番外編 神々が消えたその後のシャイン
神々がこの世から消えてから、しばらくの時間が流れていた。
世界は静かだった。
天上界はもうない。
神々の力もない。
だが人々は変わらず生きていた。
そして今――
三人の旅人が、ゆっくりと森の中を歩いていた。
ホープ。
サフィ。
そしてシャイン。
神でも英雄でもない。
ただの旅人として、三人は世界を巡っていた。
森の奥へと続く細い道を歩いていると、シャインが足を止めた。
「……ここだ」
前方には、小さな古い小屋があった。
木で作られた質素な家。
屋根は少し傾き、壁には苔が生えている。
長い間、人の手が入っていないことがすぐに分かった。
サフィが静かに尋ねる。
「ここは……?」
シャインは少しだけ視線を落とした。
「母と暮らしていた場所だ」
その言葉に、サフィは驚いたように目を瞬かせる。
ホープは小屋を見つめたまま、静かに言った。
「そうか」
少し考えてから、穏やかに続ける。
「今日はここで休まないか」
シャインがちらりとホープを見る。
ホープは続けた。
「墓参りもしたい」
「それに……」
小屋を見上げる。
「一日くらい、ここで過ごしてもいいだろ」
サフィがぱっと笑う。
「いいね、それ!」
そしてシャインの方を見る。
「ね?」
シャインは小さく息を吐いた。
「……好きにすればいい」
どこか仕方ない、という言い方だった。
だが二人にはそれで十分だった。
三人は小屋の扉を開ける。
中は思った通り、埃だらけだった。
床には枯れ葉が入り込み、家具も古びている。
サフィが腕をまくった。
「よし、ちょっと掃除しよう!」
ホープが笑う。
「任せた」
「え、手伝ってよ!」
「言い出したのはサフィだろ」
そんなやり取りをしながら、三人は軽く掃除を始めた。
窓を開けると、森の風が流れ込む。
空気が少しだけ動いた。
サフィはベッドの横にある小さな机を拭いていた。
そして引き出しを開ける。
中には一冊の古い本が入っていた。
「……あれ?」
サフィはそれを取り出す。
「シャイン、これ見覚えある?」
シャインが振り向く。
サフィの手には、古びた一冊のノートがあった。
シャインはそれを受け取る。
表紙は擦り切れている。
だが見たことはなかった。
「……ないな」
シャインはゆっくりとページを開いた。
そこには、丁寧な文字が並んでいた。
シャインの手が止まる。
母の字だった。
シャインは静かに読み始める。
⸻
今日もシャインは本を読んでいる。
あの子はとても優しい子だ。
私の誇りだ。
⸻
シャインの指が少しだけ震える。
ページをめくる。
⸻
この子は光のような子だ。
だから私はこの子の父である感情の神様と相談をし、
この子をシャインと名付けた。
もしこの子が一人ぼっちになる日が来ても、
私はずっとこの子を愛している。
⸻
シャインの目が揺れる。
ページをめくる。
⸻
感情の神様にも、いつかこの子を会わせたい。
愛する我が子の成長を。
⸻
そこには、たくさんの言葉が綴られていた。
日々の小さな出来事。
本を読んでいたこと。
笑ったこと。
拗ねたこと。
すべてが、大切そうに書かれていた。
日記は――
母の愛で溢れていた。
シャインの視界が滲む。
ぽたり。
日記の上に、雫が落ちた。
シャインはしばらく動かなかった。
ただ日記を見つめている。
そして小さく呟いた。
「……俺は」
声がかすれる。
「愛されていなかったと思っていた」
言葉が途切れる。
「……違ったのか」
ホープは何も言わない。
ただ静かに隣に立っていた。
サフィも黙って見守っている。
シャインの頬を、一筋の涙が伝った。
自分でも気づかないうちに流れていた。
シャインは日記をそっと閉じる。
胸の奥に、これまで感じたことのない感情が広がっていた。
それは怒りでも、憎しみでもない。
温かい何かだった。
シャインは小さく息を吐く。
「……母さん」
声はとても静かだった。
その後、三人は森の奥へ歩いていった。
そこには小さな墓があった。
シャインは墓の前に立つ。
しばらく何も言わなかった。
やがて、静かに目を閉じる。
そして心の中で呟いた。
――ありがとう。
森の風が優しく吹いた。
ホープとサフィは、少し離れた場所で静かに待っていた。
やがてシャインが振り向く。
涙の跡は残っていたが、その表情は穏やかだった。
サフィが笑う。
「じゃあ、行こうか」
ホープも頷く。
三人は再び歩き出す。
世界は広い。
まだ見たことのない景色が、たくさんある。
神の時代は終わった。
だが――
新しい物語は、まだ続いていく。
三人の旅は、これからも続くのだった。




