215.エルフになりたい㉖罠に嵌まる
「三倍だろうと、四倍だろうと、師匠の研究塔なら喜んで買い取ってくれるだろう。十倍以上の本物の精製魔石なら白金貨での取り引きだが、五倍以下の準精製魔石でも大金貨にはなるはずだ。後で紹介してやるから、それまで売らずに持っておけ」
クロスの勢いに押されて、わたしはコクコクと何度も頷いた。
「その魔石、売りたかったんだろう?」
金が必要なんだよな? と確認するように問いかけてくるクロス。
「あ、うん……」
お恥ずかしい話ですが、とわたしは控えめに肯定した。
旅に出てから、まとまった収入がなくなったため、蓄えが尽きそうなのだ。実際、魔石〈小〉は全て売ってしまって残っていない。
「師匠が欲しがるに決まっているから、ぜひ売ってくれ。ついでに生成する瞬間を見せてやったら、狂喜乱舞してチップを弾んでくれるだろうさ」
「わかったわ……」
そう答えても、駄目押しのように念を押された。しつこい。
「絶っ対に、他の奴に売るなよ」
「わかりました。高く買っていただけるのなら、クロスのお師匠様にお売りします」
予約、のようなものよね。
クロスのお師匠様なら、安心して取り引きできそうだから、レッドも文句は言わないでしょう。
それにしても、さっきまで「人前で実演するな」とキツい口調で言っていたくせに、お師匠様の前でいい格好をしたいのだろうか、手のひらを返したように“生成する瞬間を見せてやれ”なんて真逆のことを言い始めた。
(こんな単純作業の実演でお捻りが貰えるのなら、それはそれで嬉しいけれど……)
クロスも意外と俗物的というか、可愛らしいところがある。そんなに自慢の弟子(?)を紹介したいのだろうか……あっ。
やってしまった。
目の前でクロスが悪い顔をして笑っていた。
この人、普段はほとんど笑わないくせに、こういうときだけは、内心ほくそ笑んでいるだろうという微妙な表情を見せる。
「師匠に魔石を売って、生成の瞬間を見せてお捻りを貰うなら、研究塔まで行って顔を合わせないとなあ」
「……あ、あの、あのっ」
わたわたと慌てる私に、クロスは追い討ちをかけるように言った。
「魔法使いの言質だ。今さら違えるのはナシだぞ」
「あ……はい……」
もうそれ以外、答えようがない雰囲気だった。
「前言撤回して、師匠に会いに行く気になったことは、オレからリオンに言っておくから心配いらない。あいつは別に、それくらいの予定変更で怒ったりはしないさ」
クロスは、してやったりという小憎たらしい顔をしていた。
口車に乗せられたのは、わたしの落ち度だ。
引っかかったのは、わたしが悪いのだけれど……なんか納得がいかない。
「わざとやったわね」
「何がだ?」
「とぼけないでよ」
「会いに行ったからって、すぐに編入させられるわけじゃないさ。継母の件が片づくまで待ってもらうよう、オレからも口添えしてやる。もっとも、すぐ編入するなら、継母はこっちで片づけてやってもいい」
いや、それもう“継母の件”ではなく、継母そのものを片づける言い草になってるから。
ここまで積極的に、他人のお家騒動に首を突っ込みたがる人種も珍しい。
「イーリースを片づけても、まだシャーリーンが残っているわよ。そっちはどう片をつけるつもり?」
売り言葉に買い言葉、と試しに尋ねてみる。
「修道院かどこかに放り込めばいい。父親には、娶った後妻が性悪だったせいだと諦めてもらうしかないな。イーリースの悪事の事後共犯として、家督を譲って田舎で謹慎でもしてもらおう」
ずいぶんと、簡単に言ってくれるものだ。
彼女らがやった悪事の証拠は、もうどこにも残っていない。おいそれと断罪なんてできるはずもないのに。
「そうなったら、いいのだけれど……」
ほんの少し、期待を込めてつぶやく。
「してみせるさ。アリアが魔法学園への編入を望むなら」
そして“その辺りは、リオンに頼んでおけば間違いない”と付け足すクロス。
最初からリオンの人脈を頼りに何とかしようという魂胆が丸見えである。
「どうして、そんなにして編入させようとするのよ?」
「才能を無駄にするな」
先ほどのように語気が荒いわけではないけれど、強い口調だった。




