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【不遇令嬢はエルフになりたい】〜介護要員として辺境の祖父の屋敷で働くよう命じられたが、ざまぁする間もなく実家が没落した件〜  作者: 一富士 眞冬
第2章

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274.治癒魔法は雄弁に語る㉖母の愛とは

 テルミお母さんとは、ざっくりと薬草の種類や家の場所、訪問の時間帯などを打ち合わせた。

 朝早くに採取に出るため、訪問はお昼頃にしてほしいとのことだった。

 リオンとクロスが新しい馬を用意する話をしていたし、食料も買い足すだろうから、明日の朝すぐに出発するということはない。少しの間、別行動をさせてもらっても問題ないだろう。

 わたしはテルミさんに、大丈夫だと返事をした。


 テルミさんは、去り際にわたしの手を取って握り締め、何度も何度もお礼を言ってからその場を離れた。

 テルミさんの手は、力強くて温かかった。

 娘のルミカさんにも同じように手を握りしめられたけれど、ルミカさんよりも握りしめる力が強くて、手のひらの温度も高かった。


 それだけ、熱意が込められていたのだ。

 なんとしてでも(ルミカさん)の傷跡を治療して(消して)やりたい、という母の愛情の表れだったのだろう。

 テルミさんは、いいお母さんだ。

 ルミカさんは、幸せなのだろう。

 二人に心から喜んでもらえて、わたしも嬉しい気分になった。


(母の愛……ね)

 わたしには縁のないものであり、遠い昔に無くしたものだ。

 お母さんに愛されたルミカさんの笑顔は、わたしが得られなかったものを体現していた。


 テルミお母さんの頼みを聞いてあげたいと思ったのも、フィレーナお母様に向けるはずだった感情を、代わりに向けただけに過ぎない。

 フィレーナお母様に対してできなかった親孝行の、代わりのようなものだった。


 わたしは立派な淑女(レディー)にはなれなかった。

 伯爵家の令嬢ではなく、平民として冒険者になる道を選んだ。

(お母様の命を救えなくてごめんなさい。お母様とお父様が誇りに思える娘になれなくて……親孝行できなくてごめんなさい……)


 それだけではなく、人間(ヒト族)として産んでもらった人生を捨て、亜人種(ハーフエルフ)として生きることを選んだ。

 それはきっと、フィレーナお母様の望むところではなかっただろう。娘が身分を失い、落ちぶれることを望む実母などいないはずだ。

(でもね……わたし、あのままでいたら遠からず死んでしまっていたと思うの)

 毒か、餓死か、刺殺か──どれでかはわからないけれど。


 お母様が、お祖母(ばあ)様に頼んでまで救ってくださった命が、失われてしまう。

 それだけは駄目だと思った。

 誰にも頼れなかったから、自分が取り得る限り最良の手段を選んできたつもりだ。後悔はしていない。


 生きていくために必要なことは、乳母(ばあや)と、お母様と親しかった古参のメイド長から教わった。

 わたしにとっては、あの二人が母親代わりのような存在だったけれど、ルミカさんとテルミさんのような親子関係とは違う。やっぱり、少しだけ羨ましかった。


 いいお母さんには親切を。

 悪い継母には鉄槌を。

 それがわたしの信条だ。


 *


 フィレーナお母様が亡くなり、後釜に座ったあの女は、戸籍上はわたしの母親となったわけだけれど、わたしがあれ(・・)を母と認めることは、決してない。

 あれは、人殺しだ。

 証拠こそ残っていないけれど、ヴェルメイリオ家に入り込むために、フィレーナお母様を殺したのだ。


 生来の持病でお母様が弱ったところで、自分の息のかかったメイドを送り込み、繰り返し毒を盛って死に至らしめた。

(同じ毒が、わたしの皿にも盛られたもの……)


 そのころには、フィレーナお母様の目が届かなくなったのをいいことに、わたしの待遇もだいぶ悪化していたから、理由をつけて食事を減らされることはよくあった。

 あのころは確証がなかったけれど、おそらくわたしのデザートはかなりの割合でメイドたちの胃袋に収まっていたはずだ。

 メインディッシュの何品かも、着服されていたに違いない。


 料理の品数が妙に少なくなっていることが、よくあったのだ。

 今考えると、着服や横領をされていたのは食品だけではなかったのだろう。

 屋敷や使用人の管理を任されている女主人──当主の妻たるフィレーナお母様の権威が落ちれば、そういうことも起こり得る。

 当主(お父様)に顧みられることのない令嬢など、小狡(こずる)い大人たちからすれば、搾取し放題の鴨でしかない。


 子供心に病床のお母様には心配をかけまいと、そうした使用人たちの仕打ちは隠していたけれど、どうしてもお腹が空いてしまって、お母様の残した食事に手をつけたことがあった。

 残り物は使用人に下げ渡されるのが慣習である。

 それを横取りしてやった。

 いつもなら率先して片付け(・・・)にかかるのに、お母様が手を付けなかった皿にさえ、誰も食指を動かさなかったからだ。


 最初は、病人食だからかと思っていたけれど、そうではなかったのだ。

 みんな、毒が入っていることを知っていた。

 即死するような毒ではないことも、知っていたのだ。

 だから、悪事に手を染めている同僚がいても誰も告発しなかったし、わたしが残り物を盗み食いしても見て見ぬ振りをしていた。


 どうせ死にはしないのだから、と軽い気持ちで黙認したのだ。

 下手なことを言えば、イーリースお継母(かあ)様の手先からそれが伝わり、自分が解雇される羽目になるかもしれないからだ。

 イーリースがまだ正式にヴェルメイリオ家に入っていなくても、レナードお父様と懇意にしていることや、そのために使用人の雇用に口を挟む権限を持っていることを、世の常として理解していたのだ。


 古参のメイド長は、知っていて知らない振りをしたとも思えないから、お母様側の人間として、意図的に他の使用人たちから事実を隠されていたのだろう。

 真実に気付いたときには、遅かったのだ。

 星明かりの粉薬とは、そういう性質のものだからだ。


 子供のわたしが摂取したところで、一度や二度では明確な症状は出ない。せいぜいが風邪を引きやすくなる程度で、虚弱体質の子供と思われるだけである。

(──だから誰も、わたしが毒耐性を身につけつつあることに気がつかなかったのだけれど)


 思い返せば、わたしが初めて口にした毒は、お母様の皿に盛られた“星明かりの粉薬”だった。

 お母様の病人食と、お母様が亡くなった後にわたしに出されるようになった食事からは、同じ悪意(・・)の味がした。

 恩寵の力を全く使いこなせていなかった当時は、漠然とした“悪意”としか感じられなかったのだ。

 それが致死性の毒であったと理解したのは、寄宿学校に放り込まれた後──冒険者ギルドに登録して、薬草採取や魔法薬の調合を始めるようになってからだった。

(全ては手遅れだったけれど……)

拙作をお読みいただき、ありがとうございます。

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