228.本音と独白と心の秘密②
自由になるお金もなく、信頼できる大人も友人もなく、必要なお金も足りず、魔法属性もなければ、特筆すべきスキルもなく、将来の夢も展望もない。
寄宿学校に閉じ込められ、親からも、属性を司る四精霊からも愛されず、ただ飼い殺されるだけの人生。
行く当てもなく、逃げることもできず、必死に生きるだけの毎日。
(貧民街の住人だって、他国へ逃げる自由があるのに──)
命を狙われる身であったわたしは、寄宿学校を長く離れることはできなかった。
イーリースお継母様は、“秘匿すべき化け物”が檻の中に入っていると信じているから、無関心でいてくれるのだ。
外に出て自由にしていることを知られれば、次は何をされるかわからなかった。
寄宿学校時代に一度、町に出ていたところを見咎められたことがある。
偶然、屋敷の使用人に見つかって密告されたのだ。
寄宿学校では厳しい罰を受けたし、その後は町に出る度に、刺客と思しき者たちに絡まれた。もちろん、イーリースお継母様からの嫌がらせである。
幸い、アリアとアイリスと二つの顔を使い分けていたおかげで、実態は見破られずに済んだ。
屋敷の使用人はアイリスの存在を知りもしなかったし、アリアが冒険者ギルドに出入りしていることを知っても、お金に困って小遣い稼ぎを始めた哀れな娘にしか見えなかったことだろう。
が、イーリースお継母様の監視の目が届かない場所へ姿を晦まそうとしていることや、アイリスとして一人前に稼いでいることを知られれば、いかなる手段を用いてでも阻止しようとするに決まっていた。
彼女らにとっては、わたしが惨めで不幸な状態にあることこそが、重要なのだ。
思い通りにならなかった気味の悪い娘が、平民レベルとはいえ人並みの生活を送ることなど、とうてい許せないのだろう。人が不幸であればあるほど、愉快に思い、高揚する性質なのだから。
それは、生家でメイドに身をやつしていたころから変わらない。
もし、実態がバレていたら──寄越される刺客も、その辺のチンピラのような程度の低い者ではなく、その道のプロが送り込まれていたはずだった。
このときだけは、侮られていることが全てにおいて幸いした。
それでも、最後には例の“ダンジョン置き去り事件”が発生したのだ。
他国への逃亡でも企てようものなら、連れ戻されて今度こそ正しく“監禁”されるかもしれなかった。
楽しいことなんて、何もなかった。
生きるために必要な行動を、淡々と繰り返すだけの毎日。
生活費を稼ぐために、採取しかできない冒険者として馬鹿にされても、やっと入れてもらったパーティーで役立たずとして雑に扱われても、我慢するしかなかった。
校内にいても、安心はできない。
友人面して親しげに話し掛けてくる者の誰が、シャーリーンの手先かわからないのだ。
外で襲ってきた者は刺客だから、問答無用で返り討ちにしてもいい。
証拠隠滅して逃げる手段は何通りかある。
けれど、学内でそれをやるわけにはいかない。
シャーリーンの手先になっている子たちは、嫌がらせを楽しんでいるだけなのだ。
殺意のない子供のいたずらに対して──結果的に命に関わる嫌がらせだったとしても──本気でやり返すことはできない。
たとえ正当防衛でも、相手に怪我をさせればこちらが罰を受けることになるのだ。
反省房に閉じ込められれば、冒険者ギルドに行けなくなる。
仕送りのない身としては、何でもいいから少しでも依頼をこなして収入を得なければ、明日や明後日の食事代も危ういのだ。
誰も信用できなかった。
世界は悪意に満ちていると信じていたし、周りの人間は全て敵だとしか思えなかった。
それなのに、なぜか心を病むこともなければ、死にたいと考えたことは一度もなかった。
よく考えると、不思議なことかもしれない。
生きることに必死だった時分は、その不自然さに気づくこともなかった。
(わたしが生きることは、お母様の望みでもあったから……)
フィレーナお母様が、必死でお祖母様に願ったのだ。
流行病で死の淵を彷徨っていた幼い一人娘を助けるために、お父様の反対を押し切ってまで、エルフのお祖母様に秘術を請うたのだと聞いている。お母様が、相当な無理を通したらしい。
後になって、フィレーナお母様から断片的に聞いた話と、古参のメイド長から聞いた話だ。
だから、安易に死を望むことはできなかったし、実際問題として死ねなかったからというのもある。
恐るべきはお祖母様の秘術であり、恩寵である。
かくして、わたしは殺しても死なない丈夫な身体と、滅多なことでは折れない丈夫な心を手に入れたのである。




