番外編 シャイン7歳①
シャイン 七歳
シャインは父を知らない。
生まれた時から、ずっと母と二人で暮らしていた。
彼が生まれ育ったのは、感情の神が統治する土地だった。
その土地には、エルフ、人間、魔族が共に暮らしていた。
だが「共に暮らす」と言っても、決して穏やかな関係ではない。
森ではエルフが縄張りを主張し、
町では人間が力を持ち、
荒野では魔族が勢力を広げている。
それぞれの種族が互いを警戒し、時には争う。
そんな、どこか張り詰めた空気の土地だった。
シャインはその中でも、エルフの集落で暮らしていた。
森の奥にある小さな家。
そこが、母と二人の住まいだった。
母は朝早くから働きに出る。
森で薬草を採り、町で売る。
時には遠くまで歩き、夜遅くに帰ることもあった。
生活は決して楽ではなかった。
食卓に並ぶものは質素で、服も何度も繕われたものばかり。
それでもシャインは、自分が不幸だと思ったことはなかった。
母はいつも優しかったからだ。
疲れて帰ってきても、必ずシャインの頭を撫でる。
「今日もいい子にしていた?」
そう言って微笑む。
その笑顔があれば、シャインには十分だった。
ただ一つだけ、少し寂しいことがあった。
シャインには友達がいなかった。
集落の子供たちは、シャインと遊ぼうとしない。
理由は、シャイン自身にもなんとなく分かっていた。
彼は少しだけ、他のエルフと違っていた。
耳の形も、瞳の色も、微妙に違う。
そして何より――
シャインには父親がいない。
子供たちはそのことをよく知っていた。
だからシャインは家の中で過ごすことが多かった。
古い本を読むのが好きだった。
母がどこかで手に入れてきた本だ。
遠い国の話。
英雄の物語。
神々の伝承。
本の中の世界では、誰もシャインを奇妙な目で見ない。
それが、シャインには心地よかった。
⸻
ある日の朝。
母は出かける前に、小さな紙をシャインに渡した。
「おつかい、お願いしていい?」
紙には買うものが書かれていた。
パン、乾燥肉、薬草の束。
町の市場で手に入るものだ。
シャインは頷いた。
「うん」
母は安心したように微笑む。
「気をつけて行ってきてね」
そう言ってシャインの頭を撫でた。
⸻
森の道を歩き、シャインは市場へ向かった。
その途中で、後ろから声が聞こえた。
「おい」
振り向くと、同じくらいの年のエルフの子供たちが立っていた。
三人ほどいる。
一人がシャインを指差した。
「また一人でいるのかよ」
もう一人が笑う。
「やっぱり変なやつだな」
シャインは何も言わない。
こういうことは、今まで何度もあった。
慣れていた。
子供の一人が言う。
「なあ、お前の父親ってさ」
「人間なんだろ?」
別の子供が言う。
「いや、魔族だろ」
「だからこんな目してるんだ」
そしてはっきり言った。
「お前、エルフじゃないだろ」
「ここから出ていけよ」
シャインは黙って立っていた。
反論しない。
何を言っても、変わらないと知っているからだ。
だがその時、一人の子供が笑いながら言った。
「そういえばさ」
「お前の母ちゃんって」
言葉を区切る。
「変な男に捨てられたんだろ?」
その瞬間だった。
シャインの胸の奥で、何かが弾けた。
怒りだった。
母のことを悪く言われた。
今まで我慢してきた言葉とは違う。
胸の奥が熱くなる。
息が荒くなる。
次の瞬間――
森の空気が揺れた。
風が吹く。
最初は小さな風だった。
だが一瞬で、それは突風になった。
「うわっ!」
子供の一人が吹き飛ばされる。
地面を転がり、木の根にぶつかって止まった。
残った子供たちは凍りつく。
森の葉が激しく揺れている。
まるで見えない力が暴れているようだった。
子供たちは震えながらシャインを見る。
「お、お前……」
「何したんだよ……」
恐怖の目だった。
シャイン自身も呆然としていた。
自分の手を見る。
何が起きたのか分からない。
ただ――
胸の奥にはまだ、強い怒りが残っていた。
そして子供たちは、ゆっくり後ろへ下がる。
誰も近づこうとしない。
恐れるように。
シャインを見ていた。




