21 ドナドナされる主人公
深夜――王城の地下牢にて。
「ほう、人間よ。今日の商品はやけに豪華ではないか」
全身をローブで覆った人物が、地下牢に収容されている商品を見て面白がるように声をあげた。
「ああ。彼はとある事情で奴隷に成り下がった罪人だ。持って行ってくれて構わない」
対するは、純白の鎧を着たエリス。顔までフードで覆っている相手に、彼女は淡々と言葉を返していた。
この場に王女はいない。一応、これは裏取引である。王女を矢面に出すわけにはいかないと、エリスが担当していることになっていた。
「君たちは同種を奴隷にする習慣はないんだろ? 珍しいことだ……まあ、我々にとっては都合が良いのだが」
全身ローブの人物は、牢内の『人物』を見て笑っているようだった。
「これは、普段の倍は支払わないといけないな。人間の奴隷は希少だよ……感謝しよう」
そう言って、エリスに金貨の入っているであろう麻の袋を二つ渡す全身ローブ。エリスは無言でそれを受け取り、軽く頷いていた。
そんな二人を眺めながら、牢内に収容されている人物――加賀見太陽は、内心でほくそ笑む。
(可愛い声してるなー)
ローブの人物は恐らくエルフの女性なはず。偉そうな口ぶりはエリスを見下しているようでもあった。だが、この高飛車な感じの声に太陽は魅力を感じていた。特にローブの上からでも分かる大きな胸からは目が離せない。
彼は見下すより見下されたい側の人間である。あんなお姉さまっぽいエルフに奴隷として連れまわされるのも悪くないなと、一人で勝手に興奮していたのだ。
「報酬は確かに受け取った。奴隷5体を持っていくといい」
エリスの言葉に、エルフは太陽の方へと視線を向けた。彼の周りにいる4体の魔物は眼中にないようで、ジッと太陽のみを見つめている。
「パッとしない顔つきだな」
やかましいわと、眉をひそめる太陽。しかしエルフは気にせずに言葉を続ける。
「やはり我々エルフと比べると微妙な顔立ちだ。君や王女様はまだマシだが……どうもイライラする。美しくないのは罪だな」
あからさまな侮辱の言葉。顔が気に入らないと言っているらしい。
(顔なんて大事じゃねぇよ。大切なのはおっぱいだよ!)
内心でバカなことを思いつつ、エルフって本当にプライドが高くて人間を見下しているんだなと再確認する太陽。
「申し訳ない。彼の顔がパッとしないのは、どうしようもなくて……せめてものお詫びに、彼のお世話にはこちらで用意した魔法人形を使ってほしい」
「それは助かるな」
全ては手はず通りの流れだった。エルフは人間を見下し、そして嫌悪している。だからきっと、エリスの提案を断るはずがないと確信していたのだ。
「では、ゼータ。後は任せた」
「はい、かしこまりました」
エリスの呼びかけに、影からメイド服の女性が出てくる。黒髪黒目の彼女は、太陽のお世話をしていた魔法人形のゼータであった。
道中にゼータを同行させる。それこそが、エリスや太陽の思惑だったのである。生活力皆無の太陽がエルフ国でも生きていけるようにという配慮だった。
「ほう。これはこれは、我々の国で作られたゼータ型の魔法人形じゃないか。うむ、やはり美しい」
ゼータを見てエルフは喜んでいるようだった。
(あいつエルフ国産だったのかよ……だからあんなに俺を見下していたのか)
自分に仕えていた魔法人形の出自を知って、なんとなく納得する太陽。ともあれ、これで手はず通りゼータがついてきてくれることになった。
「それでは、受け渡しも済んだことだし。そろそろ失礼するとしよう」
「分かった。また今度、受け渡しの時に」
エリスはそう言って頭を下げた後、踵を返して地下牢から出て行った。後は任せたと去り際に視線を向けられたので、太陽は強く頷いておく。
「よし、ゼータ型魔法人形よ。そろそろ行くか」
エルフも出発するつもりのようだ。ゼータを引き寄せてから、おもむろにこんな言葉を口にする。
「【空間移動】――『アルフヘイム』」
そして次の瞬間、周囲の景色が一変した。
(ここは、もしかして……)
足元には柔らかな土。周囲にはたくさんの木々があり、それらはまるで最初からそう育ったかのように家のような形をしていた。無数のエルフが行き交っているので街のようだが、一つの森に見えなくもない。
自然との調和を果たした国。こここそがエルフの住まう、アルフヘイムだった。
「ゼータ型魔法人形よ、どうだ? 人間共の世界に比べて、我らエルフの世界はとても美しいだろう」
「はい、かなり」
「君のように美しい者のみにふさわしい町さ。空間移動の魔法でしか来られないよう魔法による障壁を張っていてね……醜い者は、何人たりとも立ち入ることはできない」
「空間移動……転移魔法のことでしょうか?」
「少し違うな。転移魔法は人間のフレイヤ王族しか扱えない、固有魔法だ。我々エルフの中には空間魔法こそ使える者はいるが、転移魔法は使えないんだよ。腹立たしいことに、ね」
エルフは自慢げに話しながら、ようやくここでフードを取った。
「ふぅ、やっと顔を出せる……私はアリエルだ。よろしく頼むぞゼータ型魔法人形」
眩く輝いている銀の髪と、銀の瞳。透き通るように白い肌は陽光を淡く反射しており、ローブという地味な服装ながら一枚の絵画のごとき美しさを発していた。
そして、尖った耳。まさしくエルフの証明だった。
アリエルを名乗るエルフに、太陽は目を奪われる。
(やっぱり最高かよ! すっごい好みかも)
ハイヒールが似合いそうな女性だった。彼女になら踏まれてもいいなと鼻の下を伸ばしていると、不意に近づいてきたゼータに足を踏まれてしまう。
「痛っ! お、お前に踏まれても嬉しくねぇよっ」
「気持ち悪いお顔をなさらないでくださいませ。反吐が出ます」
小声で反抗するもゼータはどこ吹く風だった。無表情のまま太陽の首輪に鎖をつなげている。
「……おい、もしかして俺を引っ張って行くつもりなのか? お前がか? あのアリエルお姉さまじゃなくて?」
「ええ、アリエル様は人間の雄に触れたくなどないそうです。というか、近づくのもイヤだとのこと。なのでゼータが太陽様を引っ張ることになりました」
ぐいっと、鎖を引くゼータ。その顔は無表情ながらどこか楽しそうだった。
「犬になった気分だ……あるいは売られていく子牛だな」
「イヌ? コウシ? ふざけた事言ってないで、さっさとついてきてくださいませ」
犬も子牛もこの世界には存在しないので、話がまったく通じない。仕方ないので太陽はうろ覚えのドナドナを口ずさみながら、他の魔物たちと一緒に連行されていった。
(ケルベロス、スレイプニル、フェンリル、キメラ……どれも討伐難度Aランクの魔物なんだよなぁ。一体、何に使うんだ? っていうか、俺も何される予定なんだ?)
てくてくと歩きながら、太陽は一緒に奴隷にされた魔物たちをぼんやりと観察する。4体の魔物は【奴隷の首輪】の効果によって大人しくなっていた。鎖につながれたまま、太陽と一緒に歩いている。
目的はまったく分からない。検討もつかないし、予想もできない。だから太陽は考えるのをやめた。
「ま、なるようになるだろ」
楽観的に思考を放棄した彼は、通りを歩く女性エルフを観察することに集中する。誰もが皆とても美しかった。男性エルフも同様なのだが、イケメンが嫌いの太陽なので眼中に入っていない。
そうやって、歩くことしばらく。
「着いたぞ、闘技場だ」
太陽たち一向は、大きくて円形の建物に到着した。
(あ、これファンタジーで見たことある……)
創作でしか見たことない建物を目の当たりにして感動している太陽。そんな彼をエルフのアリエルは気持ち悪そうに眺めながら、こんなことを口にするのだった。
「これから、奴隷共でショーを行う。ゼータ型魔法人形よ、闘技場に奴らを入れろ」
ショー。つまりは、見世物……この言葉に、太陽は悪い予感を抱くのだった。
(何か、変なことされなければいいけど)
そんなことを考えながら、彼は闘技場へと入っていく。
何はともあれ、こうして奴隷になった最強はエルフの国に無事侵入することに成功するのであった――




