レティシア・エリエス
―――――私は呪われていた。
魔法、そう呼ばれる力を利用して繁栄した世界。
その世界の辺境にある、小さな国家の貴族の子に私は生まれた。 生まれながらにして美貌と才能を兼ね備えていた私は、両親に溺愛され何一つ不自由なく育てられた。
勉学はすぐに理解し、魔法の適性もある。 品行方正、才色兼備。 両親の期待に応えるように私は成長していった。
貴族に生まれた事の自覚を持ち、将来は民を導き国を豊かにする。 そう両親に耳が痛くなるほど聞かされた。
しかし、私は嫌に思う事もなかった。 むしろ、それがこの世に生まれた私の役割だと自負を持って行動していた。
そんな私の人生も10歳の誕生日まではうまく回っていたと言えるだろう。 転機が訪れたのは、その誕生日の当日だった。
「レティシア、準備は出来たかしら?」
「お前のために沢山の人が集まったぞ」
部屋の扉を少し開け、にこやかに笑いながら私に話しかける二人。 アルバート・エリエスとベラドナ・エリエスは、私の両親だ。 アルバートは長身で金色の髪、鋭い目をしている。 ベラドナは銀色の髪に優しい目つきをしていた。 そして私は鋭い目と銀色の髪を受け継ぎ、自分で言うのもなんだが器量よく生まれた。
「御母様、御父様!」
両親は私の10歳の誕生日を祝って、盛大なパーティーを用意していた。 会場には他の貴族の面々も招待したらしく、私は華々しく登場する為に部屋で侍女にドレスを着付けられていた。
「おお、綺麗だ。 もう立派な貴族だな」
「ええ、あなた。 会場の方々も驚くわ」
私に貴族のなんたるかを教える姿勢とは裏腹に、世間体を非常に気にする両親は、口々にそんな事を言う。 しかし、その頃の私は着飾ることも貴族の務めと信じていた。
「はい、立派に務めを果たして見せます」
「はは、お前なら大丈夫だ。 信じているよ」
「ふふふ。 レティシア? 貴女が生まれてきて良かったわ」
御母様が私を抱き締め、目尻に涙を浮かべながら言う。 御父様が満足げに頷く。 それは果たして、私に対する愛情か。 今となってはもう分からない。
「ほら、会場に着くぞ。 私達が呼んだら入って来なさい」
「先にいっているわね、レティシア」
「はい、わかりました」
会場前についた両親は、私にそう言い残し中に入っていった。 うわべでは平静を装いながら、非常に緊張をしていた事を今でも覚えている。
「皆さん、本日は我が娘の誕生日パーティーにお集まり頂き感謝致します……」
「我がエリエス家は……」
中では父のとても長い我がエリエス家の話に会場が沸く。 私は合図を聞き逃さないよう、集中して父の声を聴いていた。
「それでは、我が家の家宝、レティシアを紹介しよう。 レティシア! 入って来なさい!」
父の言葉を合図に、すぐ前で待機していた執事が扉を開ける。 それと同時に私は会場に歩を進めた。
「皆さん! 本日10歳を迎えた我が娘、レティシア・エリエスです。」
会場に入るとすぐに父から壇上に呼ばれる。 そちらに向かって歩きながら、ふと会場を見る。
「ふふ」
思わず笑みが溢れる。 この人達は皆、私を祝福しに来てくれた。 なんて幸せだろうと。
「おお……」
その微笑みに、美しさに、会場は静まり返った。 その様子に更に満足した私は上機嫌に父の元へ向かった。
私は酔っていたのだ。 会場の雰囲気に、私自身に。 だから、私に向ける嫉妬の目線には全く気づかなかった。 いや、気付こうともしていなかった。
「ほら、挨拶をしなさい」
「はい、御父様。 皆さん、私の誕生日パーティーにお集まりいただきありがとうございます。 私が……」
父に促され、堅苦しい挨拶を長々と始める。 先程までの不安が嘘のように、会場の雰囲気に浮かされた私は、すらすらと話せた。
「……。 それでは、パーティーをお楽しみ下さい」
私がそう言いきると、会場からは拍手と称賛が上がった。 その様子に両親は満足したように、私を褒める。
「よくやった。 完璧だったぞ、レティシア」
「ええ、ええ。 あの呆けた顔と言ったら……よくやったわ、レティシア」
誉めちぎる両親に私も気をよくして笑顔になる。
「レティシア、お前は会場の方々と交流を深めて来なさい。 私も挨拶してくるとしよう」
父は明らかに階級の高い招待客の方を見ながら話す。 私もその意図を汲み取って、彼らの方へ足を運んでは他愛もない話で場を盛り上げる。
暫くして、概ね好印象を持たれた所でパーティーはお開きとなり、父は閉会の合図をする。
「本日は我が娘のパーティーをお楽しみいただけたかな? ここで築いた縁を、この先も大事にしたいものですな」
大成功に終わり、気が強くなった父が冗談を言いつつパーティーは解散となった。 そして私も上機嫌な両親をみて、満足感に浸っていた。
「レティシア、今日は疲れただろう? ゆっくり休むと良い。 明日からまた忙しくなるからな」
「そうね。 部屋に戻って休むと良いわ」
「はい。 御父様も御母様も、今日は本当にありがとう!」
両親は多少疲れを見せた私の顔を見て休息を勧めてきた。 私はそんな両親に感謝を述べつつ抱き着く。 そして笑顔で別れつつ自分の部屋に戻った。
部屋に戻り、寝る準備を整えた私は自分のベッドに飛び込む。 今日の事を思い出し、喜びを噛み締めていた。
―――――そしてその時は来てしまった。
異変に気づいたのは、ベッドに飛び込んで暫くしてからだった。 私は入り口に待機している侍女に、寝ることを伝え自分の部屋に戻るよう言おうとした。
しかし部屋の入口には侍女はおらず、代わりに全身をローブで隠した人物が立っていた。 私は暫しの間混乱し固まったが、すぐに体中に悪寒が走った。 なぜならそのローブの人物の足元には、先程まで世話をしてくれていた侍女が倒れていたからだ。
音はしなかった。 しかしゆっくりと近づいてくる。 手元にギラリと光る銀の塊が見えた。 それがナイフだと理解するのに数秒かかった。 逃げなければ、そう思いはするが足がすくんで動くことは叶わなかった。
「……ッ!」
私は思わず目を瞑る。 そんな事をしても脅威がなくなるわけでも無く、意味のないことだと理解はしていた。 しかし、その時はそうすることしか私には出来なかった。
―――――そして……。
私は何が起きたのか理解できなかった。 私の視界に映るのは、真っ赤な血溜まり、片手を失い足元で呻くローブの男、いくつもの切り傷が刻まれた私の部屋の壁。 ……そして部屋の入口でこちらを見て怯えた表情をした……両親だった。
「御父様……御母様……?」
私は自分の置かれた状況が理解できず、両親に向かって手を伸ばす。 しかし、両親は私の伸ばした手に合わせるように後ろに後ずさった。
両親の様子を見て私は視線を落とす。 血溜まりは私を中心に広がっていた。 そして地面に落ちた鏡に写っていた私の瞳は……。
―――――燃えるような赤い色をしていた。