五節 そんな話は犬も食わない
「……で、服の感想は何もなし、ですか……」
「あ、あぁ……うん。似合ってるぞ。いつもより、こう、儚げというか、幼い感じだ」
「……つまり?」
「可愛い。俺好みだ」
「……ふいっ」
そっぽを向いてしまった。ふいって、口で言うか、それ……
「あーご主人様ロリコンなんだー!」
「違ぇよ! 変な風評をばら撒くんじゃない!」
「え、違うの……? 私はてっきり……」
「お前もかパン少女よ……」
「……確かに、この中で比較的大人びてるのは私くらいですね」
「え、私も割と落ち着いた感じだと思うんだけど」
「あなたは……まぁ、話さなければ、それなりには……?」
「うん。遠回しに子供っぽいって言ってるよね?」
「じ、じゃあ……」
「うん?」
「わ、私の背が伸びても大丈夫、かな……?」
「かわいい」
「かわいいです」
「かわいいな」
パン少女はリンゴみたくなっていた。こいつはよく赤くなるな。疲れないのだろうか?
「……で、どうする? 買い物が済んだなら帰るか」
「うーん……あ、そうだ! ご主人様、私の服選んでよ」
「うっ、やはりそう来たか……服のセンスないぞ、俺」
「いいから、ね?」
「……私は買いたい本があるので上の階にいますね。あと、私にも今度、服選んで下さい」
「お、おう」
「あ、私も本屋行く。漫画なら500円で買えるし」
「ね、行こ。ご主人!」
「あぁ、分かった」
結局押し切られ、二人でさっき出てきたのとは違う服屋に入る。こっちの方が大人っぽい服が多い、らしい。あの短時間でハシゴしてたのか……やはり女の子は買い物慣れしている。俺のようなぼっちには想像も及ばない世界だ。
「……さぁ、ご主人様。どの服が良い?」
「え、いきなり俺が選ぶのか!?」
戸惑う俺を前に、ただにっこりと笑っている。前々から思っていたが、こいつの笑顔はなんとなく怖い。目が笑っていない笑顔って、こんなにも見る者に恐怖を抱かせるのか……
「普通に笑えば可愛いのにな……」
「……へっ?」
「あぁ、いや……」
声に出てしまっていたか。ぽかんとして突っ立っている彼女から目を逸らし、とりあえず近くの服から似合いそうなものを探す。
「これとかどうだ?」
「……ちょっと、きつそうかな。その……胸が……」
「っ、あ、あぁ……そうか……」
一体何の罰ゲームだこれは……
そんなこんなで色々とどぎまぎさせられながらも、とりあえず何着か合いそうなものを見繕って彼女を試着室に押し込み、カーテンを閉めて一息つく。
「はぁ……」
「……あなたも入る?」
「入らない!」
「そう? 残念」
この駄犬は……ご主人様をいじめてそんなに楽しいか?
「……ねぇ」
「なんだ?」
「前に、言ったよね……? 君も、あれを見てたのか、って」
「あー、そう言えば寝ぼけてそんな事言ってたよな、お前」
「ううん。私じゃなくて、あなた。昔、旧部室棟の脇で……」
「……あぁ……」
言われてみればそんな事もあった気がする。冬はことさらに、自分が一人だと感じる事が多い。そう言えば、あの時も誰か女の子に会ったような……
「そうか、あの時の彼女も、君なのか……」
入学式の日の傘少女であり、冬の日の君であり、後ろの席の女子であり、愛すべき俺のペット……
驚いた。俺がこの世界でただ一人、孤独だと思っていた時も、彼女はいつだって俺を見ていたのだ。
「うん。ねぇ、あの時あなたは、何を見ていたの?」
「……桜を見ていた。すっかり葉の落ちた裸の桜を……入学式の日に、一緒に桜を見た女の子がいるんだ。その子の事を、思い出していた」
「……なんだ。私と同じものを、見てたんじゃない……」
あの冬の日、俺と彼女は確かに同じ場所で同じものを見ていた。同じ、傘の上で滲んだ雨の日の桜を。
俺と彼女は、確かに共にいたのだ。ずっと……
「あなたは今、一人?」
「違う。三人の少女と出会った……いや、出会っていたと気付いた。俺にはもったいないくらいの、自慢のヒロイン達だ」
「今は、寂しい……?」
「いいや、全く。嘘みたいに賑やかで、退屈しなくて助かる。本当に……楽しいよ」
「……そう。よかった……」
カーテンが開く。そこには、目に涙を湛えた、あの日の少女がいた。俺は彼女に近付くと、そっと額にキスをした。
「……あなたがキス魔だったなんて、知らなかった」
本当だ、俺も知らなかった。




