229.本音と独白と心の秘密③
旅に出る前は、お母様とお祖母様の願いが生きる理由──死ねない理由の大半を占めていたけれど、今は違う。
死ねない理由ならリオンが作ってくれた。
叶うなら、クロスの誘いに乗って魔法学園で勉強してみたい。
レッドが自由な冒険者になるところを、この目で見たい。
元気な姿で辺境に到着して、お祖母様にお礼を言いたい。
お祖父様の体調が悪いというのなら、介護でも看病でも喜んでさせてもらう。
その代わり、イーリースお継母様とシャーリーンを何とかするための力を貸してほしい。
ヴェルメイリオ伯爵家は、シャーリーンの婿などではなく、アルトお兄様に継いでほしい。
(──でもね、)
一番の願いは別にある。
(真実を──)
フィレーナお母様の死因は、毒殺だったのだという事実を知ってもらいたい。
毒を盛られ続けて弱っていたのに、元から病弱だったように言われ、亡くなったのはお母様自身の身体の問題だと誤解されたままでは、あまりにも悲しい。
寝込んでばかりいて、嫡男の世話も、幼い娘の世話も乳母に任せきり、屋敷の切り盛りも満足できない。伯爵家の女主人としては相応しくなかったと、一部の口さがない者たちが噂していたことを、わたしは知っている。
短い期間とはいえ、わたしはあの屋敷のメイドだったのだ。
内外の噂話は、聞く気がなくとも聞こえてきた。
特にわたしは、メイドとしては新入りの下っ端だったから、物の数にも入れられていなかった。先輩メイドたちは、わたしのことなど眼中にない様子で、仕事をサボってくだらない噂話に興じていた。
わたしが話題の人物の娘だと知らない者は、わたしの前でも平気でイーリースお継母様と、フィレーナお母様を比較して、フィレーナお母様の悪口を言った。
主に、イーリースが入れ替えた新しい使用人たちだ。
今考えると、わざとフィレーナお母様の評判を落とすような噂を広めていたのかもしれない。
先妻を貶め、相対的にイーリースを持ち上げてやれば、彼女の息がかかったメイドたちは見返りを得られる。
(お母様は何も悪くないのに……)
本人は亡くなっているから、何の反論もできない。
わたしも、言い返すことをしなかった。
素性を隠すためには、何も言わないほうがいいと判断したからだ。
冷静に判断して、お母様が悪し様に言われるのを気き流した。
冷たい娘だと思う。
冷静に判断してしまったのだ。
判断、できてしまった。
十歳にもならない子供のころの出来事だ。
後先考えずに先輩メイドに食ってかかるくらい、してもよかったのではないだろうか。
冒険者の気風に慣れた今では、売られた喧嘩は買ってもいいのだと知っている。
今は、お母様を弁護しなかったことを後悔している。
あの瞬間に戻れるのなら、日和った自分を叱り飛ばしたい。
(本当は──フィレーナお母様の敵を取りたい)
わたしは薄情な娘だから、戦略的に実現可能な範囲でしか策を選べない。
あの女を手っ取り早く確実に伯爵家から追い出すには、証拠が残っていない十年以上前の毒殺の件を追求して泥沼に嵌まるわけにはいかない。
罪を贖って死ねとまで言うつもりはない。
たとえ断頭台には送れなくとも、財産を剥奪され──元々お父様の財産であり、お兄様が継ぐべきものだけれど──国外追放にでもなれば十分だ。二度と関わらなくて済むなら、それでいい。
(そんなわけない──!)
勝利条件なんて考えなくていいなら、わたしは絶対にあの二人には落とし前をつけさせたい。
断頭台なんて生ぬるい。
首を落とされて一瞬で終わりだなんて、そんな簡単な最期で納得できるはずがない。
生きて償ってもらわなければ、溜飲なんて下がらない。
シャーリーンが修道院に送られるだけで済むなんて、許せない。
あの娘には、わたしと同じ痛みと苦しみを味わってほしい。
修道院に行くなら、理由もなくペティナイフで刺された後、手当もされず薄暗い部屋に放置され、痛みと絶望を味わってからにしてほしい。




