40 礼拝堂、勇気
階段を下りた目の前にあるのは、観音開きの大きな扉だ。
扉の左右には壁に造り付けの燭台があり、まだ長い蝋燭があかあかと燃えている。それは、少し前にここに人が来たことを示している。
ギッ、と、鋭く重い音。
先頭の男が、扉を開けた。
そこは壮大な空間だった。罪深きランズウィック家の、禁じられた礼拝堂。
たくさんの蝋燭がゆらゆら燃えて、幻想的な光景だ。
しかし、あちこちに配置されている異様な物体たちのせいで、蝋燭の光の美しさは不気味さになってしまっている。
まず目につくのは、壁に飾られた無数の骸骨だ。よく見れば石膏の作り物だとわかるが、その数が半端ではない。壁を覆い尽くさんばかりに飾られている。いずれも頭部だけなのだが、表情が一つ一つ違う。笑っている骸骨、叫んでいる骸骨、口を閉じた骸骨、横を向いた骸骨……。
そして、中央には祭壇があった。
女性の身長くらいの高さのある、石の祭壇だ。切り取った岩という感じで、何の飾り気も無い。
周りには、祭壇を囲むように三つの椅子が置かれている。そこに座っているのが三人。
祭壇の左側の椅子には、ランズウィック家当主、オリバー・ランズウィック。
真ん中には、妖艶な仮面の占い師、デリア。
右側の椅子には、執事。
金髪の青年が扉を閉める。
蝋燭の火が揺れて、ジジッと音を立てた。
* * *
不安と緊張でどきどきする胸を押さえつけて部屋を出た。
もう、ここに戻ってくることは無いだろう。三週間近く閉じ込められた陰気な部屋を振り返る。不思議と憎悪は感じなかった。やはり、アンディの存在が大きいのだ。彼と絆を深めることの出来た場所。多くの人は知っているらしい愛というものを、少しはわかるようになった。
ここを出た先に待つのは、生か死か。
計画は、まず儀式の行われる地下の礼拝堂にアンディとカールが行く。そしてそこで、定期的な儀式のために飼育されている猛獣を放す。礼拝堂と猛獣の檻はつながっているので、準備さえすればうまくやれるそうだ。放された猛獣は、当然人間を追う。礼拝堂から逃げるには、道は一つしか無い。そうすると、儀式に立ち会った数人は書斎の本棚の裏へとつながっている秘密の通路を通って逃げることになる。
ここまででアンディとカールが猛獣に殺されてしまえば一巻の終わりだが、それはないと信じるしか無い。
それより、ここで重要となってくるのは、自分の役目だ。
私は、屋敷の要人たちが儀式に向かったあとすぐに、「火事が起きた」と叫んでまわって、使用人たちを起こして避難させるのだ。実際に火事も起こす。そして、使用人の誰かに消防を呼びに行ってもらう。
ちょうどそのとき、地下では猛獣が放たれた頃だ。当主や五本指の構成員たちがパニック状態で上へと上がってくる。が、階上も火事騒ぎで混乱した状態だ。そこに猛獣に追われた当主がやってきたりすれば、人々は逃げ惑うだろう。
そして間も無く、大混乱の屋敷に消防がやってくる。
火が消し止められたあと問題になるのが、猛獣だ。飼ってはいけないと法律で定められている猛獣がなぜいるのか。遠く離れた異国の猛獣であるし、近くには動物園などもない。ランズウィックが所有していると考えられるのが普通だ。
細かな調査が入り、地下の礼拝堂が発見される。ここまでくれば、もう誤魔化すことなどできない。ランズウィック家は悪魔崇拝による大量殺人や誘拐などの罪を暴かれ、終わりを迎える。
計画の上ではこうだ。しかし、そう上手くいくかどうか。不安だ。それに、何かが引っかかる。
それでも早くやってしまわないといけない。扉を閉めて、階段を上がる。暗く長い廊下にひるみそうになるけれど、応接間に向かって進んだ。
教えられた道を間違えないように、目を凝らして扉の数などを確認しながら歩く。
放火だとばれないように、火をつけるのは応接間にある大きな暖炉だ。火種が残っていたとか、理由をつけてしまえばいい。
渡されたマッチの箱を握りしめる。いつの間にか、目的の応接間まで来ていた。
まさに、部屋に入ろうとしたそのとき。
腹の底に響くような轟音がした。
「なっ……なに?」
そう遠くではない。屋敷の中からか、庭からかの音だ。
確かめに行くべきだろうか。迷っていると、焦げ臭いにおいがしてきた。
「……っ!」
私は、弾かれたように走り出した。これは、行かないとまずいと思った。
確かに何かが起こっている。大きな音と、何かが焦げた匂い。音のした方へ向かって一心に走る。
計画が崩れていく恐怖感と、長い廊下を疾走したことによる息切れで吐きそうだ。口元を押さえて何とかこらえる。
爆発音のような、さっきの音がした場所。そこへ向かって走った。
そして辿り着いたのは、自分が閉じ込められていた地下へと続く階段だった。




