202.エルフになりたい⑬シーフの目利き
小鳥から手紙を受け取ったレッドは、アトリエにあったわたしの持ち物を、的確に分類してから処分した。
売れる物は売って旅費を作れとは指示したけれど、まさか、苦労して仕立て直したパーティードレスと、ボレロ付きのお気に入りワンピースが残るとは思っていなかった。
(ちゃんと見ていてくれたんだ……)
男の子に──それも奴隷出身の盗賊の少年に、女物の服の良し悪しがわかるとも思えなかったから、嵩張るドレスやあまり着ていない服などは、持ち出せないだろうと覚悟していた。
アトリエの調合用の材料や器具も、どれが貴重かそうでないかなど、魔法使いでもなければ薬師見習いでもないレッドには区別がつかない。
魔石を始めとして、旅先でも換金できそうな素材や薬、アイテムとしてよく売買されている物など、素人目にもわかる物を中心に残すだろうと思っていた。
しかしレッドは、わたしの蔵書や薬のレシピ、調合に使う器具類などを真っ先に残し、再製造が可能な薬類から先に売ったのだ。
薬草も、採取が簡単なものは売って数を減らし、完成済みの魔法薬も、数本を残してほとんどを売り切った。
驚いたことに、乾燥中だった薬草類──製品でも素材でもない中途半端な状態のもの──までも、上手いこと言って売り切ったらしい。
(旅に出てしまったら、きれいに薬草を乾燥させることができないから、お金になったのなら嬉しいけれど……)
レッドは意外と商売人の素質もあるのかもしれない。
そして、できたお金で魔法鞄を買い、結果的にほぼ全ての物を持ち出すことに成功したのだ。
素材も基剤も数こそ減ったけれど、ほとんど全種類が手元に残った。
しかも、購入した魔法鞄は、冒険者用のそれではなく、普通の旅人用の旅行鞄だった。魔法が掛かっていて、見た目より多くの物が入るのは同じだけれど、冒険者用よりは小型化に特化していないため、やや値段が安い。
レッドは、二つの旅行鞄を安く手に入れ、いつも使っているポーチと合わせ、大小四つの魔法鞄に全財産を詰め込んだのだ。
わたしが本や服の選別、荷造りの上手さを指摘すると、先ほどの調子でそっぽを向きながら、事もなげに言ってのけた。
「金目の物も見分けられねえんじゃ、盗賊団にはいられねえよ。他人が大事にしている物も、貴重品も、しまい方を見ればわかる」
「すごいね……」
盗賊というのが、そんな能力に長けているとは知らなかった。
わたしが素直に感心して褒めると、ついにレッドは居心地悪そうに黙り込んでしまった。
「……どうかした?」
わたしは、回り込んでレッドの顔をのぞき込んだ。照れ隠しのネタが尽きたというにしては、表情が暗い。
「褒められるようなことじゃ、ねえよ」
「?」
「普通のダンジョン・シーフなら、商家や民家の物色の仕方なんか、知らねえもんさ。盗品の売り抜け方とかもな」
それを聞いて、わかってしまった。
レッドは盗賊のジョブを持っているけれど、冒険者としてではなく、本物の盗賊団──窃盗団にいた経験のほうが長い。
本当は、冒険者としてダンジョンを探索する盗賊になりたかったにも関わらず、何の因果か窃盗を生業とする者たちに、こき使われることになったのだ。
たまたま、ダンジョン・シーフを必要としている冒険者がいなかった時期に窃盗団との契約を入れられ、なし崩し的に各地の盗賊団をたらい回しにされたらしい。
(わかったからといって、どうすることもできないのだけれど……)
奴隷商会は料金さえ払ってくれれば、客の身分や生業は気にしないものだ。明らかに関わりを持ったら拙い、指名手配されたような者ではない限り、専門職と窃盗団員の区別などしない。
だから、悪評高い“アイリス”でも奴隷を契約することができたのだ。
いわゆる蛇の道は蛇というやつで、客層に合わせて奴隷の種類もピンからキリまで揃えてあるのが大手の奴隷商会というものである。
その品揃えの中で、レッドは運悪く“窃盗団に遣っても問題ない奴隷”に分類されてしまったのだ。




