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再び

維月が再び王妃となって龍の宮へ戻り、維心も元の様子へと戻った。

十六夜は、今までのようにたまに龍の宮へ来ては維月を連れ帰る生活をしているが穏やかで、乱れた気を発することはなかった。

維心ですら落ち着いた様子になり、里帰りをするとなってもそうごねなくなった。維心にしてみれば我慢をしているというのではなく、維月の愛情を感じる今となっては、そのようなことを言う必要などないのだと思えるようになったからだ。

十六夜も自分と同じように、自分に対して焦燥感を持っている。十六夜にとって、他の男達と維心は違うのだという事実を知った今となっては、何も疑うことなどなかったからだ。

ただ、十六夜と維心では判断基準が違う。十六夜が自分以外の男のことで同情して、体だけなら受け入れてやってもという気持ちになるのは、やはり理解出来なかった。なので、そこのところだけは受け入れられないと、維心は釘を刺した。

維心は地上で生まれて地上で育ち、身を持った龍。月のように命だけで、地上に実体化させている者とは感覚が違うからだ。月の本体はあくまで月。あれは、地上へ降りて来ようもなく、そしてまた降りてくれば困るものでもある。いわば思念体である十六夜の感覚と、その身が実体である維心とは考え方が違うのも当然といえば当然であった。

なので十六夜も、これからは自重しようと約した。維月自身も月になって日が経ち、感覚が十六夜に似て来ているところがあるので、維心にとって、これはしっかりと定めておかねばならないことであったのだ。

龍の宮で、維心が会合から戻って来ると、維月はいつものように侍女達と庭を散策していた。

それを窓越しに見て思わず微笑んだ維心は、着物を変えて、居間の椅子からその様を眺めていた。

すると、義心が入って来て、維心の前で膝を付いた。

「王、お時間よろしいでしょうか。」

維心は義心を見て、頷いた。

「良い。何用ぞ。」

義心は、小刻みに震えていたが、思い切ったように顔を上げ、維心に言った。

「我は、王にお話しせねばならぬことがあります。」維心が何事かと義心を見るのを、義心はしっかりと見返して、言った。「半年ほど前、我は月の宮へ王とご同行して参りました。」

維心は思い出して、頷いた。確かに、あの折り義心を連れて参った。

「そうであったな。」

義心は続けた。

「その折、我は十六夜よりある玉を…あの辺りに住んでおった神が作ったと言う玉を、譲り受けました。」

維心は眉を寄せた。あの辺りにおったのは、思念と空間を操ることを得意とする神達だった。それが遺した玉と?

「…して、その玉はどうした。」

義心は答えた。

「今は十六夜に返し、あちらにあるものと思われます。あれは、己の一番想う者の夢に入れるというもの…己の魂が、相手の中へ入るような形で。」

維心は黙った。ならばこやつなら、おそらく維月の夢に入る。維心は険しい顔をして、義心の次の言葉を待った。

義心は、思い切って言った。

「…我は、維月様の夢に入りました。一度は、王がその夢に入って来られて、激しく叱責なさった。」

維心は思い出した。あの時…我が我を忘れて激したあの状況は、夢であって夢ではなかったと申すか。

「…あれは、誠、主であったと申すか。」

義心は頭を下げた。

「はい。あれは我でございました。夢で会えるものならと、安易に考えた我の責でありまする。維月様は何もご存知なく、次の夢でお会いした際に、我は誠に我自身が維月様の夢に入っておることをお話しした。維月様は大変に驚かれておりましたが…」義心は、そこで言葉を切った。維心はまだ険しく義心を睨み付けている。義心は続けた。「…夢の中とは申せ、我は維月様と褥を共に。それ以来、維月様の夢には入っておりませぬ。ですが、維月様は心を繋いだ際に、王がどれほどに激されるかと大変に悩んでおられた。そのあとあのように維月様が池に身を沈められ…お話しする機会もなく、ここまで参ってしまった次第でございまする。」

維心の目が、薄っすらと光った。怒りを抑えていることは、誰の目から見ても明らかだった。義心は、ただでは済まないことを感じていた…しかし、黙って王を欺き続けることも、いつか知られるのではないかと維月が怯え続けることも、義心が望むことではなかった。自分が全て悪い。なので、自分が沙汰を受け、それを背負えば、維月も心安らかに宮で過ごして行けると思ったのだ。

しばらく黙ったのち、維心は言った。

「…そうか、主、あれを夢で抱いたか。」維心の目は、まだ光っていた。「到底許されることではないの。」

義心は黙って頭を垂れた。王は、一瞬で我を滅すことも出来るはず。じっと目を閉じていると、維心が立ち上がったのを感じた。

義心が思わず構えると、維心は窓辺へと歩いて、外を眺めた。

「…しかし、良いことを聞いたわ。その玉、我に持って参れ。十六夜の元に置いておったら、いつまた同じことをされるか分かったものではない。それに、我もそれを使ってみたいもの…さすれば夢の中でも維月といられるゆえ。」と、義心を振り返った。「本来なら滅してやりたいところであるが、臣下がそんな夢を見たと滅しておったらきりがないであろう?大体、主も正直が過ぎる。夢で押し通せば良かったものを。あれから維月と心を繋いでおるが、その夢のことは知っておる。だが、我はただの夢と思うておったわ。そこまで維月を縛ろうとは思うてなかったゆえ、特に咎めもせなんだというに。しかし、まさかそのような玉があったとは。」

義心は、驚いて維心を見た。維心はフフンと笑った。

「ま、その正直な所が主の良い所でもあるがな。十六夜からその玉を我に持って参ったら、許してやろうぞ。主が話を付けて参るがよい。我が十六夜に言って、素直にそれを渡すとは思えぬ。」と、また険しい顔になった。「あやつがまたどこかの男を夢に入れぬためにも、それは我が管理せねばの。」

「は!」

義心は慌てて頭を下げ、その場を辞して月の宮へ飛んだ。

維心は庭で侍女達と笑い合う維月を見て、つぶやいた。

「…ほんに夢の中まで心配せねばならぬとは。この身があるとは、厭わしいことぞ。この妬むという醜い心から、逃れられぬ…。」


十六夜は、義心を呆れたように見つめた。

「なんだお前、自分から白状したのかよ。」十六夜は椅子にふんぞり返って座っている。「だから言っただろ、あいつがあの玉を欲しがらない訳はないんだって。あいつは維月のストーカーなんだからよ。」

横で聞いていた、蒼が咎めた。

「十六夜、義心にそんなこと言っても駄目だって。義心は神の世で育った神なんだから、正直だし真っ直ぐなんだ。オレも神の世に来て驚いたが、めちゃくちゃ純粋な男や女が多くてさ…なんか自分がすごく汚れてるような気がしたもんな。」

十六夜は顔をしかめた。

「なんだよ、じゃ、オレは真っ黒か?」

蒼は首を振った。

「十六夜だって真っ直ぐだよ。ただ、人の世を知ってるからそっちも混ざってるだけで。義心は王に黙ってるのが罪なように思ったんだろう。義心相手に黙ってろってのが問題だったんじゃないのか?」

十六夜はため息を付いた。

「そうだな。確かにな。だが、あれを維心に渡したら、もうお前、二度と維月の夢には入れないぞ?いいんだな。」

義心は、頷いた。

「良い。本当ならばあるはずのなかったこと。だが、我はそれが出来た。それだけで満足なのだ。あの記憶があれば、また生きて行くことが出来るというもの。我は主に、感謝しておる。」

十六夜は呆れたように首を振った。

「夢だってのにな。」そして、窓へ向かった。「ついて来な。あの玉を渡してやろう。それで許すって維心は言ってるんだろう。」

義心は頷き、十六夜に付いて暮れて行く空へ飛び立った。


十六夜が行ったのは、あの大銀杏の所だった。根元に降り立った十六夜は、言った。

「あのなー紫銀、あれさ、維心が欲しいらしいんだよ。渡していいか?」

しばらく沈黙が流れたが、大銀杏は答えた。

《主ものう、少しは落ち着いたらどうだ。あれはそっちの龍にやったもの。それをお前がここへ持って来て返すとか言って置いていったのであろうが。元々、その龍の物だ。それの行先を決めるのは、我ではなくその龍よ。》

十六夜は、木の根の穴から巾着を取り出すと、義心に渡した。

「…だってさ。お前が決めな。だが、すぐに渡さなくてもいいんじゃないのか?今日はもう日も落ちる。ここへ泊って帰りな。オレがそう言っておいてやる。」

義心はそれを受け取って、ためらった。

「我はもう、そんなつもりはないのだ。王は今、毎夜維月様と過ごされるゆえ…とてもお会いしに参れるものではない。主の気持ちは受け取って置く。」

十六夜は、長いため息を付いた。

「…そうか。ま、お前のことだ。お前が決めな。じゃあな、オレは宮へ戻る。」

義心は、その玉の入った巾着を懐に入れた。

「手間を掛けた、十六夜。」

十六夜は、飛び上がって行った。義心もそれを見て、月が出た空を、龍の宮へ向けて飛び立って行った。


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