201.エルフになりたい⑫小鳥のダンス
そうして軽口を叩きながら決めた連絡方法の一つが、小鳥を使ったものだった。
真剣な話をしていたはずなのに、なんだかとても楽しかった。
秘密の暗号を決めるなんて、冒険小説の主人公みたいだ、とそのときは呑気に思っていた。
(まさか、本当に使うことになるとは思わなかったけれど……)
わたしが、右目の恩寵で鳥や動物と同調できることを教えてから、合図の一つに小動物を介したものが加わった。
基本的には、小鳥を使う。リスやネズミよりも、行動範囲が広いし、同調も楽だからだ。小鳥ならば、ローランド寄宿学校の庭にも、ヴェルメイリオ家の敷地にもいる。
窓の側の、見える範囲に寄ってきてくれなければ使えない技だけれど、右目の恩寵はテイマーのスキルと違って、テイムしていない動物にも通じる。
場合によっては、植物にも。
わたしが恩寵の力を使って“お願い”をすれば、なぜか大抵の小動物は頼みを聞いてくれる。
ただし、王都の中では成功率が低くて三回に一回くらいは無視されるし、あくまでも“お願い”だから、無理強いはできないのだけれど、連絡手段としては悪くはない。
小鳥はわたしの頼みを聞き入れて、窓辺にも近寄ってくれるので、脚に手紙を結びつけて運んでもらうこともできる。
もちろん、文鳥や伝令鳥のように手紙を運搬する訓練を受けた鳥ではないため、行き先を伝えても理解はできないけれど、そこはわたしが視界を同調することでカバーできた。
手紙を託せる環境でなければ、小鳥にレッドの傍まで行って、ダンスを踊ってもらう。
左右にステップを踏む、回る、羽を広げるなどの簡単なダンスの種類によって、あらかじめ決めた内容が伝わるようにしておいた。
小鳥の力を借りられる状況にない場合は、別の生き物を使うことになる。当然、窓がなければ鳥を呼び寄せることができないからだ。
地下や窓のない部屋に監禁された場合には、ネズミや蝙蝠、最悪は爬虫類や昆虫を使うことになる。
爬虫類や昆虫は、あまり同調には適さないけれど、贅沢は言えない。つまり、合図に使う生き物によっても、だいたいの場所や環境、緊急度が伝わる仕組みだった。
今回は幸い、軟禁されていたのが普通の部屋だったことと、外部と連絡を取る手段を封じられなかったために、簡単に小鳥を呼び寄せることができた。
屋敷の人間は、わたしが外に助けを求めるとは全く考えていなかったのだ。
そもそもお上品な貴族屋敷の者たちは、女子供というのは非力な存在であり、一人で逃げることなどできないと信じている節がある。そして、他家の令嬢を攫ったわけでもないのだから、外から助けが来るとも考えていない。
閉じ込められたのは屋敷の中で最も粗末な空き部屋で、埃だらけだったけれど、軽く開閉できる窓もあったし、鞄を取り上げられたわけでもなかったから、軟禁されていることと、辺境行きになった事情を伝えることができた。
合図はこちらから一方的にしかできなかったし、小さな紙切れに書ける程度の文章では、内容が正しく伝わったかどうかもわからない。
けれど、レッドなら意を汲み取ってくれると信じていた。
約束では、どこにいても必ず助け出すと言ってくれた。
だから手紙には、助けに来なくていいと書いた。
それよりも、アトリエを畳んで長旅の準備を整えてから、わたしが乗せられた馬車を追ってほしい。おそらく途中の町か村で合流できるはずだから──と。
絶対に御者は、辺境までわたしを乗せて行くはずがない。そう遠くない町か村で、わたしのことを放り出すはずだ。そう踏んでの内容だった。
かくして予想通りになり、わたしは箱馬車から下ろされた場所のすぐ近くで、レッドと再開することができたのだ。
「空気読んで仕事しねえと、獣人奴隷なんざ、盗賊団じゃあゴミ同然だからな。──それに、こっそり後を付けたり、タイミングを計って奇襲をかけたりするのは盗賊の得意技なんだぜ?」
わたしが何度も感謝を述べると、レッドは自己卑下だか自慢だかよくわからないことを言い、照れたようにそっぽを向いていた。
下手をすると“助けに来なくていい”と書いた一文だけが一人歩きして、ひどい誤解を生んだかもしれないのだ。
わたしは小鳥に手紙を託した後、その可能性に気がついて肝の冷える思いがした。
レッドの機転の利いた行動には感謝しかない。




