第二十一話
登場人物紹介
登木 勇太郎 ……青山吹高1年2組。ユウくん、ボリと呼ばれている。
土筆坂 りぼん ……幽霊。下ネタ発言が多い。
登木 灯 ……勇太郎の妹。中学生。恐がり、金の執着心が薄い。
宮原 玲羅 ……中学生。霊感少女。
安嶋 大騎 ……勇太郎のクラスメイト男。園芸部。いがぐり頭。
若槻 妃織 ……勇太郎のクラスメイト女。園芸部。ギャルっぽい。
佐俣 啓悟 ……1年3組。男。園芸部。ちょっとおかしい。
喜多見 渚 ……1年4組。女。園芸部。おとなしい。
「う、ううん」
どのくらい気絶していたのか、わからない。
目を覚ますと、倉庫のような冷たい場所にいた。
天井には無数のパイプが交差しており、
中心に蛍光灯が不気味に点灯している。
周囲には、ぐにゃりと曲がったロッカーや金庫など、
金属製のスクラップなどで覆われていて窓が見当たらない。
早く逃げないと。
立ち上がろうとするが、身体の自由が動かない。
なんともご丁寧に丸太のような柱に、縄でくくりつけられていた。
「おい佐俣、いないのか?」
返事は来なかった。
俺の声は空しく響いて、弾けるように消えた。
「ん、ん、ん」
後ろから誰かのうねり声がする。他にいるらしい。
「誰かいるのか? 返事してくれ」
「何よ。って、ちょっとこれって」
その声は目覚めたと同時に跳ねるように驚いていた。
聞き覚えのある声の主。
「もしかして妃織か?」
「後ろにいるのってボリ? 早くどうにかしてよ?」
「いや、見ての通り、背中合わせで柱に縛りつけられている」
置かれている状況は一緒。
とにかくここは、冷静になって経緯を尋ねることにした。
「なあ、妃織は喜多見の家に行ったんだろ? 何でこうなったんだ?」
「わからないよ。
渚の家に行ったら、パジャマ姿でいて無事って安心して、
お菓子を食べながらおしゃべりしてて、なんか眠くなって……。
気づいたら、こうなってた」
つまり睡眠薬を服用されたってことだな。
お菓子か飲料にでも入っていたのだろう。
「ボリこそどうなのよ?」
「俺は佐俣が怪しいと思って尾行してた。
それなりの情報は掴めたが、佐俣にしてやられた。
ってわけだ」
「情報って?」
「あの日、俺を崖から突き落としたのは安嶋。
佐俣の指示なんだ。俺のことが目障りらしくて。
土筆坂さんのことを今更追っていただけに」
「じゃあ、りぼんは佐俣に……」
妃織はそれ以上、口にしなかった。
「いや佐俣だけじゃない。
もうひとりいるんじゃないか?」
「ベラベラと口が軽すぎますよ」
するとタイミングを合わせたかのように正面の扉が開いた。
遂に真打ち登場ってことか。
大小に浮かぶ2つの影。
足音を鳴らせながら、こちらに近づいてくる。
「お目覚めはいかがかな、ボリくん」
高みの見物と言わんばかりに、佐俣が不気味に笑う。
「最低の気分だよ。
てめえの憎たらしい顔を見ちまったからな。
ったく、ふたりともグルだったのか?
なあ、喜多見よ」
佐俣の右横からひょいっと姿を現したのは、仏頂面の喜多見。
欠席したにも関わらずに、なぜか制服姿だった。
「いい加減に解いてよ! 何様のつもりしてんの?」
妃織が抵抗するように、身体を左右に大きく揺らす。
「こら、止めろ。痛えじゃねえか、落ち着け」
ロープが連動しているので、こっちまで被害を受けていた。
「ぶざまね」
声を出さずに笑う喜多見。
彼女が見せてきた笑顔は全部作り物だったってことか。
俺は睨みつける。
「喜多見、俺たちをどうするつもりだ?」
「んー、ボリさんは、りぼんちゃんと安嶋殺しの罪を被って死んでもらう。
遺書はパソコンで打てばバレないよね。
主流になってるし、とにかく筆跡なんて求めてないし」
すると喜多見は、
妃織の目の前までゆっくりと歩いてしゃがみ込んだ。
「妃織ちゃんは血を抜いて防腐剤を注入してマネキンにするつもり。
これがマニアだと高く売れるのー。
ガッポリ稼いでもらうんだから」
「いやぁあああああああああ!」
妃織は恐怖に耐えきれず、黄色い声を轟かせる。
もはや彼女たちの間には女の友情などあらずに、
売買契約しか残っていなかった。
「おふたりさんよ、
そううまく物事が運ぶと思ってるのか?
犯罪まみれなことばっかしていたら、
いずれ足が地に着くんじゃないのか?」
真相を確かめるべく煽ることにした。
答えたのは佐俣。
「つまりボリくんは、
僕たちがどうやって、死体をかくまっているのか知りたいのかい?」
「まあな」
「実はここに画期的な機械が置いてあるんだ」
佐俣が左側へカニ歩きする先には、
白い布で被さっている長方形型の物体の前に立った。
そして、
「しっかりと目を凝らして吟味したまえ」
白い布を剥ぎ取ると、
その姿は2メートルはあるだろうか、
大人1人分横たわれるくらいの、
長さのカプセルのようなベッドだった。
気になるといったら、サイドに無数のスイッチがあるくらい。
「ビックリしたかね?」
「ちゃんと説明しろよ」
「この機械はね、遺体を跡形もなく溶かしてしまうマシーンなんだよ。
詳しく説明すると、アルカリ加水分解式といって、
水と水酸化ナトリウムの混合液に死体を入れ、
それから温度と気圧をコントロールしつつ、高めていくと液状化するってこと。
ボリくんの頭で理解できたかな?」
佐俣のヤツは、どこまでも俺をコケにしてきた。
「ってことは、土筆坂さんも安嶋もその中に入って……」
衝撃なことに口が籠もって言葉が出ない。
「ピンポーン、大正解。
ふたりともドロドロに溶かしてもう跡形もないよ。
液体はキモいから排水溝に流しちゃった」
喜多見がはしゃぐように俺の疑問に答えた。
……現実的にあり得るのか?
俺の中で失望感がのしかかる。
「がっかりしないでよ、ボリさんもあの中に入れてあげるから。
冤罪を背負って生きてるんだが、
死んでいるんだか、わからない行方不明者になるの。
バレないって、日本の行方不明者は年間約8万5千人。
1日約230人の割合で姿を眩ませているんだよ。
警察だって、いちいち構ってられないでしょ」
俺のアゴに、そっと手を差し伸べて含み笑いをする喜多見。
「喜多見くんの祖父には感謝してるよ。
僕が感情的に土筆坂さんを殺害して、
後のこと何も考えていなかったからね」
佐俣が液体化マシーンに布を被せた。
「でもおじいちゃん今朝ね、心臓発作で動かなくなっちゃんだ。
結局この中に入れて成仏してくれたけれど……。
お金もいっぱい残してくれてありがとう。
この機械を使って裏ルートで稼ぎまくるんだ。
世の中にはね、大金叩いても、
やってほしいことがいっぱいあるんだ」
「つまりネットとかで注文を集めた遺体を、そいつで消すってことか?」
「ボリさん冴えてるね。
このまま殺しちゃうの惜しくなってきちゃった。
ねえ、私たちと組んで儲けない?
もちろんヘマしたら即抹殺だけど」
大事そうに液体化マシーンをこすっていた喜多見が、
再び俺の前でしゃがみ込んで、舐めるような視線を送る。
「おいおい勘弁してくれよ、僕だけじゃ不満かい?」
アメリカのコメディ風な口調で佐俣が言った。
「喜多見よ、その液体化マシーンで全てを消せると思っているのか?」
「およ?
ひょっよして拒否ってる?
せっかく命を助けてあげよってチャンスをくれたのに。残念」
「いいから俺の質問に答えろ」
「ボリさん、こわーい。
消せるに決まってるよ。
そんなの聞くほうが野暮だって。
あ、もしかして愛とか友情とか正義とかは、
消せないだって叫びたかった?
ごめーん、先に言っちゃった」
「ハズレだ。いや、ニアピンだな。
なぜ俺が、りぼんの行方不明事件を追っていたかわかるか?
警察や両親に頼まれたわけじゃない。
てめえに見えなくて俺に見えるもの。
……つまり本人に頼まれたからだよ!
なあそうだろ、りぼん?」
「あははははは、君はおかしくなったのかね?」
馬鹿笑いする佐俣。
「り、りぼん?」
妃織が目が覚めたように呟いた。
その時、真っ正面の鉄の扉が開いた。
その先には制服姿で黒縁眼鏡をかけた宮原さんが。
「ユウくん、お待たせー」
その右横にはりぼんの姿もあった。
そうか、宮原さんを呼びに行っていたのか。
これは迂闊、彼女の居場所がわからなくて、
村中を彷徨い時間を喰ってしまったのだろう。
「何者よ、あなた?」
形相を変えて喜多見が振り向いた。
「初めまして。佐俣先輩と喜多見先輩ですね。後輩に当たる宮原です」
「ちょっと、りぼんじゃないじゃない!」
妃織が茶々をいれてきた。スルーする。
「お二方の悪事、全て耳に通してもらいました。
もちろん通報させていただきましたので、
直に警察の方がお見えになるでしょう」
「大した度胸だな、丸腰で来るなんてよ」
ゆっくりと佐俣が宮原さんの前へ詰め寄った。
まさにメガネとメガネのぶつかり合い。
「私もいるんだから」
りぼんも負けじと張り合うものの、
相手にもされていなかった。
タイミングが悪すぎる。
警察に通報したなら、到着まで待っているべきだ。
「これまでの暴虐を自首すべきですね。
少しくらい罪を軽くできますよ」
緊迫した状況で1歩も退かない宮原さん。
その自信はどこから溢れてくるのかわからない。
その時だった。
佐俣のボディブローが炸裂する。
しゃがみ込む宮原さんに、
ボールを蹴るように大振りキック。
数メートルほどぶっ飛んだ宮原さんは、口から血をこぼして気絶した。
「玲羅ちゃん!」
りぼんが駆け寄って必死に叫ぶ。ピクリとも動かない。
「ったく、手間のかかる中坊だぜ。
通報されたからには、
ここにはいられないな。逃げる?」
佐俣が振り向くと、
もの凄い速さで何かが懐をえぐってきた。
咄嗟の出来事に佐俣は、ぽっかりと口を開いてしゃがみ込む。
「き、喜多見さん?」
喜多見は刃渡り10センチくらいの、
サバイバルナイフを佐俣の腹から抜き取った。
「ごめんね、佐俣ちゃんとは、
ここでお別れになっちゃたんだ」
スロー再生しているように、
佐俣は血だらけの床の上に仰向けに倒れた。
「あれ? ボリさん気絶してくれないの?」
「残念だけど、人の出血じゃ無理なんだ」
「まいっか。予定変更。
もうここには用済みだし、逃げるとするか。
そうそう、みんなにプレゼント用意してあげたよ」
喜多見は金属の棚から、
小さなダンボール箱を両手で摂って開けると、
カチャッとスイッチを押して俺の足元に置いた。
目覚まし時計? まさかこれって!
「カップラーメンができる3分にセットしておいたから。
あとは警察のおじちゃんに処理してもらって。バイビー」
煙のように喜多見は姿を消した。
59、58、57と下2桁が重くカウントダウンしていく。
「渚のプレゼントって?」
妃織が声を上げる。
「時限爆弾に決まってるだろ」
「ちょっとボリ、解体してよ! 私まだ死にたくない!」
「落ち着けよ」
「落ち着いてられるか!」
妃織が駄々をこねるように、また身体を揺らしてきた。
冷静に考えるんだ。
佐俣は致命傷を負って生死をさまよっている。
もし起きたとしても、俺たちを助ける気なんてない。
「もうひとり中坊いるよね?
そいつ叩き起こせない?」
「無理だ、気を失っている」
宮原さんも佐俣と同じ状態。
例え目を覚ましたとしても、
状況を把握するのに時間がかかって処理など出来ない。
「実はさぁ、それ。
時限爆弾じゃなくて目覚まし時計だったりして……。ははは」
この機に及んで妃織の頭の中はおかしくなってきた。
「ユウくーん、どうしよう? 助け呼んでくる?」
りぼんが俺たちのところに来るものの、
眉をひそめつつ「ええと」「うーん」と言った躊躇い言葉を連発している。
今ここで動けるのは、りぼんだけ。
助けを呼ぶに至っては、
りぼんの姿を確認できる人物は、俺と宮原さん以外見当たらない。
爆弾処理を頼むにしても、りぼんは物に触れることも出来ないし。
万事休すってやつか。
……ん? 物に触れる?
いや、突破口はあった。
「宮原さんに憑依してくれ」
「やってみるよ」
りぼんはうつ伏せになっている宮原さんに、
吸い込まれるように身体を合わせた。
「正気になってよ、りぼんなんているわけないじゃん」
妃織は混乱して叫んでいる。
1から説明するのは厄介なので、これも無視することに。
「ユウくん、出来たよ」
宮原さんの姿をしたりぼんは、ふわりと立ち上がった。
タイムリミットは2分を切っている。
「でかした。その爆弾を持って遠くに捨ててきてくれ」
「重いよ、これ」
かがみ込んで両手で持つものの、
爆弾は持ち上がる気配はない。
そういえば喜多見が地面に置いたときも、ドズンと鈍い音がしたな。
「あの中坊動けるんじゃないの、
ボリのウソつき。あたしらの縄解いてよ」
妃織の言うとおりだ。
俺はウソつきで……じゃなく、道は2つ。
爆弾を処理するか、俺たちがここから脱出するか。
「ダメだって、キツく縛ってあって解けないよ」
りぼんが縄に手をかける。相当柱に固定されてるらしい。
「だったら切るか、燃やすか手立てをしろよ!」
怒鳴りつける妃織に、
「うるせえんだよ!
さっきからピーピー泣き叫んで。気が散るから黙ってろよ!」
りぼんがキレると妃織は、度肝を抜かれたように口を閉じた。
「佐俣の横にナイフがある。それで縄を切ってくれ」
血まみれのサバイバルナイフを持ってきたりぼんは、
俺の右腕辺りの縄にナイフを擦りつける。
切れ味も衰えていなく、スパン、スパンと簡単に解けてしまった。
「ありがとう」
「うん」
後はここから脱出するのみ。
既に1分を切っていた。佐俣の生死は確認できないが、
証人として背負っていくしかなさそうだ。
「ボリ、足がすくんで立てないよ」
あれほど粋がっていた妃織は、
土壇場になって泣き寄ってきた。
「ほら、おぶってやるよ」
妃織の手を引いて背中に乗せると、
小声で「ありがとう」と聞こえた。
「先に行ってくれ」
「でも……」
「時間がない、早く」
「うん」
りぼんは後ろを振り向きつつも、
鉄の扉まで走って行った。
これで宮原さんも大丈夫。
佐俣は諦めるしかなさそうだ。
「うおおおおおおおお!」
俺は足がちぎれるくらいの全速力をぶちかました。
扉の向こうを目指して。
「あっととっとととと……」
無事に外に出ることが出来た。
が、足が絡まってしまい、ヘッドスライディングをかます。
「痛ったあーい」
その拍子で妃織を前方へ倒れ込んだ。
「こらぁ、レディを優しく扱え」
5、6メートル先の黄土色の道の上で、
妃織が恩知らずの罵声を飛ばす。
「頭を抱えて伏せろ!」
俺がキャッチしたのは、
みしみしと何かが割れる前兆の音だった。
数秒後、落雷のような爆音が轟く。
足がすくんでしまい、頭を抱えた俺はしばらく動けなかった。
キーンと耳鳴りが通り、聴力を失ったような感覚が訪れた。
「ユウくん、そこから離れて」
誰かが呼んでいる、
この声はりぼんだ。
パッと頭を上げる。
真っ先に入ってきたのは、煙の臭いだった。
振り向くと倉庫がメラメラと、赤黒い炎を伸ばして崩れていく。
火の粉が背中まで追っていた。
また歩くのかよ。
嘆くものの、命には代えられない。
前を向くと、横倒れの宮原さんの左に妃織、
そしてりぼんが声を枯らして叫んでいる。
再び足に力を込める。
そして立ち上がって一気にダッシュ。
「はあ、はあ、はあ」
無事にりぼんたちの元へ辿り着いた。
もう余力が残っていないのは、わかっていたはずだ。
あるとしたら潜在能力だろう。
反転してゆっくりと腰を下ろす。
炎は更に勢いを増して夜空まで昇るくらい。
宮原さんを膝枕した妃織と隣にいるりぼんは、
無口になってその様子を眺めている。
妃織にとっては、苦楽を共にしてきた仲間に裏切られて、
ぽかーんと放心状態になっているように見えた。
それから10分くらい経過しただろうか。
俺たちの元にパトカーと消防車がサイレンを鳴らして訪れたのは。
駆けつけてくれた刑事さんは、
宮原さんの様態を確認して直ぐさま救急車を手配してくれた。
俺たちは救急車に乗り合わせてその場を去った。
その後は警察署で事情聴取が始まった。
ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございます。
次話はエピローグ、最終話となります。
5月5日21時配信の予定です。





