第二十五話 あいつはどうすんの?
ライブラリの中は暗く、ところどころに灯るランタンしか光源がなかった。そのランタンも奥の方は消灯されていて完全に暗闇だ。
オレンジ色の明かりがリースの顔を下から照らしていて、不気味に見えた。なにかよからぬことを目論んでいそうな笑みを浮かべている。
「リースくん、ボクたちの車はどろんこの中に沈んじゃったんだよ」
リョウは少し悲しそうにリースに告げる。リースはそんなことはとうに承知だといった風情だ。
「引き上げるように手配しよう。場所はわかっているんだろう」
「ああ、場所はわかる。それと頼みがあるんだが、車の燃料が必要なんだ」
ケンイチはリースが車に興味を持っていることを知り、交渉を進める。
「なにを燃料にしているのかな」
「ガソリンという石油を精製したものなんだが、このあたりでは手に入らないだろう。石油は車に積んであるから、フォーレンの技術力でガソリンを作ることができないだろうか」
「分かった、試してみよう。この端末も動かせないし、まずは車を引き上げる必要があるな。今日はもういいよ。アヤ、彼らを冒険者ギルドまで案内してあげて」
「はい、承知しました」
「リースくん、また遊ぼうね!」
リョウは元気よく挨拶する。
とりあえず面会は一旦終わったようだった。ライブラリを出るときに、さっきのライブラリアンと行商人が面会している姿が見えた。暗くて遠目なのでよく見えないが、その背中はハモンドにも似ているような気がした。
「あれ、ボクの描いた絵がない」
部屋に戻ると、食事のあとは片付けられベッドのシーツもきれいに整えられていた。
ユウカとリョウが描いたらくがきも片付けられてしまったようだ。代わりに新しい紙と羽根ペンが置かれている。
「ちゃんとランドセルに入れとかないから」
「いいよ、また描けばいいもん」
リョウは自分の描いたものがなくなったことは、さほど気にしていないようだった。
「このあと、冒険者ギルドにいくの?」
「そうだな。ギルドに登録しておかなければ面倒なことも多そうだ」
ユウカの質問に、ケンイチは荷物の整理をしながら答える。
「別にいいんだけどさあ、あいつはどうすんの?」
ユウカはヒロトのことをいっているのだ。
盗聴されている可能性を考えているのか、名前を口にすることは避けているようだ。
「とりあえずは、四人で登録しておいて、パーティーメンバーが増えたらあとから登録しなおしても大丈夫なんじゃない?」
「それはそっか。そんなことより、早くスマホ返して欲しいな」
ユウカはソファーに座って足をバタバタさせている。
「ご用意はできましたか。冒険者ギルドまで案内します」
アヤが部屋のドアを開けて入ってくる。
「あっ、アヤちゃんだ。ねえ、アタシのスマホいつ返してもらえるの?」
「車とやらを引き上げてからでしょうね」
「むうー」
「荷物は置いていってもかまいませんよ。またこちらの部屋に戻ってきますから」
全ての荷物を持った私たちを見て、アヤは淡々と告げる。
「え、宿屋を探そうと思っていたんですけど、この部屋いつまで泊まってていいんですか?」
「ライブラリアンとの面会もまだ続くでしょうから、しばらくはこちらに滞在していただけると手間が省けるかと」
「それはありがたいが……」
ケンイチは言葉を濁す。
宿代が節約できるのは助かるが、盗聴の心配や、ヒロトが戻ってきたときの言い訳も考えなければいけない。ここではヒロトは死んだことになっているのだ。
「では行きましょう」
アヤは私たちに部屋を出るように促した。
冒険者ギルドは中枢からかなり離れたところにあった。モノレールに乗り、湿地と中枢の中間くらいの地点にある。
「ありがとう。あとは大丈夫だから、君は戻ってもらってもかまないが」
「いえ、リース様からあなたたちパーティーを見張るようにいわれています」
「ボクたち、逃げたりしないのにねえ」
それほどまでに、ライブラリアンはスマートフォンや車に興味を持っているのだろう。交渉の材料になるのはありがたいが、見張りをつけられるのはいささか窮屈だ。
イラミザの人々の朴訥さを懐かしく思う。
「ここがフォーレンの冒険者ギルドです。湿地側と王都側に拠点がひとつずつありますが、ギルドとしては同じ組織になります」
「こんにちはー、ボク山田リョウくん!」
リョウがブリキの扉を開けて、元気よく挨拶をする。
イラミザの冒険者ギルドよりも幾分広いが、室内は概ね似たような作りだった。
壁に掲示板があり依頼の紙が貼られている。いくつかのテーブルと椅子が置かれ、樹脂製のカウンターの向こうには案内係の若い男性が立っている。
「こちらのギルドは初めてですか?」
「ああ、このパーティーメンバーで登録をしたいのだが」
「アヤちゃんも一緒に登録する?」
「いえ、私は冒険者ではありませんので」
リョウの誘いを、アヤは丁重に辞退する。
「フォーレン以外の町でのギルド登録はありませんか?」
「ない」
イラミザを発つとき、ギルドマスターのラインハルトから冒険者ギルドを抜けるようにいわれた。
機械都市フォーレンでは、ギルドのかけもちが許されていないらしい、とのことだったが、どうやらその情報は正しかったようだ。
「では、四人での登録ですね。メンバー一人ずつ、こちらの登録証をお持ちください。衛兵から身分証明を求められることがあります。その場合は提示してください」
「これ、ポケットに入らない。折りたたんでもいい?」
ユウカが紙の登録証を不服そうに眺める。
「どうぞ。破らないようにしてくださいね」
「ボク、ランドセルにいれとく!」
「こら、そんな入れ方したらくちゃくちゃになっちゃう」
リョウが登録証をランドセルに適当に突っ込んだので、取り出して連絡帳に挟んでから入れ直す。
「仕事の依頼はあちらに掲示してあります」
掲示板の前には数人の冒険者がいた。皆、旅人らしくはなく、フォーレンという都市に随分と馴染んでいるように見えた。




