242.宴会(特別扱い)
しばらくすると、リエラさんがテンカの果汁で作ったという果実水を持ってきてくれた。
「お嬢さん、テンカを気に入ってくれたみたいだから、こちらをどうぞ」
明るく澄んだ緑色の、エールのように泡が立った飲み物だった。
「お酒が大丈夫なら、果実酒仕立てにしたのだけど……」
わたしが最初に飲み物は何がいいか訊かれたときに、お茶か果実水と言ったので、気を使ってくれたようだ。
「私のお気に入りの飲み物なのよ。子供たちには秘密」
リエラさん──栗鼠族の奥さんは、茶目っ気を滲ませてそう言った。
村の子供たちには、獲ってきてもらった幼生スライムでテンカ味のゼリーを作ってあげることはあるけれど、発泡の種を使った果実水は、大人だけの秘密にしているらしい。
なんでも、飲み物をシュワシュワにする“発泡の種”というもの育て方が難しく、少量しか用意できないのだという。
(発泡の種……?)
そんな植物があっただろうか?
頭の中で植物辞典を検索してみるけれど、それっぽい効果効能のある植物や、その種子についての記述は見つからなかった。
覚えている限りでは、似たような飲み物を王都で見た記憶もない。
──もっともそれは、わたしたちが気軽に果実水を買って飲む習慣がなかったせいで、単に知らないだけかもしれない。
「お嬢さんは、テンカもゼリーも気に入ってくれたから、本当に嬉しいわ。今までの人たちは生粋のヒト族だったから、こういった田舎の食べ物には一切興味を持ってくれなくてね……」
生粋の、というところを強調して言うあたり、平民のヒト族や冒険者ではなく、とてもヒト族らしいヒト族──つまりは貴族のことだろう。
興味を持たないどころか、嫌悪か罵倒でもされたのかもしれない。
「こちらこそ、秘蔵の飲み物をありがとうございます」
わたしたちは、秘密を共有する者同士として、うふふと笑い合った。
リエラさんは、自分が提供した果物やゼリー菓子に興味を持ってもらえて嬉しかったのだろう。
わたしも、親切にしてもらって嬉しかった。
美味しい食事や、特別な飲み物をいただいたからではない。
わたしという存在に対して親切にしてくれた、その気持ちが一番嬉しかった。
亜人種は、ヒト族が多くを占める都市では肩身が狭い。──というより、ほぼ人権などないので、常に怯えて暮らさなければならない。
飲食店に入っても、ヒト族と同等の接客を受けることができれば幸運で、特別扱いなど期待するべくもない。
町の中では、右側の前髪を長く伸ばして目元を隠し、常に隠蔽魔法をまとって行動していた。
左右で色が違う目のことは、誰にも知られないよう慎重に隠していたから、酷い差別を受けることはなかったけれど、冴えない髪型をした陰気な小娘に構おうとする者もいなかったのだ。
露店などでよくある「お嬢ちゃん可愛いからオマケしとくよ」みたいな常套句さえ、わたしには縁遠いものだった。
年頃の少女が顔を隠すような髪型をしていれば、たいていの人は想像力をたくましくして、ワケありだと思い込む。そこに魔法は必要なかった。
殴られて痣でもできたか、傷痕でもあるのかと勘ぐられてはいただろうけれど、意外にも亜人種ではないかという直接的な指摘をされたことはない。
下町や貧民区では、虹彩異色のハーフエルフより、夫や恋人に暴力を振るわれて顔に痣をこしらえた女性のほうがずっと多いのだ。
図らずも、不幸な人間の女性に向けられた配慮によって、亜人種疑惑から逃れることができたのだった。
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
気が向いたら下の方の☆を使った評価や、ブックマークなどでリアクションいただけたら嬉しいです(*^^*)




