207.エルフになりたい⑱盗賊ジョブの功罪
「定期的に盗品の上魔石を換金していたから、どこかの店の常連だった──とか?」
「ま、まあ……そんなとこだ」
「ふふっ。そんなに気にしなくても大丈夫よ。今さら、前科があるからって返品したりしないわ。むしろ、商売上手で頼もしい限りよ」
盗賊ギルドというものがあって、盗賊という歴としたジョブが存在するとしても、冒険者ではない盗賊はただの盗賊だ。ジョブの特性から、犯罪者扱いされることもめずらしくはない。
実際に、指名手配されている盗賊団には、盗賊ジョブを持った団員もいるとの情報も出回っている。
レッドは、自分が犯罪者同然であることを気に病んでいるのだ。
奴隷の来歴にはいくつかあり、その中に犯罪奴隷と敗戦奴隷という区分がある。文字通り、犯罪を犯して捕まり、労役刑の一つとして奴隷に落とされた者と、敗戦国の捕虜のことだ。
犯罪奴隷の多くは重刑を科された人間であり、鉱山で強制労働に従事している。そのため、町中で犯罪奴隷と遭遇することは少ないのだけれど、犯罪奴隷=重罪犯のような偏ったイメージを持っている人間は多い。
奴隷の上に前科があるとなると、犯罪奴隷と誤解されかねないのだ。
たとえその犯行が、当時の主人の命令によるものであったとしても、手癖が悪い、気性が荒いなどのレッテルを貼られてしまえば、その後の命運を左右する。
前科があるとわかれば、善良な人間に買い取られる可能性は減り、問答無用で返品されることもあるようだった。
誰だって、身近に犯罪者を置いておきたくはない。
だからレッドは言い淀んだのだ。
会ったばかりのころは、わたしのことを冷酷な毒薬使い“アイリス”だと思っていたようだから、投げやりになっていたのだろう。どうせ未来はないと思っていたのか、強盗も殺しも経験があると嘯いていた。
それが今は違うというのなら、たぶんいいことなのだろう。
奴隷はその時々の主人の命令に従って、非合法でも不道徳でも、やれと言われたことはやり遂げなければならない。そうでなければ罰せられるし、生き延びることができない。
それは理解していたから、わたしは“気にしない”と言ったのだ。
実際、経験があるほうが都合がよかった面もある。
そもそも、わたしにはレッドを非難する権利がない。
“前科”というのなら、わたしにも立派な“前科”がある。
正当防衛だったけれど、レッドと違って誰かに命じられたわけでもなく、自身の責任において死に至らしめたのだから、盗賊団で命令に従っていただけのレッドよりも罪が重い。
もちろん、奴隷を買う側の人間には、汚れ仕事をさせるためだけに奴隷を買い、使い捨てにする者がいることも事実だ。
奴隷商会には、そういう用途の者も売られていた。
底辺魔法使いの“アリア”なら知ることはなかっただろうけれど、わたしは奴隷商会には毒薬使い“アイリス”として出入りしていたから、人殺しのための毒薬を扱う──つまりは裏稼業に片足を突っ込んだ女だと思われていた節がある。
そのため、普通の客なら通されないような場所にも案内された。
内容は、ちょっと思い出したくもない。
“アイリス”の仮面を被ってペルソナを偽装していなければ、尻尾を巻いて逃げ出していただろう。
レッドは、商会の地下に“不良在庫”の置き場があることを、果たして知っているのだろうか。
知っていると答えられても、知らないと答えられても、リアクションに困るだろうから、確かめたことはない。
「アリアのおかげだよ。オレのこと信頼して、毎日たくさんの魔石を持たせてくれたから、店主の信用を得ることができたんだ」
一般的な初級冒険者には、一日十個の魔石を入手することはできても、上等なそれを十個となると難しいらしい。
「ううん。全部、レッドの経験が物を言ったのよ。いくら上魔石を持っていても、相場が存在することを知らなければ、儲けることはできなかったのだから」
わたしのことだ。ギルドの適正価格なので、損はしてはいないけれど、大きく儲けてもいない。
だからレッドは、全く自分を卑下する必要はないのだ。
このときの話は、そんな感じの“いい話”で終わった。
レッドが擦れっ枯らしの盗賊団員であったおかげで、魔石は高く売れたし、お気に入りのワンピースも手元に残った。
ここまでの旅でも、とても頼りになる相棒だった。
レッドに冒険者としての素質がなく、王都から出たこともなかったなら、二人して路頭に迷っていたかもしれない。




