223.妖精の取り替え子
わたしには、お手本になるような家族がいなかったから、必要なことは本で学んだ。寄宿学校の授業と図書館の蔵書だけが、わたしに正しい貴族のあり方を教えてくれた。
それも、亜人種として生きることを決めた今は、意味のない知識となってしまった。
どこかの村で平民として暮らすのならば、貴族の子女として学んだ道徳や礼儀作法など、邪魔になるだけである。
とにかく、どうにかして早く魔石を現金に変えよう。
クロスのお師匠様である方にお会いした結果、魔法学園への編入話がどう転ぶとしても、まずはお金を作ってレッドとの約束を守らなければならない。
約束を反故にして軽蔑されるくらいなら、魔法学園に行くほうがマシだ。
(貴族でなければ、ずっと同じ従者を手元に置いておくことなんて、できないわよね……)
従者や使用人が、一生を通して同じ家や主人に仕える風習があるのは、貴族社会の中だけだ。
平民の場合は、家や主人に仕えるという概念が薄いため、転職や転居を厭わない。
基本的に、子は親の仕事を継ぐものだけれど、鑑定の儀の結果次第では別の職業を選ぶこともあり得るからだ。
対して貴族社会では、子の鑑定結果が身分に相応しくないものであれは、子のほうを挿げ替えることなど、ざらである。
親族から、そこそこの鑑定結果を持つ子供を養子として迎え入れ、冴えない結果を言い渡された子供は、逆に養子に出されたりもする。
妖精の取り替え子のような真似を、人間がやるのだ。
子供にとっても親にとっても、鑑定の儀など呪いでしかない。
けれど、不相応な者が家督を継げば、領地経営が成り立たなくなるのだから仕方がないとも言えた。
有事に対処できるだけの魔力を持ち、領民を守り、統治することができないのなら、貴族を名乗る資格がない。
これは貴族の成り立ちにも関わる命題で、今世まで引き継がれた悪しき風習の一つでもあった。
(わたしも、魔力が少ないというだけならば……)
もう少しマシな人生だったかもしれない。
たとえシャーリーンと入れ替えられ、余所の家に出されたとしても、その家の養女としては存在を認めてもらえたはずだ。
けれど実際は違う。
わたしは、魔力はあったのに“属性なし”と判定された。
それは貴族として不適格であるという以前に、人間として異常──異端ということだったのだ。
魔力が少ない人間はいても、属性を持たない人間はいない。
(その上、病のせいで亜人種としか見えない色に、瞳の色が変わってしまった……)
お父様の嫌いな、亜人の色彩に。
そのせいで、最初から存在しなかった者として扱われた。
存在していないのだから、イーリースお継母様やシャーリーンがわたしに対してどんな仕打ちをしていようと、誰もが我関せずを貫いた。
(わたしはずっと、そこに居たのに──)
でも、それも仕方がないと言えなくもなかった。
ヴェルメイリオ伯爵家の当主であるお父様が、存在しない者として扱うように命じたならば、イーリースお継母様もシャーリーンも使用人も、誰も逆らえはしないのだから。
(いいえ、違う──)
存在を認めた上で、一歩間違えば死ぬような虐待を加えることと、存在しないものとして、殺す前提で接することには雲泥の差がある。
(好きの反対は嫌いではなく、無関心だとはよく言ったものだけれど……)
取り替え子として余所の家に出されたほうが、どれだけマシだったかもしれないと、考えたことは幾度もあった。
少なくとも、食事がカビた固いパンと虫入りスープだけであっても、最初から毒を盛られることはなかっただろう。
今、わたしが元気に生きていられるのは、偏にセレーナお祖母様が与えてくださったという恩寵のおかげでしかない。
本当に、わたしはどれだけお父様から疎まれていたのだろう。
(政略結婚の道具にもならない娘では、仕方がないのかもしれないけれど……)
亜人種の妻など、多額の持参金を付けたところで、下級貴族だって嫌がるに決まっている。
いくら伯爵家との繋がりができたところで、人前に出せもしない女など、“お飾りの妻”にもならないのだから。
そもそも、貴族の家から亜人種を嫁がせること自体が恥なのだ。伯爵家が下級貴族に頭を下げて「頼むから貰ってやってくれ」などと、言えるはずもなければ、言うはずもない。
(それなら、なぜ──)




