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幸福

義心が帰って来ない中、維心は月を見上げていた。維月が後ろから声を掛ける。

「維心様?まだお休みにならないのですか?」

維心は首を振った。

「いや、もう休もうほどに。」と、維月を抱き寄せた。「維月よ…我は今日、義心に夢のことを聞いた。」

維月はびっくりして維心を見た。維心は苦笑した。

「あれは夢であって夢でなかったのだな。我は、あれを主が見たということは、主があのように望む気持ちもあるのかと思うて、穏やかでなかったものだが、義心から聞いて合点がいった。あれは主の心から出たものではなかったのだ。」

維月は下を向いた。確かにそうだけど…義心は、また私を気遣って、維心様にそんなことをわざわざご報告したのかしら。では、義心は何か罰を受けているのではないかしら…。

維心は、察したのか言った。

「…義心には、月の宮へ行くように沙汰を下した。」維月はじっと維心を見ている。「その力の元になるものを、我に渡すことで、許そうと決めたのでな。今頃は十六夜に会って、その玉を渡すように申しておることだろう。」

維月は驚いた。それだけで済んだの…維心様は、義心を厳しく罰することはしなかったのね。

「維心様…。」

維心は、維月を抱き上げた。

「では、参ろう。義心が戻って来ぬので気になっておったのだが、もうこの時間ならあちらへ残るであろうしの。明日の朝にでも、報告を聞こうぞ。」

維月は微笑んで、頷いた。

「はい、維心様。」

「良い返事ぞ。」

維心は満足げに言うと、維月を抱いて奥の間へと向かった。


義心は、龍の宮へと夜空を飛んでいた。

途中、広い野原があり、そこには美しい秋の花々が咲き乱れている。神の世にはほとんど娯楽というものがなく、維月もこの花が咲くのをいつもとても楽しみにしていた。これほどにたくさんあるのなら、少し宮の庭へ移植しようか…。義心は、そこに降り立って、花を一株一株、気で根と土ごと引き抜いては、集めて行った。

結構な数になったが、野原はまだまだ花が咲き乱れて美しい。取り過ぎて景観を損ねてはと思っていた義心はホッとして、少し休もうと木の根元に座って月を見上げた。

ふと、懐から玉を取り出す。巾着の中から出て来た玉は、相変わらず綺麗な桜色であった。その艶やかな表面を撫でて、義心は思った。維月様との夜…あれは、自分にとっては夢ではなかった。今もはっきりと残る、この腕に抱いた感触。それが全てだ。夢であっても、我には夢ではない。だから、良いのだ。

脇に並べられた持ち帰る為の花々を眺めて、それが庭に移植され、咲き乱れているのを見た時の維月の喜ぶ顔を思い浮かべると、義心は思わず知らず顔をほころばせた。そう、幸せそうに笑っていらっしゃるのを見ることさえ出来れば、我はそれでよい。

義心はそのまま、うとうとと眠ってしまった。


維月は、美月の里の、屋敷の前で月を眺めて座っていた。

高台のそこは、里を見渡すことが出来てとも眺めが良い。なぜだか、そこがとても懐かしいように思う…。維月がそう思っていると、戸惑ったような声が聞こえて来た。

「…維月様。」

維月は振り返った。そこには、義心が立っていた。維月は、義心の姿を見て、これは夢なのだと直感した。

「まあ義心…。」

義心は、視線を逸らして言った。

「…その…そんなつもりはなかったのです。」義心は言葉を探しているようだ。「宮へ戻ろうとして居る時に、途中でうたた寝してしまっておるようです。まさかここへ来てしまうとは…もう二度とと思うておりましたのに…。」

維月は微笑んだ。

「いいのよ。義心…あなたにまで心配を掛けてしまって。私をそんなに気遣わなくて良いのよ。玉を持っているのね?維心様が言っておられた。」

義心は頷いた。

「はい。先神が遺したもの。これを王にお渡しして、私の罪は許されることになっております。」

維月はため息を付いた。

「義心…あなたの罪じゃないわ。元はと言えば私が悪かったのだもの。」と、手を差し出した。「こちらへ。」

義心は、ためらいながら、維月に並んで座った。維月は言った。

「きっとこれで最後ね。こうして二人で夢で会うのも。もし話したいことがあったら言って。聞くから。」

義心はじっと維月を見たが、頷いた。

「はい。維月様…我は確かに愛しておりまするが、王のこともご尊敬申し上げております。なのでなんと畏れ多いと思いながらも、それでも想うことを止めることが出来ませなんだ。どうか、これからも我が想うことだけは許して頂きたいのです。」

維月はためらったように視線をそらした。

「でも…それではあなたは幸せになれないわ。」

義心は首を振った。

「我は、生きて傍に居て、そして幸福でいられるのを見ることさえ出来たら、それで良いのです。我が望むのは、維月様の幸福。我ではそれを叶えて差し上げられませぬゆえ、王がそうして下さるのを、我は横で見てお助けして行けたら良いかと思うておりまする。ですから、想うことをお許しください。」

維月は、戸惑ったが、頷いた。

「でも、他に愛するかたが出来たら、必ずそのかたと幸せになると誓って。私のことは、何も考えずに。」

義心は苦笑して頷いた。

「わかりました。ですがおそらく、そのようなことは…。」

義心はじっと維月を見つめた。これで夢に入るのは最後。だがきっと隣で王が眠っておられるゆえ、我には何も出来ぬ…。

維月が、そっと義心に唇を寄せた。義心はびっくりして、維月を見た。

「維月様…。」

維月は微笑んだ。

「これは夢であるのでしょう?それに…これで最後よ。」

義心は、その唇を受けて、その甘さに酔い、維月を抱き締めた。

そうして居ても、維心がその夢に現れることはなかった。


ハッとして義心が目を覚ますと、月がもう傾きかけていた。

手にはやはり、あの玉を握り締めていた。義心はそれを、思い切ったように巾着に入れると、横に並べて置いた花々を気でまとめて持ち上げ、龍の宮へと飛んで帰った。


次の日の朝、義心は維心にその玉を渡した。維心はそれを受け取り、じっと見て言った。

「…これか。では、さっそくに我も試してみなければならぬの。今夜にでも。」と維月を見ると、維月は困ったような顔をして微笑んだ。維心はフッと笑った。「冗談だ。我はの、こんなものが無くとも夢に入ることなど雑作もない。ということが、最近わかった…我はそんなことはしたことがなかったゆえ、出来ぬと勘違いしておったようよ。だが、やろうと思えば何でも出来るものよの。」

維月はそれを知っていた。維心は何でも出来る…ただ、本人がやろうとしないだけなのだ。維心は黙っている維月を見て、言った。

「なので、夢の中で逢引などしても我には筒抜けであるぞ?昨夜は邪魔しなんだだけよ。」

維月と義心はびっくりして維心を見た。維心はフンと横を向いた。

「我が寝入ろうとしたら、もう寝ておる維月に義心の気がまとわりついたのを感じたのでな。これは来よったなと思うたから、見ておった。」と義心を見た。「だが、主もわざとではないようだったゆえ。我も見逃しただけよ。今後は我がこの玉を管理する。以後は許さぬゆえに、心せよ。」

義心は深く頭を下げた。

「はは!」

義心は、王に心から感謝した。我のような一介の軍神に、このような温情を賜って…。

維心は維月の手を取って、庭へと出て行く。義心はその背に深く頭を下げて、その場を辞して行ったのだった。


それからも、維心と維月は仲睦まじく過ごしていた。

義心もそれまでと何ら変わりない様子で維心に付き従い、また維心も、義心にどうのと言う事はなかった。

「まあ!維心様、ご覧になってくださいませ。」

維月は、庭を散策していて、開けた平地だった所に、秋の草花が美しく咲き乱れているのを見て歓声を上げた。それは、義心があの夜、月の宮からの帰りに持ち帰った草花だった。あれから宮の庭師達が場所を決め、こちらへせっせと植えたものであった。それが綺麗に根付いて、花を咲かせていたのだ。

「おお、いつの間に。主が喜びそうな様であるの。」

維月は喜んで駆け出した。神の女がこのようにいきなり駆け出すことはないのだが、維心はもう慣れていた。なのでその後について、大股にそれを追った。維月は屈みこんで、花を見た。

「とてもかわいらしい花ですこと。少しも気取った感じがなくて、これがたくさん増えることを思うと楽しみですわ。」

維心は頷いた。

「野の花というのは、そうであるの。いったい誰が持って参ったことか。」

維心は、そう言いながら、そっと離れた場所に控える義心を見た。義心は、維月が嬉しそうにその花畑で歩き回っているのを、また嬉しそうに微笑んで黙って見ていた。

これが、主の答えか、義心よ。

維心はそう思って、維月を見た。維月はこちらに向けて手を振っている。

「維心様、こちらへいらしてくださいませ。」

維心は微笑んで維月に歩み寄って行った。維月は維心の手を取って、あちらこちらと引っ張りまわしている。義心はそんな様を見ながらも、幸せだった。今のあの維月の幸福を、自分が作り上げた花畑の中で守れることが、嬉しかったのだ。

維心がそっと維月を抱き締め、維月の頬に唇を寄せた。維月はそれを幸せそうに受けて、維心の胸に頬を摺り寄せる。維心もまた幸福そうにそうやって佇んでいた。

二人の幸福そうな暖かい気は、離れた義心にも伝わって来た。

これが、我の幸福。

義心はそう思って、次はどの花を持って来ようかと、思いを巡らせたのだった。


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