260. 治癒魔法は雄弁に語る⑫反撃、あるいは意趣返し-3
「奴隷商会ってどんなところなのかな」
「本当にあるんだ、奴隷商会……」
「亜人種狩りの奴らって、見たことある?」
「エルフ族の奴隷もいるの? 珍しい種族だから、獣人族よりも高値で取り引きされるって聞いたけど」
案の定、少年少女の反応はそんなもので、農奴以外の奴隷が珍しいと言わんばかりだった。
特に、ハーフエルフにしか見えないわたしを前にして、エルフ奴隷の話を持ち出すだなんて、失礼としか言いようがない。
たぶん何も考えていないのだろう。
「エルフ族は観賞用や愛玩用として、貴族と一部の商人が買い占めているわ。貴族と、それに匹敵する財力を持つ者にしか、手が出せないような価格帯よ」
例外は、ダンジョンで見つけた直後のシアンのように、エルフの特徴である長耳が千切れてしまった者だけだ。
労役には使えないから、そういう奴隷は捨て値で売られる。
ろくでもない冒険者に安く買われてこき使われた挙げ句、ダンジョンでビッグスライムの餌にされるのだ。
わたしも無知を装って言葉を続けた。
「猫族や犬族には希少価値がないから、どれだけ若くて可愛くても、貴族の愛玩用として召し上げられるのは無理ね。たまに特殊な娼窟に買われて行くらしいけれど。世の中にはいるのよ、獣でもいいっていう変わった性癖の人間が」
つい先日までヒト族を名乗っていた自分のことは棚に上げ、人間のことをヒト族と呼んで、異種族って理解できないわね、と嘯いた。
女の子二人が沈黙した。
「ヒト族には、男や子供でも構わないっていう性癖の男性もいるらしいわよ。顔立ちの整った少年や、年端もいかない幼女を好んで買っていくそうだわ。──聞いた話だけれど」
男の子三人が沈黙した。
五人とも、ここまで赤裸々な答えが返ってくるとは思わなかったのだろう。
二の句が継げないようだった。
せいぜい、あなたたちも気をつけてね。
そんな思いを顔に出さないようにしながら、わたしはにっこりと微笑んだ。
元貴族令嬢の話術を舐めたら駄目よ?
何も知らない振りをして、田舎の初心な少年少女に毒を盛ることなど、造作もない。
(ごめんね、意趣返しはまだまだこれからなのよ)
*
ダンジョンの話から気を逸らし、煙に巻くつもりだったけれど、気が変わった。
「レッドの話はもういいでしょう? 奴隷の身の上話なんて、つまらないわ」
急に静かになってしまった少年少女に、わたしは貴族令嬢風の話し方を交えて気取ってみせた。
今度はこちらがマウントを取る番である。
ハーフエルフのわたしは、亜人種の中では猫族や犬族よりも格が高いことになっている。少し気取ってみせれば、それを体現することができる。
たかがハーフエルフのくせに、種族マウントを取ろうとする嫌な女に見えるだろう。
それでいいのだ。
彼・彼女らが奴隷を見下したように、わたしは希少価値のない獣人僕を見下してみせただけ。
ちょっとした意趣返しである。
「ダンジョンの話を聞きたいのだったわよね」
あ、うん……と我に返った少年がうなずく。
「それじゃあ、食事が不味くなる話を始めましょうか」
わたしがそう言うと、少年少女たちは気まずい話題から離れられて、一様にほっとした顔をしていた。
田舎育ちの彼らにとって、奴隷と言えば農奴なのだ。性奴隷の話が飛び出すとは、思いもしなかったに違いない。
「ノアさん──族長からは、どこまで聞いているの?」
わたしの問いにジーン君が答える。
「えっと……転移装置の部屋で出会って、そこから一緒に上層を目指したっていう話で、重傷だった二人に君が治癒魔法をかけて助けたとか、シアンっていうエルフの少年を助けたとか、そんな感じ」
ジーン君たちは、話題の魔法使いにぜひとも会って話してみたかったのだと言った。
尊敬する族長の武勇伝でもある、ダンジョンでの話を別の人からも聞きたい。
面白い裏話があったら知りたい。
どんな魔法を使ったのか、魔法使いっていうのは普段どういうふうに戦うのか、ビッグスライム以外にどんな敵が出るのか──など、何でもいいから知りたいという、これまた好奇心丸出しの大雑把な要求だった。
「本当にダンジョンには宝箱が落ちているの?」
「宝箱あった? 何が入ってた?」「どうしてダンジョンに宝箱があるの? 誰が置いたの?」
「どうせミミックだろ?」「治癒魔法って」「ミミックって、箱なのに魔物なんて変よね」「ビッグスライムがボスだったのか?」「ダンジョンの外で使うと捕まるって聞いたんだけど……」
「なあ、治癒魔法とポーションって、何が違うんだ?」
またもや五人が口々に喋り出し、収拾がつかなくなった。
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
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