第零話『拙者、パンツに転生しましたぞ!』
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時は平成二十一年。
東京某所、築四十年の古びたマンション『パーツ・スキー』
その八〇二号室に、一人の男が住んでいる。
初見 寿喜男。四十二歳。
金だけはある独身。頭頂部は寂しいが、胸毛すね毛はフサフサ、お腹はご立派、身長は……お察しの満点役満。
そんな人生の下層をフルスピードで駆け抜ける彼だが、これが割と幸せだった。
「んふー、んふー。今日はこのおパンツをおかずにしましょうぞ。んふー」
七畳ほどの部屋の中央。パソコンデスクの前に陣取る彼は、真っ白なTシャツにボクサーパンツ一丁。
机の上には山盛りのナポリタン。
壁際の本棚には、背表紙のタイトルだけで通報されかねない写真集がずらりと並んでいる。
そして――
大画面のモニターには、女子のパンツ画像。
一応、彼の名誉のために補足しておくと、これはしっかりと購入したものである。
いや、この表現だと著しい語弊がある。
しっかりと、出版社から購入した、モデルによる、正規の写真集のデータである。
彼、初見寿喜男は大のパンツ好き男。
パンツが好き過ぎて、パンツをおかずにパスタを食べる男だ。
ただし、彼には彼なりの矜持があった。
パンツは愛でるもの。決して盗むものではない。
持ち主の笑顔とともにあってこそ、パンツは真に輝くのだ――と。
ゆえに彼は、下着泥棒のニュースを見るたびに本気で憤り、テレビの前で『パンツへの冒涜ですぞ!』と叫ぶのが常だった。
隣室の住人からの評判は、言うまでもない。
さて。
彼は真っ白なレースのパンツをおかずに、紅色のナポリタンを豪快にすする。
パンツを見る。すする。見る。すする。
ケチャップの酸味と、レースの清純さ。その組み合わせが、彼の中では完璧な調和を奏でているらしい。
「んふー、んふー! たまりませんぞ! 最高ですぞ!」
人の幸せは千差万別というが、彼のそれはきっと一万分の一とかだろう。
だが、そんな幸せも長くは続かなかった。
「ん、んぐ!?」
突如、左胸に激痛が走る。
フォークが床に落ち、ナポリタンが宙を舞う。痛みに耐えかねた彼は椅子から転げ落ち、仰向けのまま画面を見上げた。
「パ、パンツ……」
視界が白くかすんでいく。死を覚悟した。
それでも、もうろうとする意識の中で、彼はパンツを見ていた。見続けていた。
そして思った。
(パンツの神よ。死ぬのならば、願わくば拙者をパンツに……)
初見寿喜男、四十二歳。
死因、急性心筋梗塞。最期に見たものは、白いレースのパンツであった。
――そのはず、だったのだが。
*
「ここは何処ですぞ……? 拙者、生きておりますのかぞ?」
身体は動かない。それなのに、なぜか意識だけはハッキリしている。
寿喜男は必死に脳へ命令を送った。動け、動け、と。
だが次の瞬間、目に飛び込んできたのは自分の身体ではなかった。
「やや、目の前に女性用の下着がありますぞ!? まずいですぞ。このままでは変態ですぞ! 逃げねば……やや!?」
ここで彼は違和感に気づく。
視線が妙に高い。
寿喜男の身長は百四十七センチほどだったはずだが、どう見ても今は百六十センチはある。
夜風が全身を撫でていく。妙にスースーする。
そして何より、自分の身体だ。
「なんと……小物干しに吊るされた、白い、白い布ですぞ! これは……これはまさか!」
隣で揺れるブラジャー。洗濯ばさみで留められた自分の両端。
そう、彼はパンツになっていた。
女性用の。
「んほー! これは神の奇跡ですぞ! 拙者、パンツになりましたぞ! どうか、夢なら覚めないで欲しいですぞ!」
小物干しの上で歓喜に打ち震える寿喜男。実際には風でそよいでいるだけである。
だが、そんな彼の幸せは、やっぱり長くは続かなかった。
時刻は深夜二時。ここは、とある女性が住むアパートの一階。
となれば……
「しめしめ……」
出てくるのである。塀を越えた不届き者が。
黒いキャップにマスク、汚れたジャージ。いかにもな風体の男が、足音を殺して庭へ降り立つ。
その視線は、真っ直ぐに小物干しへ――寿喜男へと向けられていた。
「やや、泥棒ですぞ! おのれい不届き者! パンツの敵めは拙者が成敗してくれますぞ! えいやー!」
怒りに燃える寿喜男は、渾身の力で男の顔面に体当たりをかました。
ぺちっ。
「……今日は風が強いな。パンツが顔に当たるぜ」
哀れ。パンツの彼の声は届かず、決死の攻撃も風のイタズラと勘違いされた。
男は手慣れた動きで洗濯ばさみを外し、寿喜男を手に取る。
そして、なぜかその場で下半身を露出し始めた。
ボロン――!
「待て……待たれい。ならぬ。それ以上はならぬぞ……!」
デーデン……
デーデン……
嗚呼、無情。下着泥棒のモザイクなアレが、『ジョーズ』のサメの如く、ゆらゆらと死の臭いを漂わせながら、どんどん……寿喜男に――パンツとなった彼に近づいてくる。
デデデデ、デデデデ、デデデデ、デデデデ!
「よされよ……あいや待たれい! よされよ、よされよー!!」
デッデー!(アーッ!!) デッデー!(アーッ!!)
下着泥棒は、彼を穿いた。ご満悦な表情を浮かべながら。
そして、そのまま夜の闇へと去っていった。
「ぐばぼぼぼぼぼ!!」
哀れ。あまりの臭さとショックで、寿喜男は死んだ。
二度目の死因は『穿かれる』だった。
「か、神よ……なぜこのような仕打ちを……」
遠のく意識の中、寿喜男は誓う。
「……良いでしょう。次に生まれ変わるときは、必ずや拙者は、聖なるパンツの守護者と成りましょうぞ……!」
その願いは、一応届いた……のだが……
─────────
本編に続く……




