38 閃き、毒薬
「あの兄妹が?」
いきなり彼らが出てきたのにはびっくりした。しかし考えてみると、しっくりくる。
「ああ。恨みがあるって言ってたから。それに今、儀式の前日で警備がなくなってる。何かを企てて実行するには今しかない」
あの兄妹は、ランズウィックに恨みを持っている。そして、私たちと同じように潰そうとしている。つまり私たちの味方だ。結託するわけではない。向こうがどんな手を使うのかも知らない。
一つだけわかるのは、私たちも彼らも、決行するのは明日だということ。
「これが、あの兄妹の仕業……」
一見普通のブリキ缶だが、相当危ないものなのではないだろうか。何より機械が怪しい。よく耳を澄ますとチッチッという音が聞こえる。
「時計の秒針みたいな音だな」
「時計? そんな高価なもの……使うのかな」
「だよな」
でも、何をしてくるかわからない。
向こうも多分必死だろうから。
しかし仮に時計だとして……どういう仕掛けのものなのかさっぱりだ。使い古したようなきたないブリキ缶に、高価な精密機械。どうしようもなくアンバランスで、子供のいたずらみたいにさえ思えてくる。
アンディの疲れ切った横顔が目に付く。きっとあまり寝ていないのだろう、うっすらと隈ができている。
伝えることは伝えた。これ以上は収穫がない。早く扉を閉めてしまおう。得体のしれないものが視界から消えると安心はするが、それもそれで不気味だ。
自分も今夜は眠れそうにない。
* * *
人の都合に関係なく、夜は明けて朝がやってくる。この一日がどんな意味を持つかなど考えもせずに、太陽は昇って落ちてを繰り返す。
ーー今夜だ。やっとここから出られる。でも、うまくいかなかったら……。
みっともなく震え出した指先をぎゅっと膝に押し付ける。
アンディが退屈しのぎに持ってきてくれた本を開いて文字を追うけれど、ページにかけた手はいつまでたっても動かない。同じ行を何度も読んでしまう。しまいには眺めているだけになったので、本を放り出した。
静かな部屋の中で時間だけが過ぎていく。時間が過ぎるのが遅いのか速いのかわからない。ずっとひとところに閉じ込められているといろいろな感覚が狂ってくる。
ブリキ缶はまだ置かれていた。本当に一体何なのだろう。爆発でもするのだろうか。
ーー爆発……?
「!!」
一瞬にして嫌な想像が頭の中を占拠した。
想像がものすごい速さで膨らんで、映像になっていく。
あまりに悲惨な光景を想像してしまい、
「いやいや、考え過ぎだよ、ね」
自分のひらめきを閉じ込めた。
* * *
ーーまた来やがった。ババア。
カールは舌打ちしたいのを堪えてうつむいた。表情は無表情に。か細く肩をすぼめて、目の焦点をわざと合わないようにする。
扉を開けて入って来たのは"薬指"の女だ。がっしりした骨格に男に負けないほどの筋肉をまとい、厳めしい顔つきをしている。
手に持った銀の水差しの中の液体をコップに注ぎ、カールに差し出す。彼女の動作が速いので、受け取ったときに中身がこぼれてドレスにかかった。
ーー「どうぞ」ぐらい言やいいのになー……。
スカートを膨らませる下着の上に、やわらかな生地が何枚も重ねられたドレスを身につけているので、液体がかかっても染みてこず、何も感じなかった。
無色透明の液体。一見すると水だが、その匂いはひどく甘い。
摂取すると頭がぼんやりとする。一回目はそれだけだ。だが二回目、三回目と摂取し続ければ、目に見えて弱っていく。頭だけでなく視界もぼんやりとし、思考をやめてしまう。二週間も摂り続ければまさしく、人形のようになるのだ。
ーーオレには意味ないけどね。
受け取った液体を従順に飲み干す。空になったコップを持って"薬指"は出て行った。
こんなのも今日で最後だ。
緊張感でぴりぴりしているアンディやエレンと違って、カールはびっくりするほど今夜を楽しみにしていた。




