275.治癒魔法は雄弁に語る㉗本当は……
屋敷にいたときは、粉薬以外の毒も盛られていたのだと思う。
わたしは毒に気づかないこともあれば、薄々と悪意を感じながらも、残らず平らげることもあった。
(だって、もったいないじゃない)
食事の量も回数も、相変わらず減らされたままだったから、食べられるものは好き嫌いせずにいただいた。
確証がない限り、食べ物を粗末にすることはできなかった。
幸いだったのは、調理担当が嫌がったせいで、グロテスクな虫や魔物の部位を使った料理が出なかったことくらいである。
(まあ、あれは嫌がらせで用意するには、捕まえるのも仕入れるのも大変だものね)
たまに食後に体調が悪くなったりもしたけれど、たいていは一晩寝れば治った。
痺れを切らしたイーリースお継母様が、より強い毒薬を使うようになって、ようやく自分に高レベルの毒耐性があることを知ったのだ。
(実際のところは、最初から高レベルの毒耐性があったわけではなく、知らない間にレベルアップしていた、というのが正しいのだけれど……)
それはつまり、気づかないほど完璧に無効化できていたということである。
同時に、知らない間に毒を盛られ、知らない間に無効化し、知らない間にレベルアップしたということになる。
毒耐性だけが。
自分に対してどれだけの毒が使われたのか、どれだけの毒物を摂取したら、毒耐性が上限間際まで成長するのか、考えただけで恐ろしい。
冒険者の末席に名を連ね、薬草採取をこなし、魔法薬の調合をする過程で、恩寵の右目についても理解を深めた。
簡易的な鑑定、解析、翻訳、遠見などに加え、人間には見えてはいけないものが当たり前のように視えることも。
──人間には見えてはいけないもの、とは。
聖職者や僧侶などの、聖属性のスキル持ちでなければ視認できないと言われている、アンデッド系のアレである。
お継母様が送り込んできた刺客は、間一髪、魔力の暴走で退けた。
刺客は焼け死んだけれど、その後もレイスとなって屋敷の庭をうろついていた。
(正直、この能力だけは欲しくなかったわね)
子供のころに流行病で死にかけたのが嘘のように、身体も健康で丈夫になった。
シャーリーンに刺されても死ななかったし、寒空に放り出されても風邪の一つもひかなかった。
指の一本や二本なら、失ってもすぐに再生する。
およそ人の身ではあり得ない、再生能力と呼べるものまで備わっていた。
(知りたくなかったけれど)
切断された指がが再生するかどうかを知るためには、一度は指を失わなければならない。
ダンジョンで殺されそうになったとき、あいつらは討伐証明としてゴブリンの耳を集めるのと同じノリで、わたしの指を切り取った。
恩寵の右目には取扱説明書もなければ、先達もいない。
使い方を知るというのは、そういうことだ。
スキルに似た小手先の能力なら、何通りも使えるようになった。
生活魔法なら、ベテランのメイドも驚くほどだ。
治癒魔法と無属性魔法は、失敗したことがない。
(それでも──)
再生能力まで顕在化したというのに、属性魔法だは使えなかった。
魔力が多いせいで、たまに火魔法が暴走することはあったけれど、結局、術式に則って意図した通りに使いこなすことはできなかった。
鑑定の儀では、属性なしと判定された。
四精霊に愛されなかった忌み子なのだと、陰に日向に囁かれた。
(努力はしたのよ)
魔力がないわけではないのだから、頑張れば火花くらいは操れるようになるのではないかと、自分なりに修練を重ねた。
(ギルドの屋舎を燃やしそうになって、やめたけど)
──本当は、いつも心の底で思っていた。
フィレーナお母様が生きていたら、何かが違っていたのだろうか?
(お母様がお元気だったなら、わたしがもう一度鑑定の儀を受けられるよう、お父様に頼んでくださったかしら──?)
別の教会であれば、違う鑑定結果が得られるかもしれない。そう言って、娘のために奔走してくれていたのだろうか──?
ルミカさんのお母さんのように。
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
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