263.治癒魔法は雄弁に語る⑮意趣返しとダンジョンの話-2
ちょっとグロ注意。
「ビッグスライムに襲われていたエルフの少年を助けた、としか聞いてないな」
ジーンくんが言うと、皆がうんうんと頷き合った。
「“もうちょっとでスライムの餌になるところだったのを、俺たちが死闘の末に救い出したんだ!”とか」
「“スライムは、倒すと崩れてどろどろの液体になるんだぜー!”とか、そういう話は聞いたよ。ね?」
ロック君の言葉の後をマルコ君が継ぎ、同意を求める。
「あなたがその、スライムに襲われていた少年の治療をしたのでしょう? 治癒魔法で。エルフ村のエルフに頼んだら、幾らかかるかわからないほどの治癒魔法だった、って聞いたわよ」
「その魔法の話、もっと詳しく教えてよ!」
ミラノちゃんとティアナちゃんが、いい感じにシアンの話に食いついてきた。なので、望み通り詳しく話すことにする。
「ビッグスライムがどれくらい大きいかは、知っている?」
森によくいる青いスライムは、大きなものでも痩せた野良犬くらいの質量である。
多くは野ネズミや野ウサギなどの小動物くらいの大きさで、手で捕まえることもできる。
一体ずつの攻撃力は、さして強くはない。
酸を吐いたり体当たりをしてきたりするものの、新人冒険者でも倒せる程度の魔物である。
正直言って、狼や熊などの野生の獣のほうが恐ろしい。
そんな弱いスライムが魔物認定されているのは、体内に魔石を持っており、普通の動物にはない特徴的な“進化”をするからである。
一体一体は弱くても、大量発生すると危険なのだ。
数が多いだけなら数多いる新人冒険者を大量投入すれば、駆除することができる。
けれど、集まったスライムは時に“ビッグスライム”という巨大な個体へと進化することがあるのだ。
わたしはダンジョンでそれに出会うまで、ビッグスライムというものを知らなかった。
採取依頼でいつも行っていた森には、普通の青いスライムしかいなかったし、進化するという話も知らなかった。
討伐依頼を受ける冒険者なら知っていたのかもしれないけれど、採取依頼しか受けないわたしには知る由もない話だった。
「それは巨大な緑色をした塊で──大人の男性でも余裕で飲み込めるくらい──ノアさんとジャックさんの二人ともを飲み込んでも、まだ余裕があるくらいの大きさというか、」
「「族長、飲み込まれたのか!?」」
「違うわ。大丈夫、二人とも飲み込まれていないわよ」
わたしは苦笑し、ひらひらと手を振って否定した。
「それくらいの大きさ、っていう話。実際、ダンジョンの通路をふさぐ大きさだったから、戦うしかなかったのよ」
「……」
「……」
「マジ?」
「わたしも、そこで初めてスライムが保存食を蓄えるものだと知ったのよ。シアンは生きたままビッグスライムの体内に閉じ込められていて、ほとんど窒息寸前の状態だったわ」
シアンには申し訳ないけれど、あのときの惨状を話させてもらおう。
どうせ元奴隷だったことや、虐待されていたことなどは、大人は知っているはずだ。
ノアさんたちが必要最低限の人にしか話していなかったとしても、そういう話は瞬く間に広がるものだから。
村の大人たちは皆、口には出さないけれど、薄らと気づいているはずなのだ。
それに、あの二人の口振りからすると、村ではシアン以外にも奴隷上がりの子供を受け入れていたのかもしれなかった。
遠からず、村で生まれ育った子供たちに事実が伝わったとしても、問題になるとは思えなかった。
むしろ、どれだけの苦難を乗り越えて生き延びたのか、知っておいてもらったほうがいいような気がした。
「スライムは、飲み込んだ動物を窒息死させたり、酸で溶かしたりして食うんだろ……?」
そう。言いたいことはわかる。スライムの体内では、呼吸はできないはずなのだ。
「わたしにも仕組みはよくわからないけれど、シアンはスライムの粘液を大量に飲み込んでいたわ。
うえっ、と何人かから声が上がった。
「スライム飲み込んだの!?」
「「キモっ!」」
シアンも好きでスライム粘液を飲んだわけではないのから、君たちに言われたくはないと思うわ。
「そのスライムの体組織である粘液の一部が、最低限の呼吸を助けていたのではないかしら。治療の際に、大量に吐いたから」
五人とも、スライムが口や鼻から侵入してくる様を想像してしまったのだろう。口元を押さえて顔をしかめている。
「体力が残っていれば、飲み込まずに済んだかもしれない。川で溺れるのと同じよ。元気で、ちゃんと泳げれば最初から溺れたりしない」
「……脚が攣ったときとか、パニクって一度でも水飲んじまうとキツいよな」
「鼻から水入ったりしたら最悪ー」
少年たちはそれぞれ自分の考えられる範囲で、それゆえに微妙にずれた連想をする。
「それにビッグスライムの吐く酸は、石壁をも溶かすほど強力なの。あれが身体にかかったなら、火傷どころじゃ済まないわ」
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