218.エルフになりたい㉙猫の困惑
目の前で、レッドが困ったような顔をしていた。
「今、そんな話してねーだろ……」
「だって、借金奴隷になったらレッドはどこかへ行ってしまうのでしょう?」
「……まあ、そうなるな」
レッドは気まずそうに、さらに視線を逸らしてうつむいた。
「もう会えないのかな? 借金奴隷って町の中では見かけないから、どこか遠くへ行ってしまうの……?」
「そりゃあ……見かけねえだろな。基本的に、缶詰めにされて働かされるから……」
「会いに行」
「来るな!」
被せるように遮られた。
「たとえ、場所がわかって会いに来たとしても、オレは絶対会わねえ! 会いたくねえから!!」
思っていた以上の剣幕で拒絶されて驚いてしまった。
「……ごめん」
咄嗟に謝ってから、それもそうかと納得する。自分を借金奴隷に落とした元凶になど、二度と会いたくはないだろう。
「あ……オレのほうこそ、悪ぃ。会いたくねえわけじゃなくて……その……会わせる顔、ねえから……」
などと言い合っているうちに、表からモントレーとイザークが呼ぶ声がして、話はいったん棚上げとなった。
「アリアちゃん、レッド、迎えがきたよ! 行こう!」
呼びに入ってきたリオンは一瞬、わたしたちを見るなり怪訝な顔をした。
「どうしたの? また痴話喧嘩かい?」
「ちげーよ!」
むすっとしたレッドが言い返す。
「なんでもないのよ、リオン。ちょっと、クロスに出された課題が難しくて……」
わたしは適当に誤魔化した。ごめんなさい、リオン。
「助言したくても、俺は魔法のことはあまりわからないからなあ。課題の助けにはなれないけど、他のことなら相談に乗るよ。──っていうかアリアちゃん、それ可愛いね。よく似合ってるよ」
お気に入りのワンピースを褒めてくれたのは、リオンだけだった。
「ありがとう。自分でリメイクしたのよ」
リオンが開けてくれた扉を潜りながら、そんなふうに謙遜してみせる。
「アリアちゃんはお裁縫も得意なんだね」
「貴族令嬢が嗜むような刺繍は苦手よ。わたしができるのは、普段着を仕立て直すことくらい」
服の仕立て直しなど、高位の貴族令嬢がやることではない。
「いや。生活魔法といい、お裁縫といい、十分に凄いと思うよ。アリアちゃんは、きっといいお嫁さんになれるね」
「ふふ、お世辞でも嬉しいわ。ただし嫁ぎ先は亜人種限定でしょうけど」
「あ、ごめん、そういう意味じゃ……」
「わかってるわ。──って、レッド!!」
大事なことを忘れるところだった。
「な、なんだよ」
わたしたちの後ろを付いて歩いていたレッドが、急に名前を呼ばれてびくりとしながら返事をする。
「今後は、わたしが貴族の生まれだっていうことは、内緒にしておいてね。わたし、これからはハーフエルフとして生きることに決めたから」
「え? え?」
レッドはわけがわからないという顔をした。
「宴で余計なことを言わないでね、っていうお願いよ。わたし、この旅が終わっても、お祖父様に孫として認められても、二度と貴族には戻らないつもりだから」
「……」
「ここみたいな村に暮らして、冒険者として生きていこうと思うの」
「……」
「もっと勉強して属性魔法も使えるようになれば、採取や納品以外の仕事もできるようになると思うの」
「……」
「レッド? ねえ、聞いてる?」
途中から、レッドからの反応が薄くなった。
何度か呼びかけると、ぼそっとした呟きが返ってきた。
「わかった。黙ってりゃいいんだろ」
「うん。よろしくね」
*
玄関から外に出ると、律儀にもモントレーおじさんとイザークさんが揃って迎えに来てくれていた。
リオンはずっと二人と喋っていたみたいだったし、クロスもすでに合流していた。そこに宿屋の旦那さんも加わって、わたしたちは総勢七人でぞろぞろと夜道を歩き出した。
途中でやはり獣人族の若者が数名、姿を現した。
けれど、モントレーおじさんとイザークさんが追い散らすより早く、レッドがキレた。
「ちょっと、レッド!?」
ヒト族が獣人の集落に何の用だ! 早く出て行け! と投げつけられた石を、瞬時に獣化させた腕で叩き落とし、四人の若者たちに飛びかかった。
(なんか今日のレッド、情緒不安定だなあ……)




