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第9話

なにやら白いものが見える。それが部屋の天井だと気づくのに10秒。

周りを見回すとクマやらペリカンやらの人形が見える。そうか、ここは沙愛の部屋。


「あ、兄さん...起きたんだ...」

沙愛の声がする。紫苑はようやく記憶を取り戻してきた。沙愛がチューハイを飲んで酔っ払って、裸で紫苑に抱きついてきて....そういえば


「沙愛、もう酔いは覚めたのか?」

「う、ぅん...も、もう大丈夫...」

声にいつものハキハキさがない。まぁあんなことがあった後だからしょうがないが...壁にかかった時計は午後11時を指していた。

「3時間近く寝てたのか...俺」

「う、うん」


裸の妹に抱きつかれて失神、その後3時間寝てるとは随分情けない話であるが。

「そ、その俺も悪かった。もっといい方法があったかもしれないのに...いきなりドアを開けたりして...」

「ううん..間違ってチューハイなんか買って、気づかずに飲んだ私がいけない」

そこまで分かってるのな、なら話は早い。


「よし、さっきのことはお互いわすれよう!なかったことにしようじゃないか!」

なんともカッコ悪い台詞である。しかし、こうするのが最善じゃないかと思う。

「そのことなんだけど...私、兄さんに何をしたか覚えていないの。」

なん...だとっ?あんなことをしておいて覚えてないオチかい!と、心の中でつっこんだがそれならそのほうがいい。


「あー、うん、覚えていないなら大丈夫だ。気にすることはない。」

「それが...兄さんに破廉恥なことをしたような気がして....」

そこだけおぼえとるのかいっ!なんて不都合な!しかしここで否定してしまえばこの話は終わりにできる。

「あー、特に破廉恥なことなんてしてないぞ。お前が酔っ払ってなにやら意味のわからない言葉を吐いてたってだけで。」

「ほんとっ♥︎ならよかったぁー♥︎そそ、兄さん!いま《金曜の11時にやってるテレビ》やってるんだ!見に行こ!」

変わり身はやっ、語尾にハートマークまたついてるし。


まぁ、これで納得してくれたならそれに越したことはない。しかし、これで今日の出来事は紫苑の中でだけの思い出になったわけだ。はたしてこれから妹の顔を直視できるだろうか....。

「まぁ、しょうがないっか。今日のことは忘れよう。」

それが紫苑の出した答えだった。


4月11日水曜日。世間では学校や仕事が普通にある日である。

ゆううつな月曜日を乗り越え、火曜が過ぎ、1週間の3日目という1番、体調的にも活力にあふれる曜日じゃないだろうか。


しかし、紫苑は、朝から制服ではなく私服で外へ出ていた。なんと学校の創立記念日なのである。

入学式から3日目で創立記念日とはいかがなもんかと思うが、くれると言われる休みをもらわないやつは少ないだろう。


パーカーにジーンズ、スニーカーというラフスタイルで紫苑は繁華街を歩いていた。

空は青空3:7雲といった割合だろうか、少し肌寒くも感じた。今紫苑が歩いているのは、紫苑が住む地区では1番活気にあふれている場所。カラオケやゲーセンといった娯楽施設、見覚えのある大手企業の看板も見える。


そんな中、紫苑が向かったのは大通りから一本、西にそれた場所にある公園だった。

都会の真ん中とは思えない自然っぷりで、満開の桜、秋には綺麗に街を彩るであろう紅葉の木などがたくさん植えられている。


平日の昼間である。公園にいるのは小さい子連れの母親グループが数人、リストラでもされたのであろうか、ベンチに座りこうべを垂れる中年男性の姿もあった。

そんな中、紫苑は公園の奥の方にある丘のようになっているところに腰を下ろした。そしておもむろにカバンから本を取り出す。

○○先生の新作《○△○△○△》であった。紫苑はこの公園のこの場所で好きな作家先生の本を読むのを楽しみの一つとしていた。一番、自分を落ち着かせられる。なにか考え事があるときも紫苑はここへ来ることが多かった。


むろん、考え事なんぞ今はない。読書に没頭できるはずだ。本を読み進めていると、ふと下の方に子連れの男性が見えた。

おそらく父親と息子だろう。ボールとバットを使い、野球をしている。その親子を見ているうちに、紫苑の頭には過去の映像が流れていた。


家族3人で囲む夕食。父・白鴉、母・千星、紫苑。

紫苑は母親のとなりで口の周りを汚しながら、小さく砕かれた肉を頬張っていた。

どこにでもある普通の家庭、普通の食事風景。

父親も紫苑によくかまってくれて楽しい日々だった。そしてその日々がずっと続くと思っていた。


白鴉は32歳の若さにして衆議院議員に当選、当然家計は安泰。母親も家事と育児に専念することができ、なんの不自由もない生活だった。苦労なんて考えたこともなかっただろう。


しかし、そんな生活は突然終わりを迎える。いや、突然ではなかったのかもしれない、予兆的なものはあったのだ。

その頃、白鴉は「今、政治が大きく動こうとしている、俺たち議員も忙しい。帰りが遅くなるかもしれない」と、言っていということを紫苑は、千星の親友であった紅の母から聞いていた。


以下は聞いた話になるが、その頃は政治は安泰していて、忙しいどころかむしろその逆、議員たちの仕事の時間は少ないくらいだったらしい。

しかし、政治にうとかった千星はその白鴉の言葉を信じていたという。紅の母は「あくまで予想だけれど」と前置きして「その頃、白鴉の不倫が始まったのではないか」と言っていた。紫苑もそれが正しいと思う。千星が家にいることが多かった以上、不倫ができるとしたらその時間だろう。


そして、1度崩れかけた歯車はどんどんと崩れていく。白鴉が家に帰る時間はますます遅くなり、ついには帰らないこともあった。それからは紫苑も知っている通りだ。白鴉と千星の離婚が成立した。

千星は最後まで離婚を渋っていたという。不倫されてもなお、白鴉を愛していたということだろうか。


紫苑はその話を紅の母から聞いたとき『馬鹿馬鹿しいことこの上ない』と思った。別に白鴉を恨んだりもしなかった。白鴉に対しては、『不倫をするんだったらなぜ結婚した?』と思ったし、千星に対しては『夫だからって全てが信用できるわけが無いだろう。白鴉の仕事のことについて何も知らなかったお前が悪い』と思った。


同情だとか悲しいだとかの感情は浮かんでこなかった。この話が他の誰かのことだったらそういった感情も出てきたかもしれない。しかし、これは他ならぬ紫苑の両親の話なのだ。


そしてその後、千星は失った夫を求め続け、夜な夜な泣きじゃくりノイローゼになる頃に自殺に至った。そのことも含めて、紫苑は別に自分が不幸だなんて思ったりしていないし、両親がいて欲しいなどとも思ったりしない。


けれど、楽しそうにしている親子を見ると『もし、俺ががふつうの家庭に生まれていたら...』などと考えてしまうことがある。なぜそんなことを思うのか、心の底では少し、『家族』への憧れがあるのかもしれない。


そういえば白鴉は最近、外務大臣に着任したらしい。40代での大臣就任は珍しいなどとニュースで言っていた。だがこれもら紫苑にとってはあまり興味のない話だった。白鴉はなんのつながりもない赤の他人、と考えれるようになってきたからだ。


白鴉はもしかしたらもう紫苑のことなんて覚えてないのかもしれない、と思うときがある。まぁ、実際それはないと思うが。3年間、一緒に過ごしたのだ。いくら最低な人間でもそのくらいは忘れるはずもない。そこまで考えて、紫苑は読書に没頭することにした

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