220.水も滴る……
「他には?」
背中側もまくって確認した。
行動がほとんど痴女なのは自覚している。往来で男性が女性に対して行ったら、明らかな犯罪行為なのだから。
「よせって! もういいって! 大丈夫だから!」
男性ばかりとはいえ、さすがに冒険者仲間でもない村人の前でひん剝かれて、慌てふためくレッド。
「ちゃんと治さないと、美味しくご飯食べられないわよ! 魚料理もお願いしてあるんだからね!」
ご飯と言われると弱いのか、逃げ腰だった身体が「うっ」と止まる。
「だからってこんな道の真ん中で……」
「自業自得でしょ」
男の羞恥心に構う気はない。
淑女の態度ではないけれど、上半身だけなら人前でひん剝いたところで問題はない、とお姉さんたちから教わっている。
だいたい、道の真ん中といっても、絶えず人が行き交う町の中ではないし、真っ昼間でもないのだから、気にするほどではないはずだ。
「あの……いったん戻って着替えますか?」
おずおずと宿屋の旦那さんが提案してきた。
レッドが水浸しの泥だらけなのを見ての発言である。
確かに、泥水を滴らせながら宴会場に来られても困るだろう。
「心配いりません!」
わたしは笑顔で応えて、レッドに特大の浄化魔法をお見舞いした。
次いで、乾燥の魔法も掛けて、濡れた髪や服を乾かす。
「えらいもんだなぁ」
慣れた調子で連続してかけられる生活魔法に、モントレーさんが感心したような声を上げる。
イザークさんはうんうんと頷いている。
「あ……ごめんなさい。さっきの四人、泥々のまま行かせてしまったわ。あと、わたしの従者が村の方に無礼を働いて申し訳ありませんでした」
従者の失態は主人の責任。わたしは、モントレーさん達に頭を下げた。
「構わない。悪ガキどもにはいいクスリだ。あいつらは元々、宴会に出る気もなかっただろう」
と、気にも留めないイザークさん。
「しかしスゲーな。お前さん、あの四人を相手に互角とは」
と、気に留めないどころか、感心したような口振りでレッドに声をかけるモントレーさん。
悪ガキ四人組は、普段から暴れているから喧嘩慣れしていて、同年代の間では負け知らずらしい。
明らかに、彼らより年下で小柄なレッドが善戦していたので、興味を持ったらしい。鼻っ柱を折られた四人組が、明日からどんな顔をして村を歩くか楽しみだ、と大きく笑った。
「あまり褒めないでください。調子に乗るから」
わたしはレッドを傍に呼んで、改めて二人で頭を下げた。
「……すんませんでした!」
頭を押さえてうながすと、不承不承、形ばかりの謝罪をするレッド。
「ここが田舎の村で、相手が獣人族でよかったわ。これが王都で人間相手だったら、捕まってたわよ」
「……」
人間の冒険者同士でも、怪我をさせた、させられたという状況では揉め事に発展する。下手をすると、役人に突き出されるか賠償責任を問われることになる。
(レッドが本気を出していたら、あの四人は一瞬で死んでいたはず……)
というのは黙っておこう。
いくら身体能力に優れた獣人族で、喧嘩慣れしている若者と言っても、所詮は冒険者でもない素人である。本職の盗賊や暗殺者を相手取るのに比べれば、楽勝だっただろうし、素手で十分に対処できたのだろう。
だからレッドは、半獣化を解いて戦ったし、短剣も抜かなかった。
(短剣が借り物だから、っていうのもあるかもしれないけれど)
キレ散らかしていたくせに、越えてはならない一線だけは弁えていたことは、褒めてもいい。
わたしは押さえていたレッドの頭から手を離しかけ、やはりもう一度手を伸ばして軽く撫でた。
レッドの身体が一瞬、怯えたように強ばった。
「本気を出さなかったのは、えらかったね」
小声で囁いた。
(レッドが本当はもっとずっと強くて頼りになることは、知っているから大丈夫よ)
「ごめん……」
応えるように絞り出された言葉には、今度は何らかの気持ちが込もっていた。そして、強ばっていたレッドの身体から、ふっと力が抜けていつも通りの雰囲気に戻る。
「腹減った」




