208.エルフになりたい⑲頼りすぎないこと
わたしが生成した魔石は、ギルドの適正価格でも、それなりに高い値段が付く。
けれど、普段から相場を気にかけていたレッドは、普通より高く売り抜けて、儲けを多く出してくれた。
そんな内容のことを、わたしはクロスに掻い摘まんで話した。
わたしは自分の従者が優秀であることを、密かに自慢したかったのかもしれない。
それから、たとえ厄介払い同然に家を出されたのだとしても、収入の当てはあるから心配しなくても大丈夫だ、と。
実家でメイドとして働くしかなかったころの、寝る場所さえなかった状況に比べれば、これでもずいぶんと楽になったのだ。
大丈夫。
わたしは、一人でもちゃんと生きていける。
家名も両親も必要ない。
レッドさえいてくれたら、ちゃんとやっていけるのだ。
だから、心配はしなくても大丈夫。
哀れみも施しも必要ない。
一般的に言えば、わたしの境遇は不幸なのだろう。
ものを知らない子供だったころから、周りの者に囁かれた言葉や、与えられた仕打ち、同年代の級友たちと違いに、それは否応なしに理解させられた。
けれど全ては貴族社会においての話であり、身分を持たない者にとっては、特筆するほどのことではない。
市井には私生児や孤児、隠れて暮らす亜人種のハーフはたくさんいる。貧民街の子供たちや、流民などの人々に比べれば、収入の当てや手段があるだけ、マシなほうなのだ。
下を見て満足するのはいいことではないかもしれないけれど、上を見たところで得られるものは何もない。
ならばわたしは、人間として貴族の家に生まれたことなど、忘れてしまえばいいと思った。
そんな事実は、なかったのだと。
親切や思いやりの気持ちは嬉しいけれど、それもどこからが憐憫なのか、線引きすることは難しい。
他人に同情できる人は、たぶん優しい人なのだろう。でも、人は変わるものだ。
(わたしのお父様のように……)
同族の孤児になら情けをかける人間も、獣人の孤児や流民には冷たくするというのも、よくある話だ。
だから、あまり他人に頼り過ぎないほうがいい。
全く誰にも頼らずに生きるのは無理だけれど、節度や境界線は弁えておくべきなのだ。
クロスとリオンのことは信頼しているけれど、おんぶに抱っこでは、仲間として旅は続けられない。“お荷物”にはなりたくなかった。
(それに──)
頼り切ってしまったら、別れるのが辛くなる。
(どうせ旅が終わったその後に、一緒にパーティーを組もうなんて話にはならないもの……)
レベル差がありすぎるのだ。
彼らの行きたい場所に、わたしはついて行くことができない。
きっと辺境に着いたら、名残惜しいけれど“さようなら”だ。
それまでは、できるだけ対等な“仲間”でいたい。
少しの間だけ、普通の冒険者として旅を楽しみたかったのだ。
必要以上に心配をかけることは、したくなかった。
*
話し終えると、なぜかクロスに舌打ちされた。
「馬鹿が。思い切り足元を見られているじゃないか」
「え?」
どういうことかと問い返す間もなく、腕を取られて部屋から引っ張り出される。
「ちょっと来い。お前ら二人には特別講義が必要だ」
「クロス、いったい何? どうしたの??」
「お前らの無知には、呆れ果てて怒る気も失せる」
「え? え?」
そのまま、宿内の食堂まで連れて行かれて、手近な席に座らされる。
「馬鹿猫は外か?」
「さっき、リオンと一緒に玄関先にいたわ」
退屈したリオンに連れ回されて、移動したかもしれないけれど。
「連れて来るから待ってろ」
ものの数分で、首根っこを捕まれたレッドが連れてこられて、向かいの席に座らされた。
「なんなんだよ。その猫掴みやめろって!」
本物の猫にするように襟首を捕まれて、ほとんど後ろ向きに引っ張ってこられたレッドは、じたばたしながら文句を言っていた。
この宿はもともと民家だったために、食堂といっても便宜上そう呼んでいるだけで、お店のような食堂ではない。大家族が集って食事ができる程度の大きな部屋という意味で、厨房と仕切られてはいるけれど、ほとんど続き部屋のような位置にある。
役職のある人間が泊まりに来た場合は、主人と従者は別に食事を摂るだろうから、一家族が食事できる程度の広さがあれば十分なのだった。
シンプルな木製のテーブルに、わたしとレッドが向かい合って座り、間にクロスが立った。
「さて、無知な生徒諸君に緊急特別講義だ」




