211.エルフになりたい㉒お化け怖い
これについてだけは常々、お祖母様に文句を言いたかった。
寄宿学校からお屋敷に戻ると、わたしが最初に焼き殺した刺客が霊となって、恨みがましい表情で留まっていたのだ。屋敷の改装でわたしの部屋がなくなってしまってからは、庭先をうろうろと彷徨っていた。
何も言わないし、何もしてこないけれど、それを視てからアンデッド系全般が苦手になった。
ギルドに行けば、そんなレイス系のアンデッドをたくさん引き連れたパーティーがいたし、寄宿学校の宿舎にも学生服姿のそれがいた。
(なにより、イーリースお継母様の背後には……)
知らない男性の霊が入れ替わり立ち替わり、付き従っているのが視えた。
町の中にいるレイスのようなものは、私以外の人間には見えていない。
魔法使いにも聖職者系のジョブの人にも見えてはいないようで、みんな平気で正面からぶつかったり、触ったりしながら、何事もなくすり抜けていた。
(見えていたら、仲間の肩に覆い被さっている血まみれのアンデッドのような物体を、放置はしないと思うのよね……)
本物のレイスと違って、存在していることさえ気づかれていないようだった。
町の中で見かける霊は、ダンジョンにいる魔物のレイスと違って、攻撃はしてこない。じっと佇んでいるだけなのだ。
(だいたい物言いたそうな、恨みがましい顔をしているけれど……)
たまに何かを喋っているような個体がいても、わたしには聞く力がないので、相談に乗ってあげることもできない。
つまり、視えるだけで害はないので、視えなければ存在しないのと同じになる。
だから前髪を下ろして、できるだけ視ないように──気づかないようにして過ごしていたのだ。
それだけでなく、魔力の流れや魔法式の内容、魔法陣の詳細までが知りたくもないのに見えてしまうということは、目の使い過ぎみたいなもので、とても疲れる。
特に私の場合、右目から入った情報は全て記憶されてしまう。
学校での授業や、教科書の内容ならそれでいい。むしろ好都合だった。
けれど外では、誰にどんなレイスが何人憑いていて、それがどんな格好や表情をしていたか、一回だけパーティーを組んだ冒険者が、得意げに行使した魔法の魔法式が間違っていたとか(誤字脱字の範囲内だから、威力が半減する程度で済んでいた)、ギルドで見かけた剣士が攻撃力アップの魔法が付与されていると信じて自慢していた剣には、魔法なんて一つも掛かっていなかったとか(付与した痕跡はあったので、剥げ落ちてしまったのだと思われる)、露天を開いている回復術師の魔法陣が歪んでいたとか(何回かに一回の確率で治療に失敗していたはず)、そういう覚えても仕方がないことまでが視界に入ってしまい、記憶せざるを得なくなるので頭が混乱しそうだった。
わたしは黙って、右側の前髪を留めていたヘアピンを外した。
常識の範囲内でいることが大切ならば、やはり右目は使わないほうがいいかもしれない。
(このお花のヘアピン、気に入っていたんだけどな……)
薄紫と青の小花がワンポイントの、小振りの髪飾りである。
買ってもらったときは、確かに嬉しかった。
髪で表情が隠れてしまい、見え難くなることを嫌がったクロスと、リオンがそのほうが可愛いというから、調子に乗って前髪を上げてみたけれど、やめておいたほうがよかったみたいだ。
余計なものが見えなければ、余計なことを言わなくて済む。
クロスにも“常識がない”と言われずに済む。
クロスは、わたしがどうしてヘアピンを外して前髪を下ろしたか、何もわかっていないようだった。
女性が髪飾りをつけるのはお洒落のためであって、これから歓迎会に呼ばれているのだから、わざわざヘアピンを外して髪を下ろす意味がわからない──という顔を、一瞬した。
しかも、ついさっき、これからはハーフエルフとして生きると宣言したばかりなのだ。虹彩異色であることを隠す必要はなくなったのだから、さらに意味がわからないだろう。
「調整するのよ」
わたしは言った。
「魔力を見るのも、古代魔法語を読解するのも、全て右目でやっているの。だから、こちら側さえ隠しておけば常識の範囲内でいられるわ」
無意識にやらかしてしまう回数も減るはずだ、とわたしは事情を説明した。
仮にも師匠になるかもしれない人に対して、隠す必要はないような気がしたから。
左目だけで見た場合、灰皿に入った二つの魔石は、属性と魔力の強弱くらいしかわからない。レッドよりは少しマシ、といった程度だ。魔力の波長なんて、見えもしなければ感じもしない。
他の魔法使いと親しく接したことがないから、これが常識の範囲内なのかどうか、わたしには判断できない。けれど、目立たないようにするのなら、できるだけ凡庸でいたほうがいいのだろう。




