252.治癒魔法は雄弁に語る⑤同姓同名?
「なんで? ただの冒険譚でしょう??」
ミラノちゃんが被せ気味に尋ねてきた。
「族長は面白そうに話してくれたけどな。ダンジョンでスタンピードに遭って死ぬところだったけど、すっげー魔法使いに助けられた、って」
ジーン君の言葉に、うんうんとロック君がうなずく。
「それで、恩人である魔法使いの女の子を探してるって教えてくれたんだ」
族長であるノアさんは、こういう集会で子供たちが集まると、ときどき村の外の話をしてくれるらしい。
「嫌なら、僕は無理に聞いたりしないよ……」
とはマルコ君。心優しいというよりは、気弱なために強く出られないだけの様子だ。
「もったいぶってる?」
ティアナちゃんは、何となくこちらを疑うような眼差しである。
少し苦手なタイプかもしれない。
「シアン様と初めて会ったときのお話し、してほしいだけなんだけど」
また、例の名前が出た。
「それより“シアン様”って誰のこと?」
わたしが知っているシアンは、痩せっぽちの小さな男の子だ。
金髪碧眼の典型的なエルフで──わたしと違って真正のエルフだ──とある冒険者パーティーの奴隷で、雑用や荷物持ちをやらされていた。
わたしより小さいのに、焚き付けの魔法を完璧に使いこなしていた。
今も昔も、わたしは生活魔法でも属性に偏った魔法が苦手だ。特に、火属性の魔法はコントロールがきかない。
(それに──)
あのとき、シアンがダンジョンで使おうとしていたのは、水魔法だったのではないかと思う。
(だって、生活魔法では水を召喚することはできないもの)
今ならその原理がわかる。
呼び水があれば水を増やすことができると言っていたシアンは、ひょっとしたら二属性持ちだったのかもしれない。
「ティアナちゃんが言っているのは、わたしが助けた“シアン”とは別人だと思うのだけれど」
「そんな……」
ティアナちゃんが、そんなことは考えもてもいなかった、と口ごもる。
「わたしが知っているシアンは、あなたたちよりも年下よ。とても、ティアナちゃんが様付けで憧れるような人物とは思えないわ」
「でもでも……!」
「同姓同名ってことはない?」
シアンという名前は、わたしがダンジョンの中で適当に名付けたものだ。どこかに同姓同名の人物がいても不思議ではない。
「ここ数年で、族長が連れて来た真正エルフの子は一人だけだ。でもそいつは、すぐにエルフ村に移住しちまったんだ」
ロック君が、うーんと唸りながら小難しい顔をして考える。
ジーン君も思い出すように言葉を紡いだ。
「確かに何年か前、族長がエルフの子を連れて帰ってきたことがあったよな。獣人の子供ならともかく、エルフの子供は珍しいから、すぐに噂が広まった」
「僕とロックとジーンで会いに行ったけど、追い返されちゃったよね」
少年三人は、こぞって族長の家に押しかけたらしい。
けれど、家人に面会を断られたそうだ。
「少しだけ、族長のおうちに滞在してた子でしょ? あたし、知ってるよ」
ミラノちゃんが言うと、ティアナちゃんが勢いよくミラノちゃんのほうへ顔を向けた。
「なんでミラだけ知ってるのよ!」
「ルミカお姉ちゃんが、薬草を届けに行ったときに会ったことがあるって言ってたの! まだ情緒不安定? っていうのだから、みんなと外で遊べるようになるのはもう少し先かな、って」
あー、その子はダンジョン産のシアンっぽい。
「でも結局、あたしも会えなかったのよ。名前は……たぶんシアンとかシオンとか、そんな感じだったと思うけど、元気になるとすぐに村を出て行っちゃったみたい」
「ミラノだけずるい!」
ずるいって言うけど、それはティアナちゃんが憧れてる“シアン様”の話ではない。
「仕方ないでしょ。あのときのティアナ、前髪切りすぎたからって、伸びるまで誰にも会おうとしなかったんだから」
久しぶりに会ったと思ったら、おばさんが畑仕事のときに使うような、大きなツバと日除けの付いた帽子を被っていたのだそうだ。
そのときのことを思い出したのか、皆が次々に笑い出した。
「あ、あれは本当に畑仕事を手伝っていたんだから!」
……ルミカお姉ちゃんって誰だろうか。
わたしは少年少女のお喋りを聞きながらぼんやりと思った。
(それにしても……)
前髪を切りすぎたせいで、恥ずかしいから外に出られないなんて、つくづく年頃の女の子らしくて可愛らしい。
わたしにはなかった発想だ。
右目を隠すために必死で前髪を伸ばしていたわたしには、そもそも“切りすぎる”こと自体がなかったし、たとえ切る必要があっても、魔法で整えれば失敗することはない。
生活魔法にも、装身魔法にも、髪を整える魔法はいくつかある。
専任の服飾魔法家が付いている、貴族や富豪の子女には必要のない魔法だから、知っている者は少ないだろう。ただし、その世話をするメイドには、装身魔法を会得している者が多数存在するようだった。
寄宿学校で、そんな話をしていた女生徒がいたのを覚えている。
それだけでなく、わたしには“恥ずかしいから外に出ない”などという選択肢は存在しなかったのだ。
火魔法で髪が焦げようと、着古した服に継ぎが当たっていようと、誰にも会わずに過ごせるような境遇にはない。何から何まで自分でやらなければ、生きていけなかったのだ。
たとえ安い採取依頼でも、毎日こなさなければ困窮するのは目に見えていた。
ティアナちゃんのように、守ってくれる親もいなければ、隠れていられる場所もなかった。
おそらく、貴族の家に生まれたわたしよりも、田舎暮らしの亜人種であるこの子たちのほうが、家族にも環境にも恵まれている。
今さら羨ましいとは言わないけれど、普通の家庭で育つというのは、こんな感じなのだろうか──と、どこか他人事のように思いながら、わたしは上手く話を逸らせそうなことに安堵していた。
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