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家出少女の旅立ち

最終話です。

 風邪をひいていたとは思えないほどに今朝はさわやかな目覚めだった。しばらくぼんやりしていると、今日でもうこの部屋とお別れだということを思い出した。朝からどんよりとした気持ちになりながら部屋を出る、リビングに入ってみたが広野さんはいなかった、きっとまだ寝ているのだろう。

 こんなにしんみりとして過ごす朝は人生で初めてだ。座り心地の良いソファーに座りながら考える。テレビも点けていないので部屋の中は静寂に包まれていた、時々マンションの前を走る車の音がかすかに聞こえるだけだった。


 「おはよう」

 

 寝ぼけ眼をこすりながら広野さんが起きてきた。


 「おはようございます」

 「…何でテレビ点けてないの?」

 「少し考え事してて…」

 「あっそう」

 

 そう言って広野さんは冷蔵庫を開けてペットボトルの水を取り出した。


 「君のお母さん昼くらいには迎えに来るらしいよ」

 「はい」

 「ちゃんと用意しときなよ」

 「はい」


 広野さんと私の間にいつもはない気まずい沈黙が訪れる。しかし、広野さんはあまりに気にしていないようだ、私は気にしないようにテレビを点けた。

 テレビは朝のニュースが放送されている。何か事件があったらしい、ひどい事件なのにアナウンサーは淡々とした口調で伝えている。


 「そうだ、広野さん」

 「何?」

 「今日の朝ごはんは何が食べたいですか?」

 「えっ、作ってくれるの?」

 「はい、今日が最後ですから」


 今日が最後、自分で言っておいて寂しくなる。最後の日は広野さんの好きなものを今までで一番おいしく作ってあげたい。


 「じゃあ、卵焼きがいいな」

 「卵焼き、ですか?」

 「うん」

 

 卵焼き、広野さんは甘めの卵焼きが好きだった。砂糖を入れるとすぐに焦げるので焼くのは大変だ、だけど最近は作る機会が増えたので上達してきたのだった。形も完璧に近い。

 手際よく卵を割り、かき混ぜる、砂糖と塩を適量入れて、油を薄くしいたフライパンに溶き卵を流す。卵の焼けるいい匂いが部屋中に漂う、慣れた手つきで卵を何度かひっくり返す。


 「できましたよー」

 「おお、おいしそう」


 運んでいる途中に広野さんが卵焼きの端っこをつまみ食いした。広野さんによると端っこが香ばしくておいしいらしい。


 「うん、うまい」

 「よかった」


 広野さんは卵焼きを食べながら薄く笑った。


 

 そのまま時間はあっという間に過ぎていった。いつも通りにだらだらと過ごしているとチャイムが響いた。とうとう母が来たらしい。

 私は少ない手荷物を持って玄関へと向かう、後ろから広野さんもついてくる。


 「広野さん」


 私は外に出る前に広野さんのほうへと振り返った。涙がにじむ、必死に我慢しようとしたができなかった、頬が濡れる感覚がある。


 「今まで、ありがとうございました…」

 「…泣かないでよ、寂しくなるじゃん」

 

 いつもと同じような声音で広野さんは言う。


 「寂しいんですか?」

 「当たり前でしょう、今まで一緒にいた人がいなくなるのは寂しい」


 広野さんの目から一筋の涙がこぼれた。私は一瞬それが何かを理解できなかった、それは広野さんも同じようで呆けた顔をしている。


 「おかしいな…泣くつもりじゃなかったのにな」

 「泣こうと思って泣けるわけではないですよね。でも私は広野さんが泣いてくれて少し嬉しいです」

 「変なの」

 「広野さんに言われたくないですよ」


 私は前に向きなおる。ドアノブを握り、ドアを引く。


 「さようなら、また会いましょう」

 「さようなら、またな」


 別れるときはお互い笑顔だった。ドアを開くと母は優しい笑顔で出迎えてくれた。


 「帰ろう」

 

 私がそう言うと母はうれしそうに微笑む。


 「ええ、帰りましょう」


 そんな親子二人の姿を広野さんはいつまでも見送っていた。名残惜しそうに、愛おしそうに。



 

 桜が咲き誇る春、私は中学校での勉強の遅れを取り戻すために必死に勉強をしたおかげで高校に無事合格することができた。少し遠い学校で私の通う中学校から受験する人はいなかった。私は真っ先に母に連絡した後、そのままバスに乗ってある場所へと向かう、その場所とは当然広野さんの元だった。


 「広野さん!お久しぶりです!高校受かりました!」

 「そうなんだ。よく頑張ったね、おめでとう」

 「えへへ…」


 私が高校に行けたのも広野さんや母の支えがあったからだ。でもあの日、広野さんに言われなかったらきっと私は高校受験をしていないと思う。


 「知ってますか?私のいく高校、広野さんの家の近くなんですよ」

 「へー、そうなんだ」

 「遊びに来ますね!いいですか?」

 

 広野さんは気だるげな顔を笑顔に変えて私に言った。


 「もちろん、いつでもおいで」

 

 その答えに満足して私も微笑む。

 これからも広野さんとの不思議な関係は続いていくのだろう。この出会いを大切にしていきたい、私は心からそう思った。

 

 

 

今までお付き合いいただき本当にありがとうございました!

読んで下さった方々に感謝をこめて最終話を投稿します。

これからもよろしくお願いいたします。

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