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5 絶望、希望

 アンディが持ってきた朝食には手をつけていない。食べる気も起きない。こんな状況で呑気にご飯が食べられる訳がない。

 壁に寄りかかっていると、眠気が襲ってきた。あれだけ泣いたからさすがに疲れたらしい。すとんと眠りの中へと落ちていった。

「……レン、エレン」

 ゆさゆさと、誰かが肩を揺さぶる。しばらくは眠りの中をさまよっていたが、声の主に思い当たって飛び起きた。

「やっと起きた。全然食べてないね? 弱ってしまうよ」

 さらさらとした金髪はかなり近くにある。なんて間抜けな真似をしてしまったんだろう! いつ襲おうか狙っているかもしれない男の前で!

「お昼も持ってきたけど、無駄になるか」

 テーブルを見ると、湯気を立てたスープと色とりどりの野菜、チーズにローストビーフが置かれていた。質素を旨とする施設では食べたこともないような豪勢な食事だ。体は必死に空腹を主張してくる。

 でも、食べたくない。自分を殺す家の食事なんて。

「もう、放っておいて。餓死でもしたほうがましだよ……こんなところにいるくらいなら」

 寒くてかび臭い部屋で、足枷をはめられてただじっと殺されるのを待つ日々。それを終えたら、祭壇にあげられて料理される魚のように刺されて終わるのだ。

 そうなる前に死んでしまったほうが、どんなにかましだろう。

 アンディは苦しそうにきゅっと眉根を寄せた。そんなこと言わないでくれ、とでも言うように。でも何も言葉は発さなかった。

 アンディの用は済んだはずだ。なら早く出て行って欲しい。

 心の声が聞こえたのか、アンディは「じゃあね」と向きを変え、扉に向かう。

 ーーころん。

「?」

 何だろう。何か落としたけれど。

 さっと目を走らせると、床の上を丸い玉がころころころ、と転がっている。ゆっくりと転がる丸い玉は、壁際のベッドの下へと吸い込まれて見えなくなった。

 ドアが閉まり、アンディが階段を上がる足音が遠ざかっていった。

 気になったので、ベッドの下をのぞいてみた。赤い絵の具が塗られた小さな玉は壁の手前で止まっていた。

 でも、目がいったのはそれではない。

「あれはーー」

 驚きのあまり息を呑む。

 そして、一気にわきあがってきた希望が私の中を埋め尽くした。

「うそ、信じられない! あそこからなら!」

 ベッドの下をのぞいて見えたもの。それは、壁に入れられた長方形の切れ目と、長方形の中につけられた取っ手のようなものだった。どう見ても扉だ。胸の鼓動が速まり、額が汗ばんできた。

「これさえ開けば……!」

 隠し扉があるのは、鉄格子のはまった小さな窓と同じ壁だ。しかも窓と隠し扉はあまり離れていない。つまり、この扉の先は外につながっていると考えていい。

 夢中でベッドを動かし、壁との間に体を滑り込ませて横に長い長方形の扉に触れた。扉は押すと簡単に開いた。その先に外が見える。鬱蒼と茂る木々たちが目に飛び込んできた。

 これなら、ぎりぎり通れる!

「あ」

 喜びのあまり立ち上がったとき、足元でじゃらり、と無骨な音がした。

 忘れていた。私をここに縛り付けているものを。

 一秒前までの、希望を見つけた喜びに震えていた心に、氷水が一気に注がれたような錯覚を覚える。

「……だめ、なの……」

 がくんと膝が折れ、冷たい石の床に座り込む。

 やっぱりここから出られない。このまま、殺されるーー。

 いや、諦めるのはまだ早い。何とかこの足枷を壊せないだろうか。

 素手で壊すのは無理だとわかっている。じゃあ、何か道具を使って。

 思いついたのは、アンディが運んできた朝食についていたバターを切る小さなナイフだ。隠し扉を閉め、ベッドを元に戻してテーブルからナイフを取った。刃先は丸くて、バターくらいしか切れそうにない。生贄に自害されては困るからこれを選んできたのだろうかと考えてぎゅっと唇を噛んだが、今はやることがある。

「お願い」

 祈りながら、足枷と鎖を繋いでいる、他よりは少し細い部分にナイフを当てて、力を込めてこすった。何度も何度も。不快な音に耐えながら、鋸で木を切るようにナイフを動かす。

「あっ!」

 腕が痛くなって手を止め、期待を込めてこすった鉄を見る。わずかだが、切ったあとがついていた。 

 自分の知る長さの単位で一番小さなものの百分の一にも及ばない深さだろう。それでも、たしかに切れ込みは入った。

 時間だけは、じゅうぶんある。気が遠くなるほどに。この作業をずっと続ければ。毎日毎日一日中すれば。切れ込みは深くなって、私でも折れるくらいに鉄が細くなるかもしれない。そうしたら、足枷と鎖は離れてーー隠し扉から外に逃げられる。

 生贄の儀式に間に合うかわからない。こんな小さくて切れ味の悪いナイフで鉄が切れるのか怪しい。手が豆だらけになりナイフが握れなくなるかもしれない。それでも、わずかな希望にしがみつかずにはいられない。

 狂ったように、ひたすら手を動かす。耳をつんざくような不快な音が響いた。腕がだるくなるが止めない。これだけが、これだけが生きのびる道なんだから。






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