251.治癒魔法は雄弁に語る④自己紹介から始めよう
テーブルを囲んで、順番に自己紹介をし合った。
猫族の女の子がミラノとティアナ。
もじもじ君の名前がマルコ。たれ耳の犬族である。
真面目くんの名前はロック。こげ茶色の立ち耳の犬族である。
「おれはジーン。人狼族だ」
最後に、料理を取り分けてくれた少年が名乗る。
やっぱり人狼族だった。
なんとなく、そうではないかと思っていたのだ。
屋内で隣のテーブルだった人狼族の男性達──現在はただの酔っ払い──と、なんとなく似通った雰囲気がある。
わたしは宴会の始まるときの全体挨拶で、少しだけ名乗っていたけれど、改めて名乗った。
「アリアといいます。ご覧の通りハーフエルフで、魔法使いです。といっても、全然ひよっこなんですけどね」
「でも冒険者なんだろ?」
「一応、ギルドに登録はしているわ。戦えないから、採取専門だけれど」
「冒険者もいいよなあ。結構、憧れてた」
ジーンはそう言う。
「でも、族長も副長も傭兵からだっていうから、おれも見習うことにしたんだ」
ノアさんもジャックさんも、村では子供たちに人気の英雄のような存在らしい。
「ジーンは、後からでも冒険者になろうと思ったらなれるんだから、いいじゃん」
とは、もじもじ君──ではなかったマルコ君。今は口ごもらずに喋れている。
「ジーンはすごいんだぜ! 来年は傭兵団入りが決まってるんだ!」
と、ロック君。
「親父のコネだし、当分は雑用係だから、全然すごかねえよ」
“すごい”の基準が強さであるところは、やはり獣人族らしい。
レッドもそういう単純なところがあるけれど、特に獣人の男の子は、強さに傾倒するのかもしれない。
ジーン君は、村の“しきたり”に従って、まずは傭兵団で修行を積むのだという。
今はまだ族長に認めてもらえるほどの力はないが、傭兵団で父親らと修行を積めば、いずれは冒険者になっても心配ない程度の実力が付く。
どうしても冒険者になりたければ、それからでも遅くはないということだった。
それに、獣人傭兵部隊“嘆きの咆哮”出身という肩書きがあれば、容易にヒト族の冒険者から侮られることはない。
ジーン君とロック君の話を総合すると、そういうことのようだ。
(ノアさんたちの傭兵団、そんな名前だったんだ……)
傭兵をやっていたことや、獣人専用のギルドに所属する冒険者だとは聞いていたけれど、傭兵団の名前は始めて知った。
族長に就任したことも、一介の兵士ではなく団長であったことも。
(でも、獣人ギルドでも一目置かれていたみたいだし……)
それほど意外でもないかもしれない。
「見習いは、訓練場の整備とか飯の準備とか、そんなんばっかだぜ?」
などと謙遜しながらも、すごいと言われて悪い気はしないのか、得意げな様子を隠し切れないジーン君である。
妙に料理を取り分ける手際が良かったのは、日々の雑用の賜物だろう。
下積みとはいえ、真面目に努力している姿が想像できて、好感の持てる少年だった。
「で、だよ」
ずい、とジーン君がこちらへ詰め寄る。
「おれたち、ダンジョンで族長を助けたっていう君の冒険譚を、ぜひとも詳しく聞きたいんだ」
「そうよ! 族長はこの村で一番強いのよ! そんな族長と、ジャック副長と、それからシアン様まで助けたっていうんだから、あなたも結構すごい魔法使いなんでしょ?」
と、白猫ティアナちゃん。
なんか、聞き捨てならない名前が聞こえた。
あれを話せというのだろうか。
あの時の屈辱的かつ絶望的な状況を、もう一度、思い出して語れというのだろうか。
急に食欲がなくなった。
せっかく取り分けてくれたのだから、一口くらいは食べてみようかと、一度はフォークを手に取ったのだけれど。
「ごめんなさい。あまり話したくないの……」
わたしがそう言うと、その場の雰囲気が一瞬で変わった。
冒険譚を楽しみにしているだけの少年少女に対し、空気を読まない発言をしたのだから当然だ。
(だから嫌なのよ)
悪意や敵意を向けられたわけではなくとも、無言の圧力というものは存在する。
この子たちの圧力は、悪気のない好奇心だ。
族長から聞いたという冒険譚の続きや、裏話が聞きたいだけなのだろう。
(それから、余所者への興味──ってところかしら)
けれど、ただの好奇心ほど質の悪いものはない。
好奇心を抱いて首を突っ込むことを、微塵も不躾だとは考えない。
こういう性質は貴族だろうと平民だろうと似たようなもので、限定された小さなコミュニティーの中では、隠し事を持つこと自体が悪とされる。
派閥やサロン、友人同士のグループや冒険者のパーティー、村や町の互助組合、ご近所さん同士のつながり然り。
だから、旅人や冒険者を受け入れる地盤のない土地では、あからさまに余所者は嫌われるのだ。
そしてこの村のように、住民の全員が知り合いで、年齢・職業から家族構成まで熟知している者の集団においては、空気を読まずに隠し事をすることは許されない。
マルコ君のように、話してくれない=嫌われた! と短絡的な判断をするのも仕方がないのだ。
大人ならともなく、子供には事情を斟酌するほどの度量がない。
大人が相手ならば遠慮もするだろうけれど、同族で、友達にもなれそうな年代のわたしが、お喋りを拒否するとは考えもしなかったのだろう。
木の枝から丁寧に削り出された素朴なフォークを、わたしはそっとテーブルに戻した。
(部屋に帰ろうかな)
話を逸らせないないようなら、早めにお暇《いとま》しよう。
そう思っていると、マルコ君が泣きそうな顔をして言った。
「ひょっとして、僕らと話すの……嫌だった?」
「そうじゃなくて……」
最悪だ。マルコ君を泣かせたら、他の四人から敵視されてしまう。
こういう仲良しグループには、理屈なんて通用しない。
「食事が不味くなるような話よ」
わたしがそう付け加えると、皆が一斉に不思議そうな顔をした。
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
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