254.治癒魔法は雄弁に語る⑥シアン青年の話
ミラノちゃんが席を立った後、シアンという名前の人物は、実は二人いるのではないかという話になっていた。
ジーン君が、ティアナちゃんが“シアン様”と呼んでいるエルフの青年について、詳しく話したからである。
「それから一年半くらいして、シアンと名乗る男が村に来たんだ。エルフ村に依頼していた、保存魔法の件だった」
エルフの年齢は見た目ではわからないけれど、人間の基準で言うなら二十代前半くらいだったという。
金髪碧眼の典型的なエルフ顔で──つまりは文句のつけようがない美形で、あっという間にティアナちゃんだけでなく、村の女性陣は子供から大人まで、皆が歓喜して出迎えるような人気者になった。
ただし、獣人族の男性からの意見は分かれているようで、彼の容姿や人柄とは別のところで評価が下されていた。
曰く、弓での狩猟や戦闘を得意とするエルフ族にしては、ずいぶん華奢であると。
*
「あんな細腕で弓が引けるのか?」
「いや、彼は魔法使いなんだから、別にあれでいいんじゃないか?」
「ばかを言うな。エルフ族は魔法使いっていうより、戦士寄りだぞ。奴らにとって魔法は、俺たちに種族特性があるのと同じくらい、当たり前のことだ。息をするように、生まれたときから魔法を使うような連中だぞ」
「生まれながらの魔法使いってことだろ?」
「だから、奴らにとって魔法が使えることは当たり前なんだよ。エルフ族には魔法使い、っていう職種も概念もねえんだよ!」
「魔法使いではない、と?」
「そうだよ。エルフ村の男は全員が武術を収めている。全員が魔法戦士みたいなもんだ。シアンのような、線の細い優男は珍しいんだよ」
*
とある場所では、そんな会話がされたとかされなかったとか。
「まあ“とある場所”っていうのは、傭兵団の詰所なんだけど」
ジーン君は語った。
キラキラした見た目も人気の一因なのは間違いないけれど、一番はシアン自身の人柄だそうだ。
エルフ村のエルフにしては珍しく、気さくで友好的な人物だという。
「エルフ村のエルフにしては?」
ちょっと気になった言い方だったので聞き返すと、ティアナちゃんが答えてくれた。
「シアン様以外のエルフは、余所者と仲良くすることを嫌ってるわ」
「そうだな。それまで保存魔法を頼んでいたエルフも、頼まれた仕事だけしたら、すぐに帰っちまってたし」
「村の子供と遊んでくれることはないし、頼んでも魔法を披露してくれることなんて、絶対になかったよ!」
「シアン様の魔法はとってもきれいなのよ! この前も、キラキラした氷のお花をいっぱい咲かせて見せてくれたの! あたし、シアン様から氷のお花をもらったのよ!」
ティアナちゃんが力説する。
男の子たちは、さらに川で遊んだ話をしてくれた。
「小川を凍らせて、滑って遊んだりしたよな!」
「川を凍らせちまったから、後で大人にしこたま怒られたけど」
冬でもないのに急に水温が下がったせいで、川の小魚が死んだり弱ったりしたという。
「でも、シアンさんが一緒に謝ってくれたから、そんなにひどくは怒られなかったよ」
また一緒に遊びたいと言うマルコ君。
(氷属性なのかしら……?)
小川とはいえ川を凍らせるとは、たいした魔法の使い手である。
(氷属性なら、ダンジョンで出会ったシアンとは別人ね)
やはり偶然、名前が同じというだけだろう。
案外、エルフにはよくある名前だったのかもしれない。
シアン青年は種族の違いを気にせず、この村の獣人族とも積極的に交流を持とうとしていたようだ。
正式な依頼があった魔法以外にも、小遣い稼ぎと称して家々を訪ね、格安で保存魔法を掛けて回ってくれたらしい。
「いい人そうね」
「もちろん!」
わたしが無難な相槌を打つと、ティアナちゃんが、我が意を得たりとばかりに激しく同意した。
この勢いだと、どこかにファンクラブでもありそうだった。
(そういえば、寄宿学校にもあったわね……)
人気の先輩を憧れの対象として祭り上げたり、偶像のように神格化して崇拝する風習は、貴族学生の中にも平民学生の中にも、同じようにあった。
中でも、強く傾倒した者たちのコミュニティーは、身分や対象によってサロンやファンクラブなどと呼び分けられ、独自の文化を形成していた。
当然ながらシャーリーンもサロンを持っていたようだし、有志のファンクラブなどは複数存在していたようだった。
(どちらも碌なものではなかったけれど)
シャーリーンのサロンやファンクラブのメンバーということは、つまりはシャーリーンの取り巻きである。
わたしにとっては天敵でしかなかった。
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
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