」

「二人の仲睦まじい姿を見るのは……なんだかこう、むかむかしてくるというか」


 すると鼻で笑われた。


「なんだ嫉妬か」

「っ! ……そうですね、嫉妬だと思います。今までジェシカの傍にいたのは私なのに」


 今はグレイが一番側にいる。

 ジェシカと笑い合っている。


 多分悔しいのだろう。

 取られたような気がして。


 昔から知っているのは自分なのに。

 仲が良いのも自分のはずだ。


 リアンはやれやれ、と言うように息を吐く。


「許してやれ。ジェシカは別にグレイのこと好きじゃないだろ」

「それは……そうですけど」

「グレイは分からないけどな」

「え?」

「でも最近もっと分からないな」

「どういうことですか。何の話ですか」

「なんだお前知らないのか?」


 意外そうな声を出す。


「最近のグレイ、ジェシカに対して距離を取ってるぞ」

「は……?」

「周りはあまり気付いてないみたいだな。分かる人には分かる。お前も見ればすぐに分かるだろう。なぜか微妙に距離がある」

「な…………はぁ!?」

「声が大きい」







「ごめんなさいアイリス……」

「いや、ジェシカが謝ることじゃないけど」


 隣で落ち込んだ様子を見せるのは、お出かけ用のドレスを身にまとっているジェシカだ。控えめな黄色い花柄のドレスなのだが、やはり制服姿よりこちらの方が似合う。耳元には同じ花のイヤリングをつけ、メイクも髪型も綺麗にしていた。


 いかにもお出かけ用の装いでよく似合うが、グレイのために着飾ったようなものだ。アイリスはちょっといらいらしてくる。嫉妬心はまだ収まりそうにないらしい。


 それは置いておいて。

 アイリスは小声で聞く。


「最近グレイの態度がおかしいってほんとなの?」


 この手のことに詳しいクロエには事前に聞いた。彼女も困惑していた。あんなにもいちゃいちゃしていたのに最近距離が遠くなったと。友人ほどの近い距離感ではあるものの、恋人同士かと聞かれると微妙なラインだと言っていた。


 ジェシカは小さく頷く。


「やっぱり……嫌よね、私の恋人役なんて」


 なぜかネガティブ思考になっている。

 慌ててフォローした。


「嫌だったら断るはずでしょ」

「でもリアン殿下の命令なら……」

「命令じゃなくてグレイの意志だって聞いたわ」

「でも最近全く目が合わないの……」

「…………」

「一緒にいることが多すぎて、私の顔を見るのも嫌になったのかもしれないわ。……そうよね、リアン殿下の傍にいる方がきっと嬉しいはずだわ」


(だ――!!! もう、グレイなんでっ!?)


 ジェシカが今までにないくらい落ち込んでいる。色んな経験があって強い彼女ではあるが、グレイの今までの行動におそらく振り回されていた。近付いてくれたと思えば距離を取られるなんて、なんでそうなるのか。彼女が一番悲しむことをしているじゃないか。グレイへの怒りがヒートアップしそうになる。


 と、こちらに向かってくる足音が聞こえた。


「アイリス、ジェシカ嬢。待たせた」


 小走りでロイが走ってきた。

 その後ろにはグレイの姿がある。


 二人とも制服とは違うラフな格好だ。シンプルな装いだがそれも新鮮で、アイリスは少しだけじっと見てしまう。するとロイが微笑んだ。


「一緒に出かけるのは初めてだな。ドレスはお揃いか? よく似合う」

「あ、ありがとうございます」


 アイリスもジェシカと同じ花柄のドレスを身に着けている。ジェシカは黄色だがアイリスは青だ。色違いで合わせた。いつもはお揃いにしないのだが、なんとなく、一緒にしたかったのだ。さらっと褒めてくれる恋人にちょっとどきどきしていると、ロイはグレイに声をかける。


「な、デニール。ジェシカ嬢のドレスも似合っているな」

「……………え」


(え? 今、えって言った?)


 どう見てもジェシカは似合うだろうとアイリスは言いたいのをぐっと堪えた。グレイの反応を待っていると、グレイはちらっとジェシカを見た。と思えばすごい勢いで顔を逸らした。


「っ……」


 ジェシカは顔に出さないようにしていたが、動揺は隠せていなかった。明らかにダメージが入っている。それを見てアイリスは怒りたくなる。


(な……んなのその態度はっ!)


 失礼すぎないか、主人のリアンに似たのかと、若干ツッコミしたくなる。ロイもその態度は予想外だったようで、少しだけ気まずそうだった。だが年長者として空気を切り替えるように声をかける。


「最近できた菓子店が女性に人気のようだ。一緒に行こう」


 そうして歩き出したわけだが。

 アイリスはそっとロイの隣に並ぶ。


 小声で会話した。


「ロイ殿、何か聞いていないですか?」

「聞いていないな。なぜこうなったのか……。できるだけフォローはする。ジェシカ嬢のケアは任せたい」

「もちろんです。そのためのお出かけですからね」


 リアンから二人の様子が以前と違うと聞かされ、アイリスもこっそり偵察した。確かに仲が悪くはないが、なんだか歯車が合っていないような、ぎこちない感じがして、このままではよくないと判断した。リアンに言われたダブルデートの案を思い出し、ロイにも相談し、今日決行したわけだ。


 するとロイは自然にアイリスの手を取る。

 恋人繋ぎだ。優しい眼差しを向けてくれる。


「俺達にとっても、いい時間になるといいな」

「ロイ殿……」


 思わず見つめ合っていると。


「お二人は仲が良いわね……」


 控えめだが若干沈んだジェシカの声。

 慌てて二人は離れた。


 アイリスはすぐジェシカの隣に行く。

 ジェシカは申し訳なさそうな様子だった。


「いいのよアイリス。気にしなくて」

「何言ってるの。今回は二人のためのお出かけだから」 

「でも……」

「何とかするから。だから、諦めないで」


 力強くジェシカの目を見て訴える。

 するとようやく彼女は小さく笑ってくれた。


「私の親友は、一番頼りになるわね」


 心から笑ってくれた。

 心臓が撃ち抜かれそうなほどに麗しい。


(こんなに素敵なジェシカにあんな態度取るなんてほんと信じられない……)


 恨めし気にグレイの方を見ると、偶然目が合う。

 彼ははっとして前を向いていた。


(…………?)


 波乱のお出かけが幕を開ける。

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