250.治癒魔法は雄弁に語る③村の少年少女
恐れていた瞬間は唐突に訪れた。
シチューをいただいた後、空になった木椀や使用済みのスプーンをどうするべきかと思案していると、数人の少年少女に声をかけられた。
「ねえ、」
「お嬢さんっ、あのっ」
皆、手に手に飲み物の入ったコップや、たくさんの料理が乗った皿を持っている。
立食パーティーなら、マナー違反も甚だしい山盛りである。けれど、お祭りならばこれで正しいのかもしれない。
「僕ら、あなたと話したくて、その……」
「あたしたちね、あなたのお話が聞きたいの!」
もじもじと口ごもりながら話す犬族の男の子と、元気に話しかけてくる猫族の女の子。
「族長にダンジョンでの話を聞いたんだ」
「ちょっとあなた、シアン様とどういう関係なのよ!?」
「すごいね、君。冒険者で、魔法使いなんだろう?」
「よければ僕らと一緒に、」
「ほら、こっちの席空いてるわよ!」
さらには、白い耳の猫族の女の子と、真面目そうな犬族の男の子。
犬族の少年が二人と、猫族の少女が二人。
年齢は、わたしより少し下に見えるから、レッドと同じくらいかもしれない。
ただし口々に喋るので、何を言いたいのかよくわからない。
そこへ、人狼族の子だろうか、少し年長の少年が追いついてきて加わった。
食べ物と飲み物をいくつか、きちんとトレーに載せて運んでいる。
「お前ら何やってるんだよ。お客さんにイスくらい勧めろよ」
少年が年下の子たちにそう言うと、四人がばらばらと動き出した。
「あっ、こちらへどうぞ」
真面目そうな犬族の少年が、イスを引いて席を勧めてくれるので、非常に断りにくい雰囲気になった。
「えっと……」
困惑していると、最初に話しかけてきた猫族の女の子がわたしの腕を引き、席に誘った。
流されるまま、その子に従って席に着くと、他の子も次々にイスを引いてテーブルを囲んだ。丸テーブルなので、詰めればどうにか六人で座れる。
わたしの右隣に人狼族の少年、左隣に元気な猫族の少女。そこから時計回りに、小柄で白い獣耳の猫族少女、きりっとした真面目そうな犬族少年、もじもじした口下手そうな犬族少年の順に並んでいる。
人狼族の少年が、トレーに載せて運んできた食べ物をこちらへと勧めてきた。
「食べ物は確保してきたから、ゆっくり座っていて大丈夫だよ。食べたい物があったら、おれたちが取ってきてやるし」
なんと、トレーに載っている物の半分はわたしのために用意してくれたらしい。
「焼肉たんまりゲットしてきたぜー!」
得意気に言いながら、手際よくテーブルセッティングを始める人狼少年。
わたしはたぶん、引きつった笑みを浮かべていたと思う。
(ごめんなさい、もう食べられません!)
コルセットがなくても、山盛りの焼肉とか無理です!!
「あ……ありがとう……。でももうお腹いっぱいで、」
「ええーっ! まだシチューしか食べてないでしょうっ!?」
やんわりとお断りしようとすると、被せるように元気な猫族少女が反論してくる。
「せっかく持ってきてくれたのに、ごめんなさい。こちらがメインだって知らなかったから、オードブルとかいっぱい食べちゃって……」
「それじゃあしょうがないにゃー」
などと言いつつ、猫族少女は嬉しそうだった。
やっぱり焼肉が食べたかったのだろう。自分はしっかり串焼きをキープしているくせに、抜け目がない。
「こら、ミラノ。ちょっと待ってろ、取り分けるから」
人狼少年は最初からこうなることも予想していたのか、取り皿やカトラリーの予備も持ってきていた。
「オードブルなんて、オヤツにしかならないよね……?」
その傍で、白い獣耳の少女が、小首をかしげて不思議そうにつぶやいた。
「エルフもハーフエルフも、獣人と違って小食だとは聞いてたけど、本当だったんだな」
人狼少年の父親は、エルフ族とも多種族とも交流があるのだという。父親も、最初はエルフ族が少食な事実に驚いていたそうだ。
少年は、幼いころに父親からそんな話を聞かされて、自分たちの三分の一程度しか食べない種族がいるのかと、ずっと半信半疑でいたらしい。
(それはエルフ族が少食なのではなく、獣人族が大食漢なだけでは……)
と思ったけれど、言わないでおいた。
獣人族は人間と違って、種族によって体格差が大きい。必要な食べ物の量も大きく違う。
また、人間と比べてもエルフやハーフエルフが少食であることは、事実として広く伝わっている。
ほんの少し話している間にも、人狼少年が肉や野菜を一種類づつ、一切れづつ、取り皿に盛ってわたしの前に置いてくれる。ご丁寧に、串焼きの串まで外してくれた。
「無理しなくていいけど、味見くらいなら大丈夫か? おれたちだけ食うのも悪いから、気持ちだけ受け取ってくれ」
「お気遣いありがとう……」
「心配ないよ! 残ったら全部あたしたちで片付けてあげるから!」
「そうね。小食なお客様は大歓迎よ。それが同族なら、なおさらね」
「ご、ごめんね。僕たち、エルフの友達はいないから、気がつかなくて」
「あいつら、めったに自分の村から出てこないからな」
そもそも出会わないから友達になる機会もない、と真面目そうな少年が言った。
「シアン様は別だけど!」
「ティアナはそればっかりだな」
「あーあ、アタシもシアン様みたいに魔法が使えたらなあ……!」
元気な猫族少女はミラノ、白猫少女はティアナという名前らしかった。
ティアナが“シアン様”と呼んでいるのが誰のことか、非常に気になるところではあったけれど、この五人の用件とは直接関係のない話だろうと聞き流した。
(まさかね、)
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