六月最後の土曜日 3
その後は、彼女の希望でメリーゴーランドとコーヒーカップにもう一度乗った。何というか、アトラクションが多い方ではないこのパークを、これほど楽しみ尽くした奴も他にいないだろうと思う。
彼女は相変わらず心配になるくらいテンションが高くて、そんな彼女をたしなめたり、セクハラされたり、その報復をしたりしていたらあっと言う間に時間は過ぎて、いつの間にか日がだいぶ傾いてきていた。
そろそろいい時間だ。俺も良い加減腹を括らねば。
「……さて、じゃあ観覧車に行くか」
「そうだね」
彼女の表情は読めなかった。
観覧車乗り場に着いて、しばらく並んでいる間、彼女は無言だった。理性的で淡々としていて、それでいて驚くほど大胆で、そんな彼女でも緊張したりするのかと思うと、何だか妙に愛らしく感じる……と同時に嗜虐心も大いにくすぐられる。これがギャップ萌えか……!
しばらくして、俺たちの番が来た。係員の指示に従ってゴンドラに乗り込む。当然の如く隣あわせの位置。扉が閉められ、ゆっくりと乗り場が遠ざかっていく。薄暗い密室の中、告白にはもってこいのシチュエーションだが、頂上はまだ遠い。
「……今日は、付き合ってくれてありがとう」
「こちらこそ、楽しかったぜ」
本番はこれからだけどな。再び沈黙が空間に満ちる。先ほど彼女を愛らしいなどと言ったが、今の俺は彼女の倍は緊張している自信がある……何たって告白を受けるなんて初めての経験なのだ。緊張するなという方が無理な話だ。
さらに言えば、まともなデートをする事自体が初めてで、場所を調べて予定を立ててと、昨日から慣れない事ばかりだった。
長椅子の両端に座って、景色も見ずに気まずさにただ耐えながら……何という青春だろうか。我ながら、らしくない事をしている。
円周の1/4を過ぎた頃、彼女が再び口を開いた。
「……さっき、俺で良いのかって訊いたよね?」
「……あぁ」
「理由は、やっぱり分からない……でも、これはきっと、縁、なんだと思う。手放したくなかったから、私は行動した……その結果が、今のこの気持ちだよ。もう、私の一部なんだ……」
やっぱり、歪だ、と思った。ある日たまたま顔を合わせただけの他人。もう二度と会う事もないだろう、そんなありふれた出逢いと別れ……何も特別な事じゃない。
それを、縁だと彼女は言う。
「……だから、君以外には考えられないの。一年前、入学式の日、下らない事を言いながら一緒に帰ったのは君だから」
「……」
下らないて……いや確かにそうだけど。俺もそう思ったけど。
「私が理解できなくて、知りたいと思って、どうしようもなく惹かれたのは君だから」
ゴンドラが頂上に近づく。夕焼けは遠く、赤く、ただただ眩しい。
「私が友達伝いに色々調べたり、こっそり一緒に帰って擬似下校デートしたりしたのは君だから」
おい初耳。
「わたしが……一緒にいたいと思ったあなたは、あなただけだから……」
彼女の声が震えている。これから彼女に言わなければならない事を思うと、西日が俺を責めているようで、酷く心が痛んだ。
彼女が呼吸を整える。ゴンドラが頂上に達するのを合図に、口を開いた。
「私の……ご主人様になって下さい」
「悪いがそれは……は?」
夕焼けの空は分厚い雲に覆われ、降り出した雨の向こうで少しずつ闇に沈み始めていた。
このゴンドラと共に、俺も闇の中に落ちていくような気さえする。俺はどうしようもなくここから逃げ出したい衝動に駆られた……




