245.宴会(あの事件)
ところで、テンカの実と言えば。
あの日──わたしがシャーリーンに刺された日──片付けを命じられていたワゴンには、カゴ盛りの果物が載っていた。
テンカの実はその中にあった。
丸のまま他の果物や花と一緒に、いかにも見せびらかすために飾り付けられていたものだ。
わたしの知っているテンカの実は、そのときに見たもので、果肉は濃い黄色から赤色に近かった。
リエラさん言うところの、専門家が栽培しているという高級品種だったのだろう。
皮はざらざらしていて、元から細かい模様が入っているので、彫刻を施したり、飾り切りをするには向いていない品種だ。
一方、目の前のテーブルにあるのは、淡いグリーンの薄い皮で、果肉は白に近い黄色である。
果物というよりは、ピクルスですと言われて差し出されても、疑いようがない程度には瓜っぽかった。
あの日は晩餐会が終わって、食器類と一緒に、その飾り用のカゴ盛りを下げるところだった。
わたしは片付けをしつつ、隙を見て残り物を口に入れていた。
いくら賄いが出るとはいえ、下っ端メイドに与えられる量など、微々たるものだ。嫌がらせで食事を抜かれたり、食品ではない何かが混入されていたことだって、度々あった。
食べられるときに食べておかないと、お腹が空いて体が保たない。特に、毒入りではないことが証明されている残り物なら、尚更である。
長じた今では、どれくらいの空腹なら体調や魔法効果に影響を及ぼさないか、判断できるようになったし、無視できるようにもなったけれど、あのころはお腹が空いたら、よく摘まみ食いや盗み食いをしていた。
一応、使用人の間では、残り物をいただくのは黙認されているのだ。
ただし、年長の先輩メイドたちが独占していて、下っ端や下働きまではまず回ってこない。
それは取りも直さず、先輩メイドより先に残り物に手を着けたら怒られるということである。
そんな場面をシャーリーンに見つかり、リーダー格のメイドに言いつけるとかつけないとか、子供らしい内容の口論になった。
言いつける先がメイド長ではないのは、メイド長よりも何人かの先輩メイドほうが意地が悪く、シャーリーンの意図をよく理解するからに他ならない。
つまり、シャーリーンの手先ということである。
(まあ、わたしも言い返したのが良くなかったのかもしれないけれど……)
語彙力が少ないのか、口喧嘩できるほどには頭が回らなかったのか、途中から反論できなくなったシャーリーンがキレた。
後は、知っての通りである。
*
シャーリーンは、わたしより一つ年下だ。
どこかの男爵家の娘──男爵夫人だった継母の連れ子──だというけれど、わたしと違ってきちんと教育を受けているはずだろうに、あまり利発そうには見えなかった。
(見た目の可愛らさが、それを補って帳消しにしていたけれど……)
わたしはフィレーナお母様が亡くなるより前に、簡単な読み書きだけはできるようになっていたから、屋敷内で働くのに不自由することはなかった。
レシピも読めたし、買い物もできた。
計算と生活魔法は、仕事の合間に乳母と先代のメイド長が教えてくれた。
寄宿学校に入れられても、なんとか授業について行けたのは彼女たちのおかげだ。
それに比べてシャーリーンは、優秀な教師を付けてもらって、毎日しっかりと勉強の時間を取ってもらっていたというのに、わたしより読み書きが苦手で、字が下手だった。
屋敷の掃除をしていると、色々と見てしまったり、拾ってしまったりするものなのだ。
(お部屋の掃除でゴミの回収なんかすれば、特にね……)
貴族の子供同士であれば、一歳の違いは大きかったかもしれない。
けれど、十歳にも満たない貴族令嬢とメイドに、それほどの差が生まれるとも思えない。
単純に、勉強に費やせる時間と、教師の質の違いである。
上流階級の子供は、下働きのメイドよりも、知識に触れる機会が多い。将来のために、勉学に励むことこそが仕事だからだ。
貴族の子女ともなれば、七、八歳で大人が驚くほどはっきり話し、利発さを発揮する者もいるのである。
(でもあのころのシャーリーンは、どちらかと言うと下町の子供みたいな雰囲気だったわね)
冒険者ギルドに出入りするようになり、町の中で遊んでいる子供を見る機会が増えたことで、今さらながらに気がついたこともある。
子供たちの中にも序列があり、やたらとリーダーぶって他の子を従えようとする子と、そうでない子がいるのだ。
シャーリーンは、明らかに前者の気質をした子供だった。
子供のころのシャーリーンは、口喧嘩で勝てないとなると、すぐに手が出るか泣き喚くかするタイプの、強い癇癪持ちだった。
そして性質の悪いことに、泣き喚きに加え、身分に物を言わせて周りの大人を従わせた。
典型的な、我が儘令嬢に育つタイプ。
──とは当時から思っていたけれど、十代になるころには、母親似の立派な悪女になっていた。
たまに寄宿学校から戻ると、美貌と身分とを鼻に掛けた嫌な女が、伯爵令嬢として傅かれているのを目にすることになった。
まあ、あの娘はそれでいいのだろう。
どうせ、いずれ婿を取る身分の貴族令嬢に、人望や才覚など要求されない。
健康で、後継ぎの男児を産めればそれでいいのだ。極論、身分と美貌されあればいい。
身分は剥奪同然で、容姿については語るべくもない。亜人種と同じ目をしたわたしは、もはや貴族社会では人として扱われない。
ハーフエルフは魔法が得意というのが通説だから、わたしのような者でもしっかりした属性魔法が使えれば、もっと別の道があったのかもしれないけれど──全ては、今さら言っても仕方がない。
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
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